第三話
俺は公爵様の息子であるアドル・エルフィスの師匠になることが決まった。俺がアドル様の師匠であるうちは、俺は公爵家でお世話になるらしい。やったね。豪華な食事が食べ放題だよ…というわけで俺は即決したのだが、公爵様はほっとしたような表情をしていた。
多分俺が街で問題とかを起こしたりしないか心配だったんだと思う。俺的には、公爵家でお世話になるだけでもいいのだが、それ以外に給料も出してくれるらしい。さすが公爵家、ふとっ腹だね!!
なんとそのお給金…毎年最低白金貨5枚だそうだ。ここでお金の価値の分からない人たちに説明しよう。
お金は下から、鉄貨、大鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨となる。鉄貨が前世の価値でいう1円で、そこから大鉄貨、銅貨と十倍ずつ価値が上がっていく。
つまり俺の年収は最低でも五億ということである。しかも食事などは公爵家でお世話になるため、日常的に必要な出費はほとんどない。もう嬉しすぎて、夢じゃないかと思っている。
そんな俺のハッピーな気分に水を差す輩が現れた。そう、人型の害虫(そう呼んでいるのは俺だけだが)である盗賊だ。盗賊がなぜ害虫(何度も言うが、そう呼んでいるのは俺だけ)と呼ばれているのか教えてあげよう。
奴らは臭いのだ。何ヶ月間も変えていない服、洗うどころか拭いてすらない身体…これで分かったと思うが、奴らは不衛生なのだ。そんな奴らを斬ったとしたら、斬った剣は絶対臭くなる(偏見)。こいつらはもう害虫でいいだろう?
馬車が停止して、盗賊たちに取り囲まれるが、公爵様は全く焦っていない。
(ふむ、この感じ…俺の腕を信頼してというより、俺以外にも護衛がいるのか。となるとあの御者か?まぁ、今はいいか。ヒンセルさんへの恨みでたまったストレスも発散したいし、俺がやるとしよう。)
「公爵様、俺が盗賊たちを殲滅します。公爵様はここで待っていてください。」
そう言って、俺は最小限の動きで馬車から出る。
(やはり御者の人が護衛だったか。)
チラッと御者台を見ると、御者がどこかに隠し持っていたであろう剣を抜こうとしていた。
「御者さん。俺がやるんで大丈夫ですよ。今は公爵様を守ってください。」
「いや、君はまだ10歳くらいだろう?いくら強いといっても、人を殺すことは…。」
御者さんがなにかを言っているが、俺はそれを適当に流しながら襲いかかってきた盗賊の一人に向かって、問答無用で水属性の魔法を放つ。
俺が人前で使える魔法の属性は火と水、そして幻だ。氷は古代属性のため当然使わないが、光と闇も幻属性を使うため使えない。希少属性を2種類以上使える人間というのは、本当に珍しいのだ。
人を殺すのはいいのか?なにを言っているんだい?ここで殺さなかったら、公爵様や御者さんに危害が及ぶかもしれないだろう。だから盗賊を殺さないことにデメリットはあっても、殺すことにデメリットはない。だから安全な方をとるために殺す。当然のことだろう?
圧縮した水の弾丸が、盗賊のおでこ辺りを貫いた。それを見た御者さんがなにかに引いたような顔をしている。おそらく俺が水属性で人を殺したことだろう。
この世界では水属性は戦闘において、あまり強い属性だと思われていない。なぜなら殺傷能力が低いからだ。もちろん相手の顔を水で埋めて、呼吸をさせないことで倒すこともできる。
だが相手が移動してしまったらすぐに外れてしまうため、意味がないのだ。もちろん相手の顔に固定させればいいのだが、それができれば苦労はしない。
相手が移動する方向に同時に動かせばいいだけなのだが、それは相手の心を読まないとできることではない。ならば少し遅れて、動かせばいいと思うかもしれない。しかしそれでも呼吸させないようにするためには、圧倒的なまでの瞬発力が必要だ。
その次に思いつくと思うのは、身体全体を水で覆うことだ。これに関しては、ある程度の相手までなら勝てるだろうと考える。だがそれも一定のラインを超えた人の皮をかぶった怪物には通じない。
そういう怪物たちは身体から衝撃波を出すのである。そして衝撃波で水が少し離れた瞬間に、そこから脱出する。不可能だと思うだろう?でもそれでもできるんだ。ソースはなにかって?もちろん俺だ(ドヤッ)。
とにかく水属性は殺傷能力が低いことが分かっただろうか?
それに対して、俺の放った水属性魔法は前世でいう拳銃のように、盗賊の脳を貫いた。驚くのもまぁ当然だろう。
だが今ので俺の強さが分かったのもまた事実。
御者さんは俺に盗賊を任せて、公爵様のいる馬車の中へと駆け込んだ。
「さて、やりますか。」
俺が肉体に魔力を通していると、盗賊の一人がヘラヘラと笑いながら声をかけてくる。
「へへっ、僕ちゃんよ。悪ぃが、公爵と一緒にいたことを後悔するんだな。まぁ安心してくれや。殺しはしねぇからよ。せいぜい奴隷になるくらいだ。」
口調からしてチンピラ臭がするが、今はそんなことどうでもいい。さっきと言った思うが、盗賊は臭い。そして推測だが、そんな害虫を斬った剣も臭くなると思われる。
だから俺は盗賊を殺すのに剣を使わない。というか武器を使わない。魔法で殺すのは当然として、どうやって殺すかだが、俺が人前で使える属性はさきも言った通り、水属性と火属性と幻属性だ。そして目の前には盗賊という名の汚物だ。もうこれはあれをやるしかないだろう?
俺の両脇に赤色の魔法陣が顕れる。そしてそこから紅蓮の炎が噴き出す。
「ヒャッハーッ。汚物は消毒だ!!」
炎の勢いは留まることを知らず、盗賊たちを焼きながら、どんどん広がっていく。
「ギャー!!助けてくれ!!」
「熱い!!熱いよー!!」
位置的に俺の火炎放射魔法に当たらなかった盗賊たちは、阿鼻叫喚の地獄のような光景に絶句している。
「弱い、弱すぎるよ…盗賊諸君。この俺の乗っている馬車を襲ったんだから、もう少し頑張りを見せておくれよ。」
笑みを浮かべながら告げ、そこから表情を一転させる。
「じゃないと殺すよ?まぁどちらにしても、君たちはここで死ぬんだけどね。」
自分でも怖いくらい、低い声が出た。
(あぁ、俺は怒っているのか。こんな雑魚共に水を差されたことに。)
俺は残っている盗賊たちに向けて、火炎放射魔法を放つ。盗賊たちはギョッと顔を強張らせる。だがそれも一瞬、すぐに苦しみの表情へと変わっていく。
それを呆然と見ていた、炎に巻き込まれなかった盗賊たちも我に返ったように、こちらへと攻撃を仕掛けてくる。
剣による攻撃、槍による攻撃、拳による攻撃、その全てを流れるように避ける。しかし俺にはその攻撃全てが、フェイントのように思えた。ふと、横に目を向けると、その先にこちらに腕を向けて、ニヤけている男が目に映る。
「風の刃よ、我が敵を穿て…ウィンドカッター。」
おっと、これはまずい。そう思った時には、すでに時遅し。風の刃は俺の首に直撃した。そしてその衝撃で、地面に落ちる俺の頭。
盗賊たちは勝利の雄叫びをあげている。その様子を馬車の中から見ている御者さんと公爵様。御者さんは手元に握っていた剣を引き抜こうとしている。
そんな様子を見ながら、俺はため息をつく。徐々に俺の顔が端から粒子になって消えていく。
(よくないよね。ちゃんと相手が死んだのか確認もしてないのに、勝ったと錯覚するなんて。極めつけはその事実にここにいる全員が気づいてない。公爵様と御者さんは盗賊共に警戒しなきゃいけないから、別にいいんだけどさ。)
盗賊たちはすでにこちらに欠片も意識を向けていない。全員、公爵様たちへの攻撃を考えている。
俺はまだ粒子になっていない左目で、俺の肉体の方を見る。その肉体は見事に仁王立ちしているのに、誰もおかしいと思っていない。
(こいつら本当に目ぇついてんのか?なんか普通に理解できないわ。)
自身の切り落とされた首より上の部分を見ると、粒子になって消えた部分が復活していた。
(よし、今回も順調だな。無事に再生してる。それにしても、やっぱり不思議な感覚だな。頭と身体が離れてるのは。なんか公爵様に力を見せるためにわざと当たったけど、できるだけやりたくないわ。)
慢心して、魔法に気づかなかったのも事実。しかし避けられたこともまた事実。
そんなことを考えていると、地面に落ちた頭部が完全に粒子になり、肉体が完全に再生する。頭部が完全に再生しても、盗賊たちはやはりこちらに意識を向けない。
俺はひとさし指を盗賊の一人の頭に向ける。そして一言。
「ズドンッ。」
極限まで圧縮された水の弾丸が音速で放たれる。弾丸が盗賊を貫くことで、ようやく全員が俺が生きていることに気付く。
「なっ!?どうして生きてやがる!?たしかに俺の魔法で首を斬り裂いたはずだ!!」
「君は一体なにを言っているんだい?頭と身体が別れたからといって、死ぬことなんてないだろう?そんなことで死ぬだなんて、よほどの雑魚だけだ。俺が殺したドラゴンは、心臓を潰して首を斬り落としても、5分くらいは動いてたよ。」
俺のその言葉に盗賊たちは絶句する。
「ドラゴンを殺した?」
「嘘…だろ。」
「あいつ、一体ナニモンだ!?」
あぁ、名乗ってなかったな。名乗っておけば、逃げてくれたかもしれないのに。まぁいまさら名乗っても遅いんだが、一応名乗っておくか。
「俺はAランク冒険者…世間一般で言うところのギアクレイス・ムーンと呼ばれる十歳児だ。俺に喧嘩を売ったことを懺悔しながら死ぬといい。そしたら来世はまだマシな人生を送れるかもしれないからな。」
そう告げて、俺は殺気を放つ。おそらく盗賊たちには、この言葉が死刑宣告にでも聞こえただろう。
「あぁ、終わりだ。もう駄目だ。」
「バカ言え!!これだけの人数差があるんだ。それに公爵を人質にとれば、まだ助かる可能性がある。さっさと馬車を襲え!!」
その言葉にハッとした様子で、顔を上げる盗賊たち。はぁ、ありもしない希望を見ることになるなんて、本当に可哀想だな。
俺は手をグッと握りしめる動作を行う。すると生きていた盗賊たちの頭が蒼い炎に包まれる。
「どうしたんだい?もしかして公爵を人質に取れるとでも思ってたのかな?だとしたら残念。君たちの命は俺の視界に入った時点で、すでに君たちのじゃなくなっているんだ…って、もう聞いてないか。」
すでに盗賊たちは跡形もなく、燃え尽きていた。蒼炎は全てを焼き尽くす超高温の炎だ。俺はこれを使えるようになるまで、だいぶ努力をした。
やり方をこうだ。水属性魔法を使い、空気に干渉して酸素と他の物質を分離する。そして純度100%の酸素を火属性魔法で燃やす。これで蒼炎の出来上がりだ。
まぁ解説はここまでにして、公爵様に伝えておこう。バリバリ戦闘を見てたけど、形式上やっておいたほうがいい。
「公爵様、盗賊たちは片付きました。周りに気配も特にないので、ここから先は何かと遭遇することもないでしょう。」
馬車のドアが開かれ、公爵様が中から出てくる。
「うむ、ご苦労であった。ファラスよ。馬車の運転は任せたぞ。」
「はっ。かしこまりました。」
(ファラス、ファラスかー。そういえば風の噂で聞いたけど、王都の近衛騎士団の副団長が同じ名前で、エルフィス公爵家に召し抱えられたとか言ってたな。たしか三十歳くらいのイケメンで、金髪の好青年みたいな感じだって…。)
そう思いファラスさんの方を見ると、髪の色が金髪の王道イケメンという感じであった。
(えっ?いやまじかよ。すげーな公爵家。)
驚きが限界を通り越して、ただただ公爵家を讃える感情しか出てこなかった。しかしすぐに現実へと引き戻される。
「さて、シェルよ。お前も馬車に乗るがいい。先ほどの謎の力も教えてもらいたいしな。」
やはり俺の幻属性魔法は見られていたようで、説明するしかなさそうだ。俺は少し面倒くささを感じながら、馬車に乗った。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
<三人称視点>
アドル・エルフィスの父親であるセイル・エルフィス。彼は原作通りに進むならば、息子であるアドルが徐々に傲慢になっていくのを見て、アドルに見切りをつけた。だがシェルとの出会いのおかげか、その行動を変える可能性が芽生えたことに間違いはない。
今後セイルが原作のように動くかどうかはまだ誰にも分からない。かくしてシェルという水たまりに落ちた石は、その波紋を鎮めることなく、他者を巻き込んで広がっていった。
この波紋がすぐに鎮まるのか、それとも新たな波紋を呼び起こすのか…それを知るのはもう少し後の話。