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奇跡の更生  作者: 浮舟
11/25

十一

 のどかな春の天気とは裏腹に、新宿区内にある斎場では緊張感が漂っていた。

 黒銀会の組員同士が、内輪揉めにより死人が出たことで組葬となったのだ。

 招かれた三島組は、義理を果たすために参列した。三島組の参列者だけでも、三十人以上は来ている。

 その中には幡永の叔父貴の顔もある。滝里は幡永のことが気になったが、今はそれどころではない。幡永への挨拶もほどほどにして警護に忙しい。

 事務所には顔を出さないのか、同じ三島組であっても、滝里は初めて見る面々もいた。

 三島が斎場の中へと向かって歩く。ガードのために、滝里と前田とパピで撃たれる係として周囲を警戒した。

 斎場に、次から次へと高級車で全国からの組織のヤクザが駆けつけてくる。   既に斎場全体ではヤクザの数、およそ三百人ほどはいる。まだまだ集まる気配がしていた。

 普段、たった一人ヤクザがそこにいるだけで、周りの空気が張り詰める。そんな黒服のヤクザが、びっしりそこら中に蠢いている。もはや合戦でも始まるのではないかと、感じさせるほどの異様な空気。

 ヤクザたちが放つ邪気が、天の空まで達するかのような光景。

 警察関係者もそこら中にいるよう。

 そこへチャーターされたバスが乗り付けてきた。その数、三台。そのバスは高級車ばかりの駐車場であまりに目を引く。

 滝里の側にいた三島組組長、三島鉄也はそれを見るなり表情がみるみる険しくなる。関西きっての組織、浜中組二次団体の坂本組が乗り付けたバスであった。

 バスから続々と降りてくる若い衆とおぼしき黒服たち。混じり合うかのような黒服だらけで、正確には数えることなどできようもない状況であったが、六十人くらいはいるように見える。

 周りの黒と溶け込み、誰がどこの組なのか代紋はしていてもにわかにわかり辛い。よく見るとバスから降りた面々の三分の一くらいは、幼さも見られる顔が多かった。高校生くらいにしか見えない者も混じる。

 うちはこんだけ人数がいるというあからさまな桜だ。その少年ヤクザたちも、ヤクザだらけの圧巻極まる光景に驚いてか、周りを見てばかりいた。

 そこに週刊誌で見たことある顔、坂本組組長、坂本才蔵が更に十人ぐらいの黒服の一団を引き連れて合流した。

 坂本に向かって近付き、ペコペコと卑屈に頭を下げる佐々木。三島が睨んだことで険悪になりかけた空気は、佐々木が頭を下げることで融和に一変した。


 幡永は、いつの間にか少し離れた場所で、背を向けて電話をしていた。懐かしさもあり、今少しだけなら話すこともできるかも知れないとして滝里は幡永の背中に近付いていった。

 余程、貫目が上の相手なのだろうか。幡永は敬語を使いながら、見えない電話口の相手に向かってお辞儀をしながら話している。

 一体、どんな相手が戦国武将ばりのヤクザである幡永に、仰々しいまでの敬語を使わせているのか電話の内容に聞き耳を立てた。

「はい、すみません。医療券を失くしてしまったかもで」

「担当ケースワーカーの萩本さんに代わって頂けないでしょうか?」

――はい、荻本です。

「すみません、幡永です。あのー、そのー、医療券を失くしてしまいまして」

――困るよ、幡永さん! 失くすの何回目! マッサージは本来なら娯楽扱いだよ! 医者がいいって言ってるから良しとしてるけどさ。

「はい。以後このようなことがないよう猛省致します」

――わかったから、早く腰治して! 券は持っててあげるから!

「お手数おかけして誠に申し訳ございませんでした」

 電話を切る幡永。

 ケースワーカーの萩本の声がでかすぎるのか、滝里にも会話の一部始終が聞こえていた。

 ケースワーカーに医療券、幡永の叔父貴が生活保護受給者だとわかった。生活保護を受けれないから事務所に暮らしている、そう思ってきたが事実は違ったのだ。

 幡永は、財布の中を探し始める。幡永は気配に気付いたのか、背中をふりかえり滝里を認めると驚いて財布を地面に落とした。

 地面に撒き散らした財布の中身。数字が記載された小さな紙が散らばる。それが馬券だと滝里は、すぐにわかった。撒き散らした馬券を拾うのを手伝う。

拾いながらも馬券の内容が嫌でも目に飛び込んで来る。どの馬券も掛け金が百円の張り。博徒として決して誰かに見せてはいけない赤っ恥の張りだったが、通りがかったヤクザたちに見られてしまった。

 きらびやかな外車が並ぶ中で、なんだかこっちまで恥ずかしくなる。

 部屋住みの時に、幡永が貧乏なのではないかと疑ったことを思い出した。財布の厚みを見て疑いを打ち消したことを。あの厚みは百万円以上財布にあったのではなく、ハズレ馬券がギッシリと詰まっていただけのものだったのだ。

 一種のフェイクな見せ金の効果を睨んで、幡永はわざと馬券を財布に入れていたのかも知れない。

 冷蔵庫に辛子明太子と味噌しかなかった謎はついに解けた。

幡永が生活保護を受けているため、必要ないとして組として食材の買い出しはされてなかったのだ。

 幡永の住民票上の居住地自体は、生活保護を受けるために当然別な場所にあるのだろう。暴力団を隠さないと生活保護は受けられない。

 財布の中身を全て拾い上げ幡永に渡した。

「悪いな。後でタバコ買ってきてくれ」

 幡永は五百円玉を渡してきた。幡永の叔父貴のタバコ、キャビンマイルド。

百円馬券を見てから、幡永の使いっぱしりをするのが憂鬱に思えてくる。

 暗い気持ちのままに、一大イベントの葬儀の参列を終えた。



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