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第六話

2年前、公爵一家全員と会った執務室に俺は案内された。言葉で言い表せない懐かしさがありますなぁ。たしかあの時はファラスさんと2人きりでセイルさんたちを待っていたんだよな。めっちゃ気まずかった記憶がある。だがある程度親しくなった今では、気まずさというのはほとんどない。


そんなこんなで待機すること数分。ついにセイルさんたちがやってくる。部屋に入ってきたのはセイルさん、リリィさん、アドルの三人だけであった。まぁアルルちゃんがいないのは妥当な判断だろう。


「久しぶりだな…シェル。」


一番最初に口を開いたのはアドルだった。セイルさんとリリィさんは、アドルを見守るように優しい目で見ている。やはりこの2人は良い親だな。


「えぇ、久しぶりですね…アドル。ちゃんと訓練はしていますか?まぁ大丈夫だと思いますが。たしかSランクモンスターを倒したのですよね?」


俺の言葉にほんの一瞬、ほんの一瞬だが口角を上げた。自惚れかもしれないが、俺に活躍を知ってもらっていたのが、嬉しかったのだろうか?


「あぁ。俺もシェルほどではないが、強くなったと思う。これが終わったら、久しぶりに稽古をつけてくれないか?お前との距離がどれだけ離れているのか知りたいんだ。」


良かった良かった…慢心している様子がなくて。もしそんなことになってたら、俺が叩き潰すしかできなくなってたよ。それにもし俺に勝てるだなんて自惚れてたら、一から鍛錬をやり直させてたね。


「いいよ。アドルの力量を見極めてあげる。今後の訓練メニューも決めないといけないしね。それじゃあ本題に入りましょうか…セイルさん。」


俺は持ってきた資料を取り出す。空中滑走の時に吹き飛ばなかったのかって?大丈夫。かばんが竜種の素材でできてるから、かなり頑丈なんだわ。


「これらがアドルに釣り合うと思われる婚約者候補たちです。それでは一人ずつ説明させていただきます。」


そう言って、俺はナシアから聞いた情報を話していく。


「なるほど…な。公爵家のメリットを考えれば、カナン嬢はなしでステラ様が最善か。だがそれは公爵家当主としての考えだ。一度婚約してしまえば、やっぱやめたはできない。それにアドルの親としても、アドルの好みの女性と婚約したほうが良いだろう。アドルは誰と婚約したい。」


そう言って、書類を手渡されるアドル。そして再び、書類に目を通していく。その瞳が2ページ目を開いたところで見開かれる。たしかそのページは…。俺がそのページに乗っていた人を当てる前に、アドルが口を開く。


「俺はステラ様と婚約したいです。」


レイアス帝国の第三皇女で、聖女である人を選ぶか。なかなかいいセンスをしてるね。しかしいくは公爵家だからといっても、厳しいんじゃないだろうか?だって他国の皇族で、宗教的にも最高位に位置する人だぞ。


そんな俺の心境は置いておいて、セイルはアドルの決断に笑顔を浮かべる。


「そうか。アドル、それは自分で選んだのだな?あとでやっぱりやめた…などという言葉は通じないぞ。」


「はい、わかっています。この婚約は俺が望みました。無責任な放棄は絶対にしません。」


アドルの顔は、完全に決意をしたような表情となっていた。これなら大丈夫だろう。決意したアドルは強い。師匠である俺が断言する。


無事にアドルの婚約者は決まった。


「さて、とりあえずアドルはこの後、シェルと戦うのだろう?先に行って、準備してきなさい。シェルは少し相談したいことがあるから、残ってくれないか?」


ふむ、なんだろうか?なんかヤバいことしちゃったか?いや、まじで心当たりがないのだが。アドルが部屋を出て、俺とセイルさんとリリィさんが部屋に残される。重々しく、セイルさんが口を開く。


「ほんとに申しわけないのだが、君に社交界に出てほしいのだ。」


「はっ?」


なぜ?どうして?スタンピードの件がバレた?それとも別のなにか?いろいろな考えが頭に浮かんでくるが、答えらしき答えは出てこない。いや、ほんとにどうしたものか。そこで先ほどまでだんまりを決め込んでいたリリィさんが口を開いた。


「スタンピードの件がバレたとかではなくて、ただ単に社交界に出てほしいの。アルルのパートナーとして。」


あー、びっくりした。まったく、心臓に悪いぜ。しかしアルルちゃんのパートナーか。なぜ俺に頼むんだ?


「私たちも分からないのだけれど、アルルにとって初めてのパーティーだから、できるだけアルルのお願いは聞いてあげたいの。」


ふむ、アルルちゃんが俺をパートナーに選ぶ理由。心当たりがない…いや、あったわ。2年前にたしかに初めての社交界で、パートナーになろうみたいなこと言ってたわ。あー、まだ覚えてたのか。普通に忘れてるって思ってたわ。さすがにこれは聞いてあげないとダメだな。嘘をつくのは、良くないし。


「わかりました。ちなみに場所と時期はいつですか?」


俺が承諾するのが意外だったらしく、ポカンとした顔をする2人。しかしすぐに現実に戻ってくる。


「あ、あぁ。場所は王城で、時期はだいたい一ヶ月後だ。シェルもすぐに王都に帰るんだろう?我々が王都に着いたら、遣いを送ろう。それと採寸だけは、先にやらせてくれ。ついでに言っておくと、王都でシェルにダンスを仕込むから、覚悟しておいてくれ。」


「はい。わかりました。」


セイルさんが指をぱちんと鳴らすと、部屋の外で待機していたであろう使用人たちが入ってくる。この人、絶対に俺が承諾すると思ってたな。こうして話し合いは無事に終わった。


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


使用人たちのなすがままに、俺は身体の採寸を行われた。なんかあの時、使用人たちの目がギラギラしていたのは気のせいだろう…うん、絶対気のせいだ。


そんなこんなで採寸が終わり、俺は廊下を歩いていたのだが、緑色の艶やかな髪を揺らした少女が後ろをつけていた。うん、なぜこんなことに?


(絶対アルルちゃんだよね?振り返っていいのかな?ダメなやつじゃね?うーん、わからん。とりあえずここの曲がり角で待機するか。)


曲がり角を曲がったところで、アルルちゃんに見えないように隠れる。アルルちゃんは俺が待機しているとは思わずに、足音を立てないようソロリソロリと歩いている。なんかほっこりする。


やがてアルルちゃんは、曲がり角の手前に着いた。ゆっくりと、用心深く曲がろうとする。だが残念。もう見つかってるんだよな。半分くらい曲がったところで、俺と目が合う。その瞬間、アルルちゃんは後ろ向きに歩き出す。だけど逃がす気はないよ…アルルちゃん!!俺は自然な笑顔を意識して話しかける。


「やぁ、久しぶりだね…アルルちゃん。」


極めて自然的な挨拶。しかしアルルちゃんは泣き出した。


「うわーーん!!」


「えっ?」


焦って、ウラウラと円を描くように歩く俺。しかしそれでもアルルちゃんは泣き止まない。まじでどうしよ。打ち首とかにならないよね?えっ。ないよね?怖くなってきたんだけど。まぁ泣き止ませるのが、優先か?


「大丈夫、大丈夫。怖くないよー。ゆっくり息を吸って、吐こうか。」


ジェスチャーで深呼吸をする。アルルちゃんは泣きながらも、俺の真似をする。うーん、可愛い。


「落ち着いたかな、アルルちゃん。」


顔を少し赤らめ小さな声で、ボソッとつぶやく。


「うん、大丈夫。あなた、ほんとにシェル?」


どうしたんだ?どっからどう見ても俺は俺じゃね?まさか姿が変わってる!?いや、そんなわけないか。


「あぁ、俺は正真正銘アドルの師匠のシェルだよ。」


俺の目をジッと見つめるアルルちゃん。なんか恥ずかしい。やがてアルルちゃんは、目線を俺から外す。


「嘘をついてる眼じゃなかった。良かった、生きてて良かったよ。」


そう言って、再び泣き出してしまう。ほんとにどうしたんだ?生きてて良かったってどういう意味だ?もしかして誰かが俺を死んだ人として、アルルに伝えた?まぁどれだけ考えてもわからないな。


そんなふうに泣き続けること、数十秒。やがて俺に抱きついて泣くことに恥じらいを覚えたのか、ほおを赤らめている。


「おかえり、シェル。」


笑顔でアルルがつぶやく。その言葉がなぜだか無性に嬉しかった。


「ただいま、アルルちゃん。」


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


公爵家の騎士たちが普段から鍛錬をしている場所で、俺とアドルは立ち会っていた。周囲では騎士たちが観戦をしようと、俺たちを中心に円形に広がっている。


「そういえばアドルの希少属性は何だったんだ?希少属性を持っていたとしか聞いていなかったんだが。」


「それは見てからのお楽しみだ。」


そうつぶやいた瞬間、アドルは疾風の如き速さで駆け出した。たしかにこれは速いが…。


「それだけだな。」


なんとなくでアーシャを真似るように、魔力で糸を創る。それをそのまま、アドルへ飛ばす。それはアドルの肩を貫いた…はずであった。


糸の軌道が逸れる。アドルの身体の縁の外側をなぞるように、逸らされた。


「なるほど。風を纏っているのか。」


アドルの肌の外側を流れる魔力の奔流。それは緻密に操作され、アドルの身体を守護していた。


「この技の名前は風鎧(ふうがい)。意味はそのままで、風の鎧という意味だ。糸程度じゃあ、この鎧は破れないぞ。」


へぇ、糸程度じゃあ破れないか…。なら破りたくなってきた。逆張りって楽しいからね。


糸を硬質化させるため、さらに魔力を放出し圧縮する。その量は俺から魔力の渦が出るほどだ。さすがにヤバいと思ったのか、剣を持って突っ込んでくる。


だが残念。俺の周囲は超高速で、蒼いファイヤーボールが動いているから、多分近づかないほうがいいよ。さぁ、君の希少属性を見せておくれ!!


俺の意思に答えるように、アドルは両足に魔力を込めた。足が動いた瞬間、アドルはすでに俺の目の前にいた。


「はぁぁ!!」


身体をバックターンさせて、アドルの刺突を避ける。そのままアドルは勢いを殺せずに壁に激突するかと思われた。しかしアドルは急な方向転換をして、再び俺の方へと向かってくる。


「なるほど。それがお前の希少属性か。たしかにすごいが、肉体はそれに耐えられているのか?」


身体を横向きにしながらその場で跳躍する。真下をアドルが通り抜ける。その瞬間、半回転して背中を蹴り抜く。


そのまま着地して、アドルの四肢に魔力糸を巻き付ける。右手に魔力剣を生成。そして首元に突き付ける。2年前にも何度も起きていた光景のため、古参の騎士たちは平然と見ている。


「俺の勝ちだ。」


「あぁ、俺の負けのようだな。おい、コイツに襲いかかろうしたやつら。今後はそれを抑えるように気をつけろ。死にたくなければ、コイツに手を出すなよ。」


なんか俺の扱いひどくない?まぁいいけどさ。というかあれだね。騎士増えてない?2年前と比べて。


糸を解いて、アドルに話しかける。


「まぁそうだな。たしかにスタンピードが起きてから、一気に兵士や騎士に志願する人が増えたな。これもお前やファラスが頑張ったからじゃないか?」


いや、知らんよ。というかファラスさんはあっても、俺はないだろ。だってあの件のこと、秘匿してるんだろ?


「まぁそれはそうだな。ただお前一人で倒したとは言っていないだけだ。ファラスと二人で倒したと報告されたからな。」


なるほど。それならたしかに俺が有名になっても、おかしくはないな。とりあえず用事は全部終わったし、俺は帰るか。


「ん?ここに泊まっていくんじゃないのか?」


「いや、泊まらないよ。あっちで仲間たちが待ってるんだ。悪いけど、もう帰らせてもらうよ。」


そう言って、俺は足からスプラッシュを出して、空高くのぼっていく。スプラッシュはとてつもなくうるさかった。ゆえに聞こえなかった。アドルの一言が。


お前にも、仲間と呼べる存在ができたのだな…という言葉が。


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


<三人称視点>


彼らは勘違いした。特異点(イレギュラー)である少年が孤独から脱したと。しかしそれは間違いであった。


強者の本質は孤独。強すぎるゆえに、誰にも理解されない。彼の孤独はまだ埋まらない。誰かが彼の理解者に。そう願うことしかできない。


なぜなら我らは、彼の孤独を埋めることができなかったのだから。脱落者に再戦の権利はない。彼らは、ただ祈ることしかできないのである。



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