二十
前田は十二日もすると退院した。このまま引き下がるわけにはいかない。柿澤の住所はメモに残してある。物盗りの犯行に見せて、柿澤を殺すことに前田は決めた。
夕花はあの日以来、パピの前から、いなくなったらしい。電話で話すと、パピも柿澤への復讐を口にしていた。
軽バン自動車の中で、再びパピと話し合うと、復讐はすぐにも実行すると決まった。計画も大事だが運が左右すると不良の経験から前田は知っている。
地図で柿澤の自宅を念入りに見る。交番と警察署の場所を調べた。最寄り警察署はそこから離れていたが、交番は五百メートル圏内と近くもなければ遠くもない。
どのように実行するか。思案した結果、柿澤の寝込みを襲撃することに決めた。同居人の家族もいるであろうことを考えると、前田とパピだけでは人数が足りないと思える。
せめて軽バンのハイゼットには、見張りとしての運転手くらいは必要に思えた。
ホームセンターで買い物した道具を、ハイゼットに積み込む。道具の積み忘れがないか、黒のショルダーバックに一つ一つゆっくりと入れる。
ガラスカッター、強力テープにプラスチックハンマー、これらを使って窓の鍵を開けて侵入することにした。タイラップと呼ばれる太めの結束バンドを二つ繋げて手錠を作る。後は輪っかに手を通したら、タイラップを締め上げるだけだ。ガムテープ、手袋、目出し帽、拳銃。
クラッカーもハイゼットの車内に前田は積み込んだ。
「兄貴、そのクラッカーは何ですか?」
「ええか、パピ。オレらは、捕まらんようにやる」
「万一の時は硝煙反応を、クラッカーで誤魔化せるかもわからん」
「クラッカーでそんなことが?」
「オレにもわからん。幡永の叔父貴から昔聞いた話や」
「ヒットマンは普段からクラッカー鳴らしぃ、と」
「ほならそれを見てたもんが、普段からクラッカーをよう鳴らす人やったと証言すると」
「クラッカーで本当にそんな?」
「オレにもわからん言うたやろ」
「せやけど何でもやれることはやっておくんや」
「行くぞ!」
パピを乗せて前田が車を発車させた。
アクセルを踏む度にエンジン音が煩い。
前田とパピを乗せたハイゼットは、とある店を立ち寄るためにコインパーキングに駐車した。
荷物は車に置いて前田はクラッカーだけを持って歩く。
その店はみかじめ料を拒んでいる飲み屋の一つだった。店内は地下にあり、狭く薄暗い階段を降りてドアを開けると店のマスターが見えた。
顎髭を生やした壮年のマスターは前田を見るなり、迷惑と怯えた表情が顔に走る。店内にはマスターの他は、中年の男の客がカウンターにいるだけだ。二組あるテーブルにも客はいない。
前田とパピはクラッカーを取り出すと、誰もいないテーブルに向けて鳴らし始めた。
「メリークリスマス!」
バン! クリスマスまではまだだいぶある夏の夜だった。
バン! バン! 狭い店内は立ち込める硝煙で、煙るほどにクラッカーが連続で鳴り続ける。マスターと客の男は、怯えたように見守る他にどうすることもできない。
十個入りのクラッカーを撃ち尽くすと、前田とパピは何も言わずに店を出た。
車に戻ると、前田は滝里のマンションに車を走らせた。




