第五話
「さぁ、いよいよ始まります!!対戦するのは、公爵軍最強の騎士…ファラス・イグニス様と公爵家の神童アドル・エルフィス様の師匠になった十歳の少年…シェル君だ!!」
そう言うのは、実況の女性。そして俺とファラスさんを見る、無数の視線が肌に突き刺さる。
突然、ファラスさんがこちらに手を伸ばしてくる。
「今日は良い試合をしようじゃないか…シェル君。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします…ファラスさん。」
ファラスさんは腰にミスリルの剣を携え、俺は特になにも武器を持っていない。なぜなら武器はいちいち持っていると、動く時に邪魔になる。だから俺は武器を持たない。
ちなみにファラスさんこ持っている剣に使われているミスリルはこの世界で3番目に硬い金属で、世界で一番魔力伝達能力が優れていると言われている。
審判をするのは、ファラスさんの次に公爵軍で偉い副団長のケイオスさん。
「両者、準備はよろしいですか?」
俺は頷き、ファラスさんも頷く。
「それでは、始めっ!!」
ケイオスさんの声が響いた瞬間、すでにファラスさんの剣が俺の眼前まで迫っていた。俺はその斬撃を身体を反らして避けると、ファラスさんにしていた評価を修正する。
(ヒンセルさんくらいって言ったけど、そんなことなかったわ。あなたは多分、Sランク上位の実力はある!!)
そんな思考をしていると、地面に叩きつけられていたはずの剣がすでに斬り上げられており、俺の首を斬り裂くように見えた。
だがその斬撃は、直前で止まった。なぜなら俺の手に持つ剣が、ファラスさんの剣を受け止めていたからである。
「どういうことでしょうか!?シェル君はもともと剣を持っていませんでしたよね?どこから武器を取り出したのでしょうか?解説の前公爵家当主であるクロエラ・エルフィス様…どういうことか教えてください!!」
これを見ただけで分かる人がいるだろうか?
「あれはおそらく魔力で創った剣じゃな。」
いましたね。はい。さすがは前公爵家当主様です。今朝会った時にも強いと思ってたけど、やっぱり相応の実力は持っていたらしい。
「ほう、それは簡単にできるのですか?」
「いや、かなり難しいな。わしの推測ですと、まず魔力を重さが出るまで圧縮しなければいけない。そのためには大量の魔力が必要になるから、あの剣一本にどれだけの魔力が込められているのか…わしには想像もできないのぅ。そしてそれだけ大量の魔力を同時に操れる魔力操作技術…この少年はわしの想像の遥か彼方上にいたようじゃな。」
そう言って、ホッホッホと笑うクロエラ様。だがクロエラ様が俺に驚いているように、俺もクロエラ様に驚いている。そりゃそうだろう。今までこの剣を見て、魔力でできているだなんて見抜いた奴らは全員人外だよ。
考えごとをしながら、ファラスさんと異次元の剣戟を繰り広げる俺。そんな俺の様子を見て、今のままじゃ埒が明かないと思ったのだろう。ファラスさんから魔力が放出される。
「シェル君には申し訳ないですが、私にも師としての意地があるんです。無様に負ける訳にはいかないんです。」
一度、ファラスさんは目線を俺から外し、観客席からこちらを見ている公爵一家を見る。戦いの最中に、相手から目を外すのは論外だ。この隙にファラスさんを倒すことなんて、余裕でできただろう。だがそれは力を示したとは言い難い。だから俺はその隙を見逃すことにした。
ファラスさんの剣が白色の炎を纏う。
「なるほど。それがファラスさんの希少属性ですか。」
おそらく希少属性と火属性魔法を組み合わせたのだろう。そしてその回答と言わんばかりに、ファラスさんは薄く笑みを浮かべている。
「それじゃあ行くよっ!!」
そう言って、剣を振るファラスさん。その距離は10メートルほどある。普通であったら、届かない距離である。しかし剣が纏っている白炎がこちらへ、斬撃となって飛んでくる。
それを剣で受け止めようとするが、想像以上の威力に弾き飛ばされてしまう。
「おや。先ほどまで拮抗していた状況が、壊れましたね。これは白炎に何か意味があるのでしょうか?どう思いますか、クロエラ様。」
「わしが見た感じじゃと、魔力の有無じゃな。ファラスは魔力を使用しており、シェルは魔力を使っていない。その差じゃな。」
「剣に魔力を使っていましたよね?」
「あれは体外にじゃ。シェルは肉体に身体強化を付与していない。それに対して、ファラスは魔力をバリバリに使っておる。シェルが魔力も無しに、ファラスの白炎を受けたのはすごいと思うぞ。」
「解説、ありがとうございます。それにしてもなぜシェル君は身体強化を使わないのでしょうか?」
「ふむ、それはわからんのぅ。なにか考えがあるんじゃないか?」
そんな会話を実況たちが呑気にしている中、俺もまた考えを巡らせていた。
(うーん…魔法を使わないで、勝つつもりだったんだけどな。さすがに厳しいか。仕方ない、あれをやろう。)
膨大な魔力が俺の身体から溢れ出す。
「弐式…剣之渦。」
俺の背中に六本の魔力でできた剣が生成される。それらは超高速で円を描きながら回っていた。
「征け。」
その一言を起点として、剣が一本ずつファラスさんに向けて発射される。剣が発射された瞬間、その場に新たな剣が生成される。この技の名を…。
「ソード・ウェイブ。」
直訳すると、剣の波という意味になる。我ながら安直だとは思うが、この名前が最適だと思うのもまた事実。
連射された剣が、ファラスさんに高速で迫る。
しかし全て白炎に直撃し、霧となって消えていく。一見したら、無意味な攻撃に見えるだろう。だがこれにもちゃんと意味がある。
「これは…すごいですね。こんな連射を行うなんて、魔力操作がとても大変そうです。クロエラ様は同じことができますか?」
「いや、無理じゃろうな。あの魔力剣を一本創るだけで限界じゃ。もしファイヤーボールで同じことをやれと言われたら、かなり集中してようやくできるってところかのぅ?」
「つまりあの連射技はとても難しいということですか。しかしあの魔力剣を何本も使っているシェル君はどれだけの魔力量をしているのでしょうか?」
「たしかにそれはわしも気になるの。」
外野がなにか言っているが、無視だ無視。それにわざわざ己の手の内をさらすわけにはいかない。
(さて、俺の強さは目に焼きついたかな…アドル君。)
チラリと公爵様たちのほうを向く。アドル君の表情は驚愕に染まっていた。
(これくらいで大丈夫かな?そろそろ勝負を決めにいこうか。このまま魔力量でゴリ押ししてもいいけど、それは俺の思想に反する。)
魔力剣…それは普通の人間が使えば、一瞬で魔力がなくなる技術だ。だがそれはあくまで普通の人の話。俺が普通の人?そんなわけないだろう。俺は世界最強にして、世界最高の才能を持つ天魔族だ。魔力剣を一ヶ月連射し続けても、魔力がなくならないほどの魔力量を持っている。
だがそれに対して、ファラスさんの魔力量は人間にしては多いほうだが、俺と比べたら豆粒程度である。白炎の魔力消費も彼の中ではかなり大きいはずだ。
だからファラスさんが全力を出せる間に、勝負を決めにいく。ただ一応言っておくと、これはあくまで死なない決闘だからできることだ。おそらくこれが実戦だったのなら、このまま押し切っているだろう。
俺は連射していた魔力剣を停めて、ファラスさんに向き直る。
「そろそろ決着をつけましょうか。死なないように気を付けてくださいね…ファラスさん。」
そう言ってニヤリと笑う。
「秘剣シリーズ…一ノ太刀、天剣!!」
秘剣シリーズとは、討伐した魔物や手に入れた剣の中で強力な剣10本のことである。
一ノ太刀が一番弱く、十ノ太刀が一番強い…と言っても一ノ太刀でも世界最高峰の力を持つ剣なのだが。
俺の眼前に光り輝く蒼色の剣が顕現する。その蒼色はまさに晴天のようであった。
天剣を見た瞬間、ファラスさんが顔を強張らせる。これがとんでもない剣だと気づいたのだろう。さすが公爵軍最強の騎士様、勘が鋭い。
「私もこれを使う気は無かったのだが、仕方がないかな。さすがにこれを使わないと、私が死ぬかもしれないしね。」
これは、くるか!?おそらくファラスさんが使うのは、ファラスさんが公爵軍最強たる所以の力。それは…。
「其れは魔を滅する聖なる剣。顕現せよ、聖剣デュランダル。」
そう、聖剣だ。勇者の代名詞であるエクスカリバーよりは弱いが、それでも全ての聖剣は神が創った聖遺物。とんでもない力を持つことに変わりはない。
聖剣の登場に観客席が沸く。おそらく今日一番の盛り上がりだろう。それほどまでにファラスさんと聖剣の印象は強いのだろう。
「まさかファラスが聖剣を使うとはのぅ。それほどまでにあの剣はやばいのか。」
「ファラス様が聖剣を使うとは!!シェル君はそれほどまでに強い存在だったのでしょう。ですが聖剣を使ったファラスさんに勝った存在はこの国には一人、大陸を探してももう一人しかいません。それらの御方は全員、特別な聖遺物を持っています。おそらくですが、シェル君に勝ち目はないでしょう。」
「うむ、わしもその意見には同意じゃな。聖剣を使ったファラスに勝った人間は、セイメント王国軍元帥ザイス・ティリュース。ソワン帝国の暗黒騎士ルイス・コウン。ザイスは1000年前から存在すると言われる炎霊剣ヴァイザーの、ルイス殿は魔剣レーヴァテインの今代の担い手だ。さすがに聖剣で生まれた差はどうにもできんじゃろう。」
全く…好き勝手言ってくれるじゃないか。秘剣シリーズの、天剣の力を見ていないのに。先に言っておこう。俺の天剣とファラスさんの聖剣じゃ、圧倒的に性能に差がある。おそらく、いや確実に俺の天剣のほうが強い。
これに関しては剣の持つ性能による相性の問題だ。聖剣デュランダルはエクスカリバーに次ぐ、攻撃力を持つ剣だ。
それに対して、俺の天剣の力は絶対防御。この力はかつて殺した天剣の守護をしていた魔物と同じ力だ。天剣にもともと絶対防御の力が宿っていたのか、それともその魔物を殺したから、天剣に絶対防御の力が宿ったのか…真実は分からない。
だが一つ言えることがあるとすれば、この絶対防御はどんな攻撃も防ぐということだ。だが当然のようにクールタイムもある。
ならばどうするか。答えは簡単。絶対防御の効果が切れる前に、ファラスさんを倒してしまえばいい。この世界はゲームみたいに、防御をしたから攻撃ができないというルールはない。つまり防御をしながら、攻撃を行えばいい。簡単だろう?
「喰らえっ、聖竜斬!!」
聖剣を振って放つは、黄金のドラゴンを形作った聖なる斬撃。だが残念。天剣の守護の前ではその程度の斬撃など無意味。
天剣を正面に構えると、半透明の青い結界が展開される。これが天剣の絶対防御だ。
黄金のドラゴンは結界に当たると爆発した。とてつもない威力だったようで、結界で守護されていなかった部分の地面が抉れている。
「とてつもない威力ですね、ファラスさん。」
「その攻撃を難なく防いでしまったシェル君に言われると、ちょっと悔しいですね。」
ファラスさんは今の一撃で全魔力を使ってしまったようで、聖剣を杖にしてなんとか立っている状態だ。そんな様子のファラスさんの首元に、魔力剣の切っ先を向ける。
「俺の勝ちです。」
その一言を発した瞬間、闘技場が静まり返る。
(なにかミスったか?)
少し遅れて審判であるケイオスさんが判定を下す。
「勝者、シェル!!」
ケイオスさんのその言葉に、観客席は今日一番の盛り上がりを見せた。今日はまさに伝説が生まれた日であった。