第七話
公爵領を訪れてから5日ほどが経ったある日、公爵家から一通の手紙が送られてきた。若干震える手で、おそるおそる手紙を開ける。今まで手紙を開けてきた中で、一番緊張したと思うね。
グリオルフィやガイア、机仕事をやっている部下たちが、チラチラとこちらをうかがっている。そんな中、俺はゆっくりと手紙を読んでいく。気づけば、俺はガッツポーズをしていた。
そう、婚約は無事に成立したのであった。これほど嬉しい報告はない。グリオルフィとガイアが拍手をし始めて、それがやがて部屋全体へと伝播する。ほんと、協力してくれたみんなに感謝だな。
ガイアを連れて、ランメルク商会へと向かう。向かう理由は、もちろん婚約の成立を伝えるためだ。受付へ行くと、すぐにデルトスくんを呼んできてくれた。俺の顔が知れ渡っているのかもしれない。まぁ何でもいっか。
前回案内された場所に再び連れてこられて、ガイアとともにソファに座る。正面にらナシアとデルトスくんが座っている。
「えぇと、無事にアドルは婚約ができたよ。協力してくれてありがとう。」
そう言って一度、頭を下げる。そしてナシアと目線を合わせて、真摯に告げる。
「お礼として、一つだけお願いを聞こうと思うんだ。もちろん無茶なお願いは無理だけど、ある程度のお願いは聞けると思う。」
これはすでにガイアと打ち合わせ済みの内容。あの時は猛反対されたが、それでも俺としては恩を返したいのだ。こんな歳でも、一応王国一の暗殺ギルドの長だ。ある程度のお願いなら聞けるはずだ。
少し迷いながら、ナシアは一枚の書類を持ってくる。それは約2週間後に行う王城でのパーティー…俺がアルルと共に出るパーティーに関する情報であった。しかし注目すべき点はそこではない。その書類にはこのようなことが書かれていた。北部の辺境伯であるギオルセイム家が魔族に与している…と。
「これは王城でのパーティーで、ギオルセイム家と魔族が結託し、襲撃してくるという証拠が載っている書類です。王家にも提出しており、当日は厳重警備にするらしいですが、守りきれるか分かりません。そしてパーティーの警備担当を任されているのが、我らランメルク商会なのです。」
ふむ、つまりナシアが俺に要求してくることは…。
「我々の警備の手伝いをしてもらえないでしょうか?」
なるほど。これくらいでいいのなら、別に構わないのだが、俺一人じゃあ守りきれるか分からないな。
「ガイア。君は王城の警備に入れと言われたら嫌かい?」
間髪入れずに、ガイアは答える。
「我ら宵月はあなたのために生まれた組織です。あなた様のためならば、死ぬ覚悟だってできています。」
大丈夫そうだ。とりあえずフィオナとアイザール以外の六王…ガイアとアーシャとイグニオールと剣王を収集しよう。理由としてはフィオナは戦闘向きじゃないし、アイザールはお偉いさん方の相手ができなさそうだからかな。
「警備は六王を三人以上を確定で派遣するけど、他に何人いるかな?」
「六王を三人も警備に回してもらえるのですか?それはありがたいのですが、ほんとにいいのですか?」
ん?まだそんなことを気にしているのか。
「大丈夫だよ。君たちに報いようと思ったから、こうやっているんだ。何もされていなかったら、こんなことしていないよ。それと俺も当日、パーティーに参加してるから、戦力に数えちゃっていいよ。」
「「なっ!?」」
ナシアとデルトスくんが、同時に驚く。俺も久しぶりに仕事をしようと思う。今回は公爵家も参加しているし、王城ということは王家も参加するんだろう?ならば恩を売れるかもしれない。売れる恩は売っといた方がいいからな。ガイアの方を見ると、肩を震わせて笑っていた。
「シェル様も動きますか。ならばギオルセイム辺境伯家と襲撃してくる魔族は終わりでしょうね。それにシェル様の力の一端を見れない、警備に参加できないヤツらもかわいそうです。」
ガイアにとって、俺ってどんな人物像なんだろう?まさか天災みたいな、手のつけようのない存在とかだと思われてないよね?ちょっと怖い。
「あっ。あと君たちランメルク商会に忠告しとくけど、護衛に入れるのは、最低でも卿レベルの力の持ち主にしといて。じゃないと巻き添えで、死んじゃうから。いないんだったら、こっちから出すから教えてね。」
危ない危ない。かなり大事なことを言い忘れていた。忘れてたら、多分宵月からも死傷者が出てたと思うね。
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<Sideナシア>
『巻き添えで、死んじゃうから。』
脳内に、ボスの放った言葉が響く。以前会った時は、なぜデルくんがここまで警戒していたのか分からなかった。しかし今なら分かる。アレは異常だ。
あの言葉を放った瞬間、私は身体全体から冷や汗が滲み出た。あの目を見た瞬間、私は悲鳴を上げるかと思った。あの昏く光った瞳…あれは全てを呑み込む、暴食の化身だ。
実際に私は半分くらい呑まれかけた。だがギリギリで持ち直すことができた。その理由はデルくんがいたのが、大きいと思う。デルくんが私に触れていたおかげで、私は現実に戻ってこれた。
あの目を思い出した瞬間、恐怖に呑まれそうになる。あれはおそらく、今後私を蝕み続けるトラウマになるだろう。
「しかしあの言い方…仲間の命をなんとも思っていないような感じだったな。だけどガイア様や他の六王のことは大切に思ってそうだったけど。うーん…やっぱり私たちと六王ではなにかが違うのかも。なんだか悔しいなぁ。」
それはポツリと出た言葉。しかし自身の心境を理解するのには、十分すぎる言葉であった。
「そっか、悔しいのか。自分が、自分たちが侮られているのが。」
ドアの外で聞いているであろう同僚に向けて言う。
「強くならないとね。ボスたちに侮られないくらい。これからも一緒によろしくね…デルくん。」
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はい、どうも。今、俺はどこにいるでしょう?正解は冒険者ギルドです!!わかった人はいるかなー?そんな人がいたら、その人は俺より頭いいですね。多分同じ状況だったら、俺は分からないと思うからね(キラーンッ☆)。
「さて。久しぶりの冒険者ギルドだけど、どんな感じなのかなー?」
王都の冒険者ギルドに来るのは、だいたい1年ぶりくらいだ。1年前は依頼を受けないと降格させられるというので、適当な依頼を受けに来たのだ。そして再び、その降格の時期が迫っている。Aランク冒険者以上ともなると、かなり少数だからある程度ギルドに貢献しないと、降格させられるのだ。悲しいね!!
中へ入ろうとして扉を開けると、視界いっぱいに2メートルほどありそうな男が飛んできた。それを瞬間的に屈んで避ける。するとそこを地面を高速で転がって、別の男が突っ込んでくる。屈んだ状態のまま、ジャンプする。ほんとにギリギリで避けた感じで、靴底が若干当たってた気もする。
極限の状態で回避したと思った瞬間、新たな男がこちらへと飛んでくる。うーん、これはどうやって避ければいいんだ?
Q.空中で身動きが取れない状態で、人とぶつかりそうになったらどうやって防ぐ?
A.攻撃こそ最大の防御のため、容赦なく蹴り飛ばす。
思いっきり足を振り上げる。そこはちょうど、男の股の間であった。
「ぐえっ。」
その一言を最後に、男は地面へと泡を吹いて倒れた。そしてトドメを刺した俺はと言うと、足にめっちゃ嫌な感覚が残っていた。
(うわー、最悪だ。潰れた時の感覚、めっちゃ気持ち悪いんだけど。って、そんなことはどうでもいいんだ。これって王都での洗礼なのか?去年、来た時はこんなことなかったんだが。)
周囲を見渡すと、一部は俺に視線を向けて、また別のヤツらは一人の少女に視線を向けていた。その少女は金髪に紅い目、まぶしさの具現化のような少女であった。そしてさらに目を引くことがもう一つ。それは背中に背負っている魔力を放つ剣。
(あれって聖剣じゃね?)
聖剣…それは勇者の持つエクスカリバーからファラスさんの持つデュランダルなど、多岐にわたり存在する神の創った剣。それは絶大な力を誇り、選ばれた人間にしか使えない。
(それにあの聖剣…ファラスさんの持っていたデュランダルよりも、強そうだ。この感覚が合っているとすれば、おそらくあれはエクスカリバー。つまり彼女は勇者だ。)
少女が近づいてくる。何をされるか分からないので警戒していると、目をキラキラさせてしゃべりだした。
「君、すごいな!!あんな体捌きは見たことなかったぞ。武術の達人なのか?それとも名のある冒険者なのか?」
うーん、なんと答えるのが正解か…。暗殺ギルドの長とは言えないし、公爵家の特別顧問とも言いたくない。それに冒険者って言って、目をつけられたら迷惑だ。まじでどうしよ。
そんなことを考えている間にも、少女は俺の肩を持って体を揺すってくる。仕方ない、ここは名前だけで満足してもらうか。この娘のお目付け役みたいな人も来てるみたいだし。
「人に聞く時は自分からだろ?まず君の名前を教えてくれ。」
ようやく身体を揺するのをやめてくれる少女。
「むっ。たしかにそうだな。私の名前はシャルロットだ。それで君の名前はなんというのだ?」
「あぁ、俺の名前はシェルだ。」
「そうか!!君はシェルというのか。実は…。」
何かを言おうとした瞬間、少女もといシャルロットの口が塞がれる。やっぱりこっちに向かっていたのは、シャルロットのお目付け役だったか。ほんとに到着するのは、ちょうどだったな。
赤髪赤眼の少女…おそらく高位貴族の人間だろう…が俺に頭を下げる。
「すみません、うちのシャルロットがあなたに迷惑をかけました。」
少女の言葉に反抗するかのように、シャルロットが口を塞がれながらも、唸り声を出す。しかしそちらに一切視線を回さず、他の冒険者たちにも頭を下げる。
「それではこれにて、私たちは失礼します。」
シャルロットを抱えて俺の横を通り抜ける時に、少女は俺の耳元で囁くようにつぶやく。
「今日のことは、忘れることをおすすめします。拡散なんてことをしていただいた場合には、それ相応の対処を覚悟しておいてください。それではさようなら。」
その言葉に、俺は薄く笑みを浮かべる。ある人には微笑に見えて、また別の人には薄ら笑いにも見える笑いだ。彼女はこの表情を見て、何を紐解くかな?
少女が出ていき、俺はため息をつく。
「なかなかに強烈な人たちだったな。とりあえず依頼を受けるか。」
Sランクようの依頼用紙を2枚ほど取って、受付に提出する。
あっ。一応報告しておくと、無事に依頼は終えましたよ。今年はもう、依頼を受けなくても降格はなくなったね。
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その日の夜、俺は宵月のアジトへ帰っていた。ふんふんふーんと鼻歌を謳いながら、独特なステップで路地裏を歩く。外から見ればそんなヤバいなのだが、俺は内心で考え事をしていた。
(ふむ、つけられてるな。冒険者ギルドのあのお嬢ちゃん関連か?まぁアジトの場所がバレるのは面倒だし、さっさと追い払おうか。とりあえず魔力を送ってと。)
そんなことを考えながら、俺はアジトとは別方向の道を行く。
(だいたい5分くらいかな?じゃああと4分30秒といったところか。)
そんなこんなで4分ほどが経過する。
(うんうん、ちゃんとついてきているね。あと5、4、3、2、1。それじゃあやろうか。)
俺は立ち止まって、暗闇へと声を投げかける。
「やぁやぁ、俺をつけている誰かさん。あなたたちにはさっさと出てくること、あるいは俺の監視の任務を放棄することをおすすめします。」
暗闇の一部で空気が若干、振動する。任務の内容がバレたことに動揺したのだろう。まぁ俺みたいな人外じゃなくて普通の人間だったなら、位置がバレることはなかったと思う。でも残念。相手は俺だ。もちろんすぐにそこへ攻撃を飛ばす気はないよ。でも脅かすくらいなら許されると思うんだよね。
(空気の振動的に、二人いるな。それぞれ別の場所に。魔力を圧縮して…はい、生成完了。)
聞き間違えることがないように、はっきりと大きな声で言う。
「君たちに善意からの忠告をしてあげよう。俺が動いていないからって、攻撃されないっていう判断はおかしいんじゃないのかな?」
おそらくこれで気づいただろう。自身の心臓部分に突き刺さる寸前の魔力剣に。瞬間的にそこから飛び退き、屋根の上から地面へと降りてくる。これで立っている土俵は一緒だ。
仮面をつけた男と女がそこにいた。観察してみるが、目を見張るものは特にない。強いていうなら隠密能力だが、宵月のギルド員のほうが幹部かどうかなど関係なく優れてる。
「貴殿は一体…なにものだ?」
「うーん、その質問はナンセンスだよ。セラフィム侯爵家幻刃所属のアインくん。」
アインくんははぁとため息をついて、降参の意味を込めているであろう両手を掲げる行為をする。自身の素性が全てバレていることを悟ったのだろう。諦めがいいのは感心だ。
「さて…君たちにはこう報告してほしいんだ。俺のことは何も分からなかった…と。もしそれを破ったらどうなるか、念の為教えておこう。」
近くに落ちていた紙を拾い、魔法で火をつける。それは塵すら残さず消えていった。
「こんな感じで君たちも、君たちを持っているセラフィム侯爵家も何も残さず消滅するだけだ。くれぐれも報告に関しては気をつけてね。」
ニッコリと笑顔で、俺は言う。
「さて…迎えが来たから、ここでお別れだ。」
現れたのは黒いコートを着て、顔をフードで隠した数十人の彼らにとっての正体不明。
「もう二度と、会うことがないように祈っているよ。」
闇に沈むかのように、そこから俺は、俺たちは消えた。そして現れたのは、そこから少し離れた路地裏の建物の上。
先ほどの現象は幻属性魔法の力だ…とだけ言っておこう。俺の目の前で、ガイアが跪く。ほんと、ガイアたちにはよく働いてもらったな。よし、手伝ってくれた人たちにはボーナスをあげよう。今日はちょうど、依頼を受けたばっかりだからね。
そうして夜は過ぎていく。
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<三人称視点>
かくして最強と次代の英雄は邂逅した。これは本来、交わるはずのない道であった。
なぜならシャルロットは主人公で、シェルは本来、この世界に存在しないからである。シェルが生まれた理由は、あの御方の願いを叶えるためだ。さぁ全ては彼に託された。特等席で彼の行動を見守ろうじゃないか。