二十一
滝里は自宅のベッドに寝たまま、現状の悩みに苦しんでいた。
シャブ抜きして回復を待とうとしたが、禁断症状から遂には部屋中、覚醒剤探しをした。落ちていた米粒を、そんなわけがないと知りながらも一粒一粒拾い上げては真剣に観察する。そのうちにトイレに投げ棄てた時に、溢していた少量の覚醒剤が落ちていることに気付いた。気の効いた物は何一つないので、カミソリで砕いてスニッフィングと呼ばれる鼻から吸う手法で摂取した。
三島組にはインフルエンザと称して、仮病を使って時間稼ぎをしていた。既に仮病申告をしてから一週間は過ぎている。そろそろ仮病は通じない。
そこへドアホンが突然鳴った。もしやまた刑事が? 緊張が走る。静かにドアホンモニターの前に立つ。モニターに映る前田の顔を見ると、すんなりとドアを開けた。
「どうした?」
「香ちゃん、頼みがある。運転手頼めへんか?」
「運転って、どうして」
「報復や」
前田の痛々しい眼帯が気になった。
前田には全てを洗いざらい話したい衝動に駆られた。
だがトイレに流した覚醒剤のことや、警察に捜査協力を約束させられたことは簡単に言えることではない。
全て話して指でも詰めて詫びれば、三島組は許してくれるのか? この場は友達の前田とパピを突き飛ばしてでも地の果てまで逃げるか? そんなことは パピにはできても前田に対してできるわけがなかった。
「香ちゃん、頼む」
長年の悪友の前田が土下座せんばかりに頼み込んでくる。
それどころではないと思ったが、車を運転するだけならと渋々引き受けた。
◇
府中市にある柿澤の自宅に向かって、滝里が運転して車を走らせる。途中、三人はコンビニに寄り食品を買った。
柿澤の自宅付近に到着する頃には、時刻は午前一時を少し過ぎていた。まずは車をどこに停めるか。深夜とは言え柿澤の家の前に車を横付けするのはどうかと思えた。道幅が狭く、たまに通る車があれば動かさざるを得ない。
どこかに停めるよい場所はないかと探していると、道幅広くひっそりとした場所を見つけた。柿澤宅へは四十メートルほど離れていたが許容できる距離だ。
報復とは、どうするのか聞いたところ、前田は返しとしか言わなかった。相手は商社の部長と言うからには、金で解決するのだろうかとも考えられる。金になれば自分への分け前もあるだろうと期待もしてしまっていた。
だが前田とパピの表情には、鬼気迫るものを感じる。時間も真夜中、金で交渉するような雰囲気ではない。
来てはいけない場所だった。だんだんにそれを感じてきた。
「香ちゃん、オレとパピでちょっと見てくるからここにいてや」
そう言うと前田とパピは荷物を持ち出して車を降りた。柿澤宅へは、少し歩いて角を左に曲がって更に少し進んだあたりだ。角を曲がると二人の姿は見えなくなった。
逃げるならまたとないチャンスと言える。だけれども、やはりどうしても前田を裏切ることはできない。
中学の時、多勢に無勢で滝里が袋叩きにされた時、前田は逃げることもできたが逃げなかった。一緒になって袋叩きにされることを選んだ。どんな時でも前田は香介を裏切ることはなかった。
左目のあの眼帯の下は、眼球がなくなったと言っていた。やった奴は恨まれて当然に思える。しかし二人の重々しい空気感は、返しとは一体どの程度の報復を指して言ってるのかが、やはりどうしても気になる。
大事件になるのではと思うと胸騒ぎがしてきた。




