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奇跡の更生  作者: 浮舟
17/25

十七

 前田は左眼球の摘出手術をした後、そのまま入院となった。面会に佐々木若頭が訪ねてきた。病院の場所は青根からでも聞いていたのだろう。

「前田、おう、大丈夫か?」

 前田はベッドに横になり、顔を佐々木に向けはしたが、返事はしないでいた。大丈夫なわけがない。

「あの後、青根が指持ってきた」

 ベッドの横の椅子に座ると佐々木が小声で言った。病室はカーテンで仕切られているが、他の患者も入院している。

「それに約束の金もだ。百ある」

 佐々木は前田の枕元に封筒を置いた。

「悪かったな。まさかのまさかでよ」

「坂本組とは兄弟分としての付き合いがある」

「指詰めた以上は、坂本組とはこれでおわりよ」

 前田は黙って聞いていた。期待してなかったが、佐々木が仇を取る気がないのはよくわかる。

 三島のオヤジに直談判する気でいた。

 自分とデリヘルの女が組んで、柿澤をハメたとする偽りの情報。佐々木が取りなして、一旦は三島のオヤジは信じているかも知れない。

 だが失った自分の左眼を見て、三島は何と言うだろうか。

「それからな、オヤジに話もってくなよ。破門されるぞ」

 それを見透かしたかのように佐々木は言った。

「え!」

「元はと言えば、テメーが堅気ハメたことが始まりで、あちらは指詰めしてる」

 残った目から涙が溢れてきた。どうして真実は自分にあるのに、話を聞いてもらえないのか? こんな組に入った自分が間違いだったと理解した。

「若頭……」

涙声になった。

「ん? 何だ?」

「組、辞めさせてください」

 泣きながら言った。

「馬鹿野郎! 次の幹部はテメーだ! 弱音なんか吐くんじゃねーっ!」

 佐々木も涙声で応えた。

 組織とは、時に間違いや不条理を受け入れることだと前田は思った。正しいだけではやっていけない。間違いと不条理を上層部のために、その身に受けきった時に、幹部への道が開かれるケースもある。なりたかった幹部への道が、このように開かれるとは思いもしなかった。


   ◇


 佐々木は病院を出ると、さっきからどうも胸くそ悪い気分でいた。

堅気を苛めるなという三島の教えを前田に教えた。だが堅気を苛めることを習わしとしてきたのは、他でもない佐々木自身だ。

 三島のオヤジの話を歩きながら思い出す。オヤジが言うには不動産バブル、あの時からヤクザは変わったんだと言う。あの時にヤクザが金をもった。

持ったことがないものまで、急に金を持つことでおかしくなる。堅気を苛めることが金になると気付いてしまった。価値基準が任侠から遠ざかったとオヤジは嘆く。

 そしてバブル経済崩壊後以降は、今度は金に困ることにより一層それが鮮明になったと。

 ヤクザも右翼も、任侠や思想だけでは、メシが食っていけるわけではなかった。

 堅気を追い込んだ前田が悪い? 佐々木は堅気を追い込んだことは数え切れない。もしも履歴書というものを書くとしたなら、特技は堅気を追い込むことと書かないと嘘になるくらいだ。

 坂本組には借金がある。長く返せないでいたが、それこそが坂本組が他組織に頭があがらなくするよう、戦略的に貸し付けを行ってきたものだとはわかる。わかったところで、どうしようもない。

 前田を折檻することにはなったが、本当にこれでよかったのか? 自分の若頭としての面子は立ったのか? 堅気を苛めすぎたことへの折檻、それなら仕方ないと丸め込んだが、堅気を苛めるのはいつものことなのだ。

 矛盾が生じる。芝居のはずが約束の範疇を超えて、前田は大怪我までさせられた。

 これではいくらなんでも報復しないといけないところを、見事に幹部の青根が指を差し出した。

 坂本組が入りこういう結果になったが、坂本組が入らなければ、どのみち柿澤の件は警察沙汰になっていたと思われる。弱味があったればこそ柿澤は警察に行かないでいたが、あれ以上、追い込めば有無を言わさず警察に駆け込んだことだろう。そうなれば前田の逮捕は目に見えている。

 そうだ! これでよかったのだ! そう思うと胸のムカつきはいつしか消えていた。

 前田が抜けたエンジェルソースのことも気になる。しっかりやれてるか様子を見に行くことにした。


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