十三
沙希のことが好きだ。好きで好きでたまらない。
滝里は、胸が苦しくなった。
エンジェルソースは、バイトの足りない土曜のみを手伝うことになっていた。
沙希は土曜休みで、エンジェルソースの送迎ではもう会うことはない。
薬の売買の時だけ沙希に会うことができる。売買で会う日は決まってキメセクした。
売人と客の恋愛。この歪な関係は薬とセックスだけのものなのか、そうだとしたら悲しい。シャブなどタダでもいい、そう思っていたが沙希は金を払うと言って聞かない。
見抜いてるのだろう。好きな女にシャブを売らないと、食えないまでに貧しいことを。それでも滝里は沙希の前では、金がないことを見抜かれないように振る舞った。好きである以上、ダサいところを見せたくない。金がないということに寂しさを覚える。
滝里は覚醒剤を大量に仕入れはしたが、相変わらず大して金もない。
シャブは売れるには売れたが、急に金になるわけでもない。たまに来る十グラム以上の大量取引による現金化は、利確のためにもディスカウントしてでも有り難い。
大量仕入れがどうして安くなるのか、理由が自分でもわかった。
金のない滝里と比べ、おそらく沙希は二千万以上の貯金は、優にあってもおかしくはない。正確にはわからないが人気ぶりから、金がないなんていうことはまずあり得ない。
一体どうすれば、この女を自分のものにすることができるのか。滝里は久しぶりに会う沙希を腕枕に抱きながら悩んだ。
「あたし、ハムスター飼ってるんだけど、あたしのせいでハムちゃんもポン中なのかな」
「ん、何でハムちゃんが?」
「煙がほら。くるくる回って走る運動するのを、ハムちゃん、なんか異常なんだよね。ずっとやってるの」
「気にしすぎかもだけどさ」
煙によるもらいシャブ。初めてやったあの日のことを思い出した。
「ハムちゃん、見たいな」
シャブ中になったハムスターの心配とは、沙希は何て可愛いんだと思った。小さな動物にすら心を配れるその優しさが愛しい。
そういえば沙希と知り合ってから、まだ一度も沙希の部屋に行ったことがない。会うのは妖艶なホテルと決まっていた。
沙希の眼を覗き込む。開いた瞳孔が映る。目の光で好きを感じる。互いに両想いのはずなのに、どういうわけか沙希は手にすることができない、心は掴めないという感覚になる。だからこそ強く抱いた。
求め合う二つの生命体は覚醒により、まるでブレーキがないままに高速で疾走し続けているかのようだ。リスクと大きな代償が待っているのは、わかっていてもどうしようもなかった。
◇
会えない日の沙希への電話が増えていった。滝里は会う金がなかったのだ。電話で繋ぎ止めるしかない。声だけで満足するしかない。長電話がやたら増えた。用事などなく、一時間近い長電話をしたりした。会えないほどに恋い焦がれる。
チンピラの自分が恨めしい。金もなく時間もない。その身はある意味、命すらも管理されている分際だ。
別れは突然にやってきた。滝里が電話をいつものようにかけたら、第一声で沙希は
「ごめんね」
暗い声で言って電話が切れた。電話をかけ直しても繋がらない。
ごめんね、の一言は別れを告げる意味、それだけとは感じられない何かがある。
それが何かは電話をかけても繋がらない以上、確かめる術はない。
警察に自分を売ったと、何故かそう直感した。
その日を境に、沙希はエンジェルソースにも来なくなり姿を消した。