第七話
「ふわぁ。」
俺が起きたのはベッドの上。昨日は俺とファラスさんの決闘があって、その後俺の歓迎会をしてもらったんだったな。
そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされる。誰だろうと思いドアを開けると、そこには一人の少女がいた。推定される年齢は18歳くらいだろう。
「シェル様の専属メイドとなりました、イヴァーナでございます。以後よろしくお願いします。」
そう言って素人の俺から見ても完璧な礼をするイヴァーナさん。それにしても専属、専属メイドかー…はっ!?
「えっと、専属メイドというのはどういうことですかね?俺、そのことを聞いた覚えがないんですけど。」
「はい。セイル様からはお伝えになっていないと伺っております。」
いや、はいじゃないんだよなぁ。それに専属メイドといっても、やってもらうことがないんだよ。申し訳ないんだけどさ。
あれこれと考えていると、イヴァーナさんがとんでもない爆弾発言をする。
「セイル様からは、必要であれば夜伽もするようにと仰せつかっております。」
「はっ?」
あのセイルさんが自身よりも若い女性に場合によっては夜伽をしろと命じた!?よし、クビ覚悟でぶん殴りにいこう。さすがにそれは人として、いや元人として看過できない。
俺から発せられる不穏の空気に気づいたのか、イヴァーナさんさ少し怯えている。
「おっと、すいません。ちょっと元人間として、セイルさんに制裁を加えてきます。」
「へっ?元人間?ってちょっと待ってください。さすがに公爵様に制裁はまずいです。」
そう言って俺の服を掴むイヴァーナさん。その力は少女らしく弱かった。まぁそういう俺の体の大きさは平均的な10歳児よりも少し小さいくらいなんだけど。
イヴァーナさんと二人でギャーギャーと騒いでいると、突然俺の部屋のドアが開かれる。
「何ごとですか!?」
その声の主はリリィさんであった。そういえばまだ朝なんだよな…などと思っている間に、リリィさんにイヴァーナさんが状況を説明する。
イヴァーナさんが夜伽のことを伝えた瞬間、部屋の温度が一気に下がる感覚がした。その発生源だと思われるリリィさんの表情を見ると、顔は笑ってはいるが目が笑っていなかった。美人を怒らせると怖いというが、マジだったんだな〜などと思っていると、リリィさんが一言発する。
「なるほど。分かりました。」
その一言で、セイルさんがどうなるのか予想がついてしまった。だが仕方ないとは思う。だって成人したての女の子に夜伽を命じるなんて、冗談にしてもタチが悪すぎる。
「シェル君は朝食を食べて、午前中はアドルの指導を。午後はアドルと一瞬に学問の講義を受けてください。」
アドル君と学問の講義を受ける…それは公爵家がこちらに無償で提供してくれる、恩恵の一つだ。この恩恵には衣食住なども含まれている。なんでも公爵家の師匠が学のない人間だと、評判が下がるらしい。貴族社会ってやっぱり世知辛いね。
おそるおそるといった感じで、イヴァーナさんがリリィさんに問う。
「あの、セイル様はどうなるのでしょうか?」
リリィさんは冷めた瞳で、残酷に言い切った。
「罪には罰を。必然にして当然のことでしょ?それがこの国の、世界のルールなのだから。」
俺とイヴァーナさんはおそらく同じことを思っただろう。
セイルさん、死んだな…と。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
<Sideアドル・エルフィス>
俺は次期公爵家当主であるアドル・エルフィス。今は新しくきた師匠の到着を待っているのだが…。
「遅いっ…。」
そう、遅いのだ。もちろん俺が早く来たのもあるだろう。だがなぜ訓練開始の30分前に来ないのだろう?俺がいつ来たのか?1時間前だ。別にアイツの訓練が楽しみだったから早くきたわけではない。
師匠…俺の敬愛する父にして、現公爵家当主のセイル・エルフィスが冒険者ギルドから連れてきた10歳児。なんでも古くからの知り合いに選んでもらったから、腕は確からしい。
初めて見たときのアイツの印象は、『気に食わない』という感情が浮かんできた。俺よりも俺の家族のことを知らないのに、好かれているのが気に食わなかったのだろう。
だがその印象は一気に変わることになる。そう、ファラスとアイツの決闘だ。見る前はアイツの化けの皮が剥がれると思っていた。だが結果は俺の想像とは違い、アイツは聖剣を使ったファラスに勝った。
俺はファラスの負けるところを見たことがなかった。霊剣の使い手である王国軍元帥や魔剣の使い手である帝国の暗黒騎士と戦って負けたのも、本気を出さずに負けたのだと思っていた。しかしアイツとの決闘で、ファラスは全てを出し切って、完全に負けた。
俺の中の積み上げてきた何かが崩れ去る感覚がした。何かイカサマをしたのかと思ったが、それは全力で戦って負けたファラスへの侮辱にもなる。口に出し難い怒りと、あれほどの強さを手にしているアイツへの憧れ…その二つがごちゃごちゃに混ざり合って、口では言い難い何かになっていた。
俺はなんとかそのよく分からない感情を抑えつけていると、気づけば夜になっており、アイツの歓迎パーティーが始まった。
俺は一人、公爵家の料理人が作った料理を食べていると、アイツが俺の祖父で前公爵家当主であるクロエラ・エルフィスと話しているのが目に入る。
俺のぐちゃぐちゃな感情はさらに肥大化していき、いつもはとても美味しく感じる料理も、今はなんの味もしなかった。
一人孤独に夜のテラスに出ると、アイツがこちらにやってきた。なにをやっているのか聞いてきたが、俺は感情を制御できずに強い口調で言ってしまった。
「見て分からないのか?飲み物を飲んでいるだけだ。」
するとその言葉に納得したのか、再び料理を美味そうに食べ始めた。今だけはそんな呑気な行動が救いであった。どうしてそんな風になっているんだ…などと、聞かれては怒鳴ってしまいそうであったからだ。
しかし口いっぱいに肉をほおばっているアイツを見て、俺はコイツは何しに来たんだ?と思い始めた。
話に来る以外にやることなどないだろうと言われた瞬間、俺は久しぶりに心から笑っていた。さらにアイツは図々しくも、なぜそんなに怒っているのか聞いてくる。笑う直前までに聞かれていたら、手が出ていたかもしれないが、俺はなにかが吹っ切れて冷静に話し出した。
しかし実際は冷静になっていると思い込んでいただけで、すぐに口から嫌味が飛び出してきた。それに対してアイツは、俺の怒っていることをそんなことと言い出した。もちろん俺は激昂したさ。だがアイツは話し出した。俺の心の内を暴き出しながら。
「お前が強いからだ。なんでそんなに強いんだ!?俺だって人よりも努力をしてきた!?なのに、なんで!?俺のほうが父上や母上、アルルのことを知っているのに、なぜお前のほうが期待されるのだ!?」
俺の隠していた、今まで見ないようにしていた醜い感情。その数々が言葉となって飛び出してくる。
しかしアイツは俺に対して容赦なく、事実を言ってきた。アイツ以外の人間であったら、少なからず俺に気を使って優しく言っただろう。だがアイツの容赦ない言葉はどこか心地よかった。
アイツは俺が弱い理由を努力が足りないからだと言ってきた。さらに追撃するかのように、こう言った。
「努力に終着点はない。」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中にあった世界が広がった気がした。だがそれでも俺は自身の努力不足を認めることができなかった。自身が積み上げてきた、唯一のものを守りたかったのだろう。だがそれも容易く崩された。
俺は何をしていたのだろうか?何のために努力をしていたのだろうか?人を助けるため?期待されるため?自身の世界から光が消えた。しかしすぐに光は現れた。
「お前の父親…セイルさんはお前のことを天才だと言っていた。お前は父親の言葉を信じないのか?それにもし実際に天才じゃなかったとしても、お前は親に期待されているんだ。」
俺は絶句した。何を馬鹿なことを考えていたのだろう。俺が努力を始めた原点。それは人を助けるためでも、期待されるためでもない。ただただ親の期待に答えたかったのだ。
それにとアイツは付け加えて、寂しげな表情でつぶやく。
「それにお前が俺に勝てるわけないだろ?なぜなら俺は最強だからな。」
多分アイツ…シェルにとって最強の座は孤独の象徴なのだろう。誰も自身と共に横に並んで戦えない、そんな孤独の王座。それがシェルにとっての最強だ。
俺は決意した。絶対にシェルを孤独にはさせないと。例え世界がシェルを敵に回したとしても、俺は必ずシェルの味方でいようと。俺は、孤独がどれだけ辛いか知っているから。いつか俺はお前を最強の称号を奪い取る。そんな意志表示として、シェルに言う。
「ふっ。たしかにそうだな。いつか絶対にお前を倒すから、それまで待っていろよ…最強。」
俺の言葉にシェルは笑顔で返す。
「あぁ。それなら俺はお前が挑戦するまで、誰にも追いつかれないように努力しないとな。逃げるなよ…挑戦者。」
そんなことを思い出していると、俺の師匠になったシェルがやってくる。
「おい、遅いぞ。初日くらいはやる気を見せたらどうだ?」
俺は最強になる…いつか、必ず。その意志を胸に抱いて、俺は剣を振る。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
<Sideシェル>
訓練場につくと、すでにアドルがいた。なんと開始時間の1時間前からいたらしい。すごいやる気だな。ちなみに俺がここについたのは、開始時間の五分前。同じ10歳児でもこの差である。
「さて、今日はアドルの実力を見ようと思っている。魔法攻撃も武器での攻撃もどちらも行って構わない。とにかく魔力と体力がすっからかんになるまで、攻撃を放ってくれ。俺は魔力を一切使わずに剣だけで防御を行おう。」
そう言って、足で、直径1メートル弱の円を描く。
「この円から出たりすることもない。この状態で俺に攻撃を与えられたら、冒険者でいうBランクくらいの実力は保証できる。」
そう言ってアドルの方を見ると、少し戸惑っているようであった。まぁこんなこと言われたら戸惑うよな。仕方ない…少し煽るか。
「大丈夫だ。俺はアドル程度の攻撃じゃ、怪我しないからな。それにアドルの攻撃に当たる気もしない。だからそんな俺の怪我にビビらなくても大丈夫だぞ。」
するとアドルは頬をピクピク痙攣させる。
「ほぉ。ならば怪我をして、泣きべそをかいてもしらないぞ。」
「あぁ。そんなことはないから、安心してかかってこい。泣きべそをかくのは、お前だからな。」
そう言って斬りかかってくるアドル。俺はそれを公爵家に置いてあった剣で迎え撃った。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
<三人称視点>
少年はあらゆるものを失い、最強となった。それはいつからか強く憧れた、頂点の称号。しかしその称号は良いものとは言い難かった。
満たされることのない強者への渇望。忘れてしまった真なる戦い。そして頂点ゆえの孤独。
それらは最強の称号を手にしている限り、少年を蝕み続ける。しかしそんな少年に手を差し伸べるために、一人の少年の友が立ち上がる。
その友の名はアドル・エルフィス。主人公の踏み台として生まれ、主人公の踏み台となるはずだった少年。しかし彼はその呪縛から、少年の手によって解き放たれた。
彼は少年への恩を返すために、少年を独りにしないために、何より少年の友として彼を孤独の呪縛から解き放つべく、動き出した。
いつか少年を最強の座から引きずり降ろす。そんな日が訪れると、いや訪れさせると決意して。
かくして物語は新たな軌跡を辿り始める。これはまだ誰もその行く末を知らない、未知の物語。これはたった一人の少年が世界の運命を変えた先の物語。
その道の先にあるのは、希望か絶望か。それは神のみぞ知ることである。