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奇跡の更生  作者: 浮舟
13/25

十三

 沙希のことが好きだ。好きで好きでたまらない。

 滝里は、胸が苦しくなった。

 エンジェルソースは、バイトの足りない土曜のみを手伝うことになっていた。

 沙希は土曜休みで、エンジェルソースの送迎ではもう会うことはない。

 薬の売買の時だけ沙希に会うことができる。売買で会う日は決まってキメセクした。

 売人と客の恋愛。この歪な関係は薬とセックスだけのものなのか、そうだとしたら悲しい。シャブなどタダでもいい、そう思っていたが沙希は金を払うと言って聞かない。

 見抜いてるのだろう。好きな女にシャブを売らないと、食えないまでに貧しいことを。それでも滝里は沙希の前では、金がないことを見抜かれないように振る舞った。好きである以上、ダサいところを見せたくない。金がないということに寂しさを覚える。

 滝里は覚醒剤を大量に仕入れはしたが、相変わらず大して金もない。

 シャブは売れるには売れたが、急に金になるわけでもない。たまに来る十グラム以上の大量取引による現金化は、利確のためにもディスカウントしてでも有り難い。

 大量仕入れがどうして安くなるのか、理由が自分でもわかった。

 金のない滝里と比べ、おそらく沙希は二千万以上の貯金は、優にあってもおかしくはない。正確にはわからないが人気ぶりから、金がないなんていうことはまずあり得ない。

 一体どうすれば、この女を自分のものにすることができるのか。滝里は久しぶりに会う沙希を腕枕に抱きながら悩んだ。

「あたし、ハムスター飼ってるんだけど、あたしのせいでハムちゃんもポン中なのかな」

「ん、何でハムちゃんが?」

「煙がほら。くるくる回って走る運動するのを、ハムちゃん、なんか異常なんだよね。ずっとやってるの」

「気にしすぎかもだけどさ」

 煙によるもらいシャブ。初めてやったあの日のことを思い出した。

「ハムちゃん、見たいな」

 シャブ中になったハムスターの心配とは、沙希は何て可愛いんだと思った。小さな動物にすら心を配れるその優しさが愛しい。

 そういえば沙希と知り合ってから、まだ一度も沙希の部屋に行ったことがない。会うのは妖艶なホテルと決まっていた。

 沙希の眼を覗き込む。開いた瞳孔が映る。目の光で好きを感じる。互いに両想いのはずなのに、どういうわけか沙希は手にすることができない、心は掴めないという感覚になる。だからこそ強く抱いた。

 求め合う二つの生命体は覚醒により、まるでブレーキがないままに高速で疾走し続けているかのようだ。リスクと大きな代償が待っているのは、わかっていてもどうしようもなかった。


   ◇


 会えない日の沙希への電話が増えていった。滝里は会う金がなかったのだ。電話で繋ぎ止めるしかない。声だけで満足するしかない。長電話がやたら増えた。用事などなく、一時間近い長電話をしたりした。会えないほどに恋い焦がれる。

 チンピラの自分が恨めしい。金もなく時間もない。その身はある意味、命すらも管理されている分際だ。


 別れは突然にやってきた。滝里が電話をいつものようにかけたら、第一声で沙希は

「ごめんね」

 暗い声で言って電話が切れた。電話をかけ直しても繋がらない。

 ごめんね、の一言は別れを告げる意味、それだけとは感じられない何かがある。

 それが何かは電話をかけても繋がらない以上、確かめる術はない。

 警察に自分を売ったと、何故かそう直感した。

 その日を境に、沙希はエンジェルソースにも来なくなり姿を消した。


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