第八話
「はぁはぁ。」
膝に手をつき、肩で息をしているアドル。そしてそんなアドルを見ながら、平然と立っている俺。なにがあったのか理解できなかっただろう?だから説明しよう。
最初に俺はアドルの実力を測るために、全力でかかってこいと言ったのだ。そしてその言葉に従って、次々と攻撃を仕掛けてくるアドル。それが30分前の話だ。
そして現在、アドルの体力が削れていき、この状態になったというわけだ。しかし体力がなさすぎないだろうか?これはもう最初の訓練は体力を上げるで決まりだな。
そんな風によそ見をしながら考えていると、アドルが声をあげながら、斬り掛かってくる。直前まで声をあげなかったのはいいが、最後までやったほうが良かったな…などと注意点を心のなかでつぶやきながら受け止める。
「あんまり飛び跳ねないほうがいいぞ。」
アドルは空中を飛びながら、全体重を剣に乗せていたが、俺の鉄壁の守りの前ではびくともしない。俺は剣を少し回転させると、同時にアドルの体勢も崩れる。アドルは地面に肩からぶつかって、うめき声をあげる。
しかしすぐに俺から離れながら、身体を起き上がらせる。その瞬間、俺は顔を右に傾ける。直後、俺の顔があった場所を、ナニカが通り抜ける。そのままそのナニカは地面を抉る。
「嘘だろ。」
そうつぶやくのは、アドル。今のはおしかったとは思う。俺以外のAランク冒険者であったら、食らっていてもおかしくないレベルだ。だけど残念。相手が俺だったから、今のは通じない。
「風の刃はさっきも撃ってたけど、今のは空気が集まるのを意識させていなかったな。なかなか上手なやり方だったと思うぞ。」
「避けられた奴に言われても、嫌味な、だけだ!!」
そう俺に向かって剣を振りながら、答えるアドル。まぁ俺に今のを当てたいんだったら、風の刃が動いた時に出る音も消さないと駄目だったな。
そんなこんなで開始から1時間ほどが経った時、突然アドルが倒れた。といっても疲労から足がもつれて倒れたという感じだな。
「よし、今日はこれくらいだな。この後は部屋で、昼食まで休んでたほうがいいぞ。」
するとアドルは不満そうな顔をする。まぁ時間がまだまだ昼食まであるのは確かだ。ただこの状況だと…。
「休まないと、多分午後の講義を寝ることになるが。それに明日からは今日の何倍もキツくなるから、今のうちに休んだほうがいいと思う。」
そう告げると、素直に従うアドル。リリィさんから教えてもらったが、講義に来ている人は厳しい人らしく、講義中に寝たりすると次の日までの課題が増えるらしい。
そうしてアドルがしぶしぶといった感じで、屋敷の中へと戻っていくのを見届けると、俺は自身の魔力で剣を生成する。
「よし、始めるか。」
そうして素振りを始める。素振りは俺がこの世界で初めてやった訓練で、剣術の全てに通ずる基礎的な訓練だ。
師匠であるシドさんも言っていた。剣の頂は基礎を極めた先にあると。ゆえに俺は毎日、素振りを行うのだ。
そんなことを考えながら剣を千回ほど振る。剣を振った後は筋トレだ。右手の人さし指だけで腕立て伏せを百回。それが終わったら、また別の指で腕立て伏せを百回行う。
合計千回終わったら、魔力操作の訓練として、瞑想を行う。水魔法で空中に水を生成し、それの形を瞑想を行いながら、変形させるのだ。この訓練は自身の集中力も高められるし、魔力操作も上達するので一石二鳥だと思う。
そうして俺は有意義な午前中を過ごしていった。
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<Sideアドル>
俺は今、とてつもなく悔しい思いをしている。なぜなら師匠として父上に雇ってもらった同年代の男と戦って、言い訳の余地もないほどボロボロに敗北したからだ。
俺の師匠として雇ってもらい、ファラスとの決闘で俺よりも圧倒的に強いことは理解していた。そう、理解していたはずであった。
シェルとの戦いで、俺がたったの一撃も当てられないとは思っていなかった。俺よりは強いが、頑張れば一撃ぐらいは当てられるだろうと心のどこかで思っていたのだ。
しかし現実は甘くなかった。
俺はシェルに攻撃を当てるどころか、汗一つもかかせられなかったのだ。それにより同年代に一度も負けたことがなかった俺は、かなり悔しい思いをすることになった。
「クソッ、どうやったらアイツに勝てるんだ?そもそもなんでアイツはあんなに強い?10歳児とは言えないくらい強いぞ!?」
そんなことをつぶやきながら、自身の部屋にある椅子へドカッと座る。ふと窓のほうへ目をやると、シェルが魔力剣で素振りをしていた。
「素振りか。あんなに強いのに、素振りをやる意味などあるのか?」
そうつぶやいた数秒前の俺は、おそらくとんでもない愚か者だったと思う。
シェルが魔力剣を振り下ろす。一見すればただの素振り。しかしある程度の技量に至っている人であれば、一目で分かるその美しさ。俺はその素振りが一回一回行われるごとに、自身とシェルとの間に空いた実力差を理解する。
「そうか。俺はこんなにも愚かだったのか。」
思い出すのは、先日のパーティーでシェルがつぶやいた言葉。
『それにお前が俺に勝てるわけないだろ?なぜなら俺は最強だからな。』
心の奥深くでは、シェルはまだ最強ではないと思っていた。だがその認識が根本から間違っていたと思い知らされる。
「ほんと、何やってんだか。最強に勝てるわけないか…だけど俺はいつか、お前に勝ってみせる。」
俺は改めて、決意を固める。やがてシェルに勝つ、そんな日を心の何処かで描きながら。
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<Sideシェル>
どうも、この世界の歴史について載っている本を探しています…シェルです。
俺はつい先ほどまで、アドルと共に講義を聞いていた。講義を行う先生はフィーア・ケリアスさん。前ケリアス伯爵家当主の次女で、セイメント王国最難関の学園で教師をしていたらしい。
今はセイルさんと契約をして、エルフィス公爵家とその傘下にある貴族家の子供たちに学問を教えていると聞いた。まぁそんなこんなで、俺は講義をうけたのだが…。
えっ?歯切れが悪いから、最後まで言い切れって?仕方ないなぁ。数理学と魔法理論学はできたのだが、歴史がマジでできなかった。冗談抜きでマジでできなかった。なんというか前世の数学でいう、数が数えられない的な?
まぁとにかく俺は歴史ができなかった。10年間この世界で生きてきたが、歴史は全く使わなかったのだ。仕方ないだろう?
それに対して数理学のレベルは前世の中学2年生くらいだったので、余裕でできた。ちなみに数理学というのは、前世でいうところの数学だ。ついでに言っておくと、魔法理論学とは魔法の組み立て方や魔法の詠唱についてだ。これは俺がさんざん使ってきたものだったので、ある程度はできた。
まぁそんなこんなで俺はフィーア先生に歴史を一から勉強するように言われて、公爵家の図書室にいるのであった。
「ふむ、千年前の勇者は史上最強の勇者だったのか。だけどそれでも魔王は倒し切る事ができず、どこかに魂が封印されていると。つまり主人公が倒すのは、千年前の復活した魔王が妥当なラインか?」
少し考えてみるが原作の内容が分からないため、何とも言えない。諦めて呼んでいた本を元の場所に戻す。
そうしてまた別の本を探すために周囲を見渡すと、一冊の本が目に留まる。
「秘匿されし勇者伝説?面白そうだし、読んでみるか。」
そうして本を手にとって、開いてみる。
『勇者は魔王との戦いで死んだ。しかし本当に戦死だったのだろうか?』
『史上最強の勇者でも殺せなかった魔王がたかが封印でなんとかなるだろうか?ありえないだろう?』
『私は、魔王を封印するために勇者を犠牲にしたのではないかと思っている。』
『魔王の封印場所である…文字がかすれて読めない…では聖なる魔力が微量に感知された。』
『魔王には二つの異能と呼べる特殊能力がある。それは…文字がかすれて読めない…だ。』
『私はもうすぐ、歴史の闇に葬られるだろう。しかしこれは問題の先送りでしかない。』
『もしこの魔王が復活すれば、人間種は滅ぶだろう。』
『次代の勇者たちに全てを託す。』
そこでその本は終わっていた。
「大事なところが、なんにもわからなかった。魔王の異能とやらも気になるし、かなりやばいことそうだな。」
だが…。
「俺ならなんとかなる。」
かくして俺は新たな面倒事を予感したのであった。
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<Sideセイル>
アドルやシェル君が寝静まった深夜、私や前公爵家当主の父、その妻である母に私の妻、そしてシェルの専属メイドであるイヴァーナが執務室に集まっていた。
一番最初に口を開いたのは、私の父であるクロエラだった。
「それでアレは上手くいっているのかの?イヴァーナ、いや黄昏。」
黄昏、それはかつて裏の世界で名を馳せた伝説の暗殺者。受けた依頼は必ず完遂し、証拠も一切残さないため、暗殺者の頂に位置すると謳われていた。
しかし三年前から、黄昏の噂は聞かなくなっていた。依頼に失敗して黄昏が死んだと言う輩まで現れた。
しかし実際は私に暗殺をしてきたイヴァーナをファラスが捕まえて、そこからいろいろとあって公爵家に仕えるようになったのだ。
「いえ、強さの秘密は分かりませんでした。」
今私たちが話しているのは、アドルの師匠になったシェルのことだ。
「見た目は十歳だが、そうではない可能性は?」
「いえ、おそらくないと思います。ただ、他種族という可能性があると考えました。」
ほぅと口から声が漏れる。たしかに他種族という考えはなかった。
「しかし十歳であそこまで強い種族など存在していますか?」
「たしかにそれはそうじゃのう。」
そうして少し考える。
「獣人族は…ないわね。」
「エルフも違いそうじゃのう。」
「吸血鬼族もなさそうだわ。」
「だとすると魔族…。いや、ないか。」
「そうなると…。」
「種族が残っていませんわね。」
それに同意するように頷く私たちに、父がつぶやく。
「天魔族とか…ありえんかのぅ?」
完全に盲点であった。だが、天魔族か…。私の内心を代弁するように、妻がしゃべる。
「さすがに天魔族はないと思います。今まで観測された天魔族の数は20にも満ちません。たしかに強さだけであったらこれくらい強いかもしれませんが。」
そう言う妻の言葉に同意する母。
「そうでわね。天魔族の可能性は低いと思いますわ。まぁこれから分かると思います。だから今知る必要はないと考えます。」
「まぁそれもそうじゃな。」
「それでは、今日のところはこれで終わりということで。」
そうして今夜は解散となった。
私は全員が退室したのを見て、窓の外の暗闇の中で光る月を見上げる。
「嫌な予感がするな。」
私の心の中とは対照的に、月は輝きを放っていた。