第五話
「さて、まずは婚約者候補を決めるところからかな。それに関しては、さっきガイア様から連絡をもらった時に絞っておいたけど、目を通してもらえますか?」
そう言って、こちらに数枚の書類を渡してくるナシア。ふむ、手際がいいな。さすがは大商会といったところだろうか。
今までの書類仕事で培ってきた速読の技術が活きるぜ!!次々と書類の内容を見ていく。書類を見終えて、机におく。
(うーん…全員、貴族じゃねぇか!!しかも全部裕福な貴族家って、やっぱり公爵家はすごいんだな。)
俺が書類を見終えたのを見て、ナシアがつぶやく。
「これが婚約者としての最低ラインに位置している人たちです。次に見せるのが、本命となりうる人たち。高貴な身分の方たちの中でも、最上位に位置する御方たちです。」
うーん、これ以上の人たちが出てくるのか。なんというか公爵家って、何もかもがすごいよね。俺には理解できないわ。
「まず一人目。セイメント王国が誇る三大公爵家の一つグラフィオス公爵家の長女であるエステル・グラフィオス様。婚約を結ぶメリットとしては、繋がりができる以外にないですね。次にに二人目ですが、こちらの方は他国の御方となります。レイアス帝国第三皇女のステラ・フォン・レイアス様です。彼女と婚約するメリットですが、まず帝国とのパイプができることです。そしてもう一つが彼女は今代の聖女の一人であるため、教会ともつながることができる点です。」
聖女…それは神に選ばれし存在のこと。簡単に言うと勇者のようなものだが、聖女にはとくに使命がない。さらに聖女は勇者と違い、一つの代に何人も現れることがある。ここが大きな違いだろう。
そして聖女を語る時に外すことのできない組織…それが教会だ。まぁ教会はそのままの意味で、普通の宗教団体だ。ちなみにこの世界では、教会と言われたら一つしかなく、それ以外の教会は存在しない。他の宗教が邪教とされているわけではなく、ただ単に他の宗教が生まれないだけだ。そしてそんな教会だが、大陸全体に支部があるため、パイプがあればいろいろな融通が利く。ナシアが言いたいのは、そういうことだろう。
「三人目はヴェラキッカ王国セイルライト公爵家次女のカナン・セイルライト様です。セイメント王国の同盟国ですが、とくに婚約のメリットはありません。理由を説明すると、アドル・エルフィス様の御母上がこの国の侯爵家の出身だからです。そのため、婚約をするメリットがありません。」
説明を聞きながら、俺は嘆息した。
(へぇ、リリィさんって、ヴェラキッカ王国の出身だったんだ。なんとなくセイメント王国ではないとは思ってけど。)
「最後の四人目としては、この国の第三王女…リリエラ・フォン・セイメント様です。メリットとしては、王家との結びつきが強固になるくらいですね。将来、王城で羽振りを利かせたいんだったら、エステル様よりもこちらのほうがいいでしょう。しかしそれ以外でしたら、長女のエステル様のほうがよろしいかと。」
なるほどな。たしかにアドルは国内外ともに、神童として有名だ。最近では単独で、Sランクのモンスターを討伐したらしい。そんなアイツに釣り合うのも、貴族として最上位または国のトップの一族じゃないとだめってわけか。
俺はベッドに寄りかかって、深い深い思考の海へと沈んでいった。
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<Sideデルトス>
俺の表の仕事は、ランメルク商会セイメント王国本部の受付統括だ。しかしそれはあくまで表の話。俺の本当の職業は暗殺ギルド宵月に所属している暗殺者だ。ちなみに二つ名は緋焔公。格好いいだろう?
俺は宵月のトップが帰ったところで、はぁーとため息をついて座り込む。そんな俺の姿が珍しかったのか、俺の表の上司で裏の同僚のナシアが、頬をつんつんとしてくる。
「どしたのー?デルくんがそんなに疲れてるなんてめずらしいね。もしかして初めてボスと会ったから緊張しちゃった?私はそんな緊張しなかったけどなー。というかボスがあんなに可愛い男の子だなんて知らなかったー!!」
ナシアの言葉に耳を疑う。アレが可愛い?感覚が狂ってるんじゃないか?アレは怪物だ。ボス…シェル様と話している時、俺の背中から出る冷や汗が一切止まらなかった。アレは人が、この世界の生物がどうにかできる存在じゃない。日頃からナシアのからかいに反論してるからか、俺が反論しなかったのにナシアが違和感を覚えたようで、どうしたのか聞いてくる。
「どうしたの?デルくん?ボスかガイア様に何かされた?それなら速攻で潰してくるけど。」
やはりナシアは気づいていない。ボスの異質さに。それどころか、危害を加えようとしている。それは、それだけはダメだ。この商会が、関係者が全て消されてしまう。
「いや、違う。大丈夫だ。いいか、絶対にシェル様には手を出すなよ。他の六王にもだ。今後絶対、俺になにが起きてもだ。」
俺の注意に、ナシアはイマイチピンときていないようであった。しかしこれだけは守ってほしい。じゃないと世界が滅ぶ。冗談でも比喩でもない。そのままの意味でだ。
「ボスって、そんなにやばいの?ガイア様はたしかに魔力が多いし強そうだったけど、ボスの魔力は微量しか感じ取れなかったよ。」
「いや、確実にヤバい。アレは本気を出せば…いや、出さなくても世界を滅ぼせる。それほどまでにヤバい存在だ。俺のカンがそう言ってる。」
「へぇ…じゃあデルくんが従おうと思うほどの人なの?」
俺はボスたちが来る前にナシアに言った言葉を思い出す。
「あぁ、もう完璧だ。文句無しの百点満点だ。俺はあの人をボスと認める。」
そうしてシェルは自身の知らないところで、ボスと認められるのであった。
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天空を駆け抜ける一筋の閃光。それは青空に浮かぶ白い雲の間を通り抜ける。そう、その閃光の正体は他でもないこの俺!!なんでこんなことしてると思う?俺にも分かんない!!つまり誰にも分からない。
うーん、それにしても空気が痛い。肌にめっちゃ刺さってる。いや、叩きつけられているのほうが正しいのか?とにかく空気抵抗がヤバい。このままじゃ俺、燃えちゃうよ?
冗談タイムはいったん終わりにしよう。真面目モードに入りまーす。さて、俺がどうやって飛んでるかだけど、それは簡単。水をスプラッシュみたいに足から噴出させて、空を飛んでいます。ちなみに落下しない理由は、空中に魔力の長い橋?のようなものを作って、そこの上を滑っているからです。やってる本人も驚きの魔力の無駄遣い。
こんな進み方でも第二形態になって、空を飛んで行くのより速く進めるんですよ。それに魔力の使用量もあんまり多くないし。省エネ最高だわぁ。
それでなぜこんなことをしているか。それはアドルの婚約者探しの結果を伝えるためです。手紙でいいんじゃないのかって?こっちのほうが速いんだよ!!
馬でいくよりも、鳥に手紙を任せるよりも、俺がこうやって送ったほうが速い。なんだか分からないけど、悲しい気分になってきたわ。なんでだろう。
そんな風に空中滑走を行うこと、数十分。視界の先に城壁が見えてくる。何を隠そうこの城壁は2年前のスタンピードで、魔物たちに壊されることなく責務を果たした城壁だ。まさに歴戦の城壁である(語彙力)。
俺は魔力の橋の生成をやめて、空中に放り出された。スプラッシュもとめて、俺の身体は真下へと落下していく。まぁさっきの痛みに比べたら、落下の痛みもあんまりだな。
「ふっ。」
頭が下で足が上の状態になっていたので、半回転して普通の状態に戻る。足に魔力を行き渡らせて、硬度を高くする。
ズドォォォン
無事に原型を保ったまま着地できて良かったわ。しかし一つだけ計算外のことがあったわ。そんな風に考えながら、俺は下を見る。その光景はまさに異質。なぜなら俺の両足が地面にすっぽりと埋まっていたのだ。今の俺の状態は言うなれば、下半身が地面になった人間といった感じだ。
「仕方ない…今から行う環境破壊に関しては、見逃してほしいな。」
ぼやきながら俺は、とりあえず右手に軽く魔力を込めて、地面に叩きつける。すると先ほどとは比べ物にならないほどの巨大な音と、土煙と粉塵が飛び交った。
その一撃で、俺は見事に土の中から脱出?したのだった。めでたしめでたし…となったらどれだけ良かっただろうか。
「貴様っ…何者だ!?」
俺は兵士に見つかった。ふむ、客観的にどういう状況か確認しよう。俺はなんか公爵領の付近で環境破壊を行うヤバいやつ。そして兵士はそれを問いただそうとした人。百パーセント慈悲なしで俺が悪くね?どうすっかなー。
ハハッと乾き笑いをすることしかできないでいると、兵士の後ろの方からバタバタと馬を駆る音が聞こえてきた。馬に乗っている騎士を見た瞬間、兵士が敬礼する。
「ふむ。公爵領近くで轟音が発生、何かの予兆かもしれない…と聞いて来たけれど、まさか貴方が原因だったとは。」
そうつぶやきながら、馬から降りる騎士…ファラス。久しぶりにあった彼は、嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。
「お久しぶりですね、シェルくん。だいたい何ヶ月ぶりですか?」
「六ヶ月ぶりくらいじゃないですかね、ファラスさん。」
俺たちの会話についてこれない様子の兵士。まぁ当然の反応かもしれない。だってクレーター作ったヤバいやつが、自分の上司と仲良く話しているんだもの。そりゃあ状況についていけないわな。
「この少年はエルフィス公爵家の特別戦闘顧問…アドル様の師匠だったシェルくんだ。」
ファラスさんが俺のことを紹介してくれる。多分俺の口から言っても信用できないから、ファラスさんが言ってくれて助かったわ。
ファラスさんの言葉を聞いた瞬間、兵士は俺の方へと駆け寄って頭を下げた。
「ほんとに、申しわけございませんでした!!まさか貴方様が、あの特別戦闘顧問のシェル様だとは知らずに。」
「いや、大丈夫だ。というか頭を上げてくれないか?客観的に見て悪いのは俺なんだし、君は正しいことをしたんだ。だから謝るんじゃなくて、誇っていいよ。」
俺の言葉で顔を上げてくれる兵士。その瞳は子供のように、キラキラしていた。まじでどうしたんだ?ちょっと怖い。
状況が理解できないでいると、ファラスさんがどうしてこうなったのか教えてくれる。
「いやー…実はシェルくんは領内で、かなり有名なんだよね。2年前のスタンピードもあるし、私との決闘もある。それがあって君の知名度はかなり高くなってるんだ。子どもたちの遊びの中でも、君の役があるくらいだからね。」
んー、なるほど。って、えっ!?俺ってそんなに有名になってたの?いやー、嬉しいですわー…だなんてなるかよっ。街なかで俺の真似をしている子どもを見るとかどんなイジメだよ。
そんな気持ちは外面に一切出さず、笑顔で固める。すると兵士が俺に握手を求めてくる。仕方ないな、特別だぞー。
握手を終えて、街の方へと戻っていく兵士。クレーターの上に俺とファラスさんが残される。うーん、クレーターの上にポツンと立っている二人と一頭…なんかシュールだな。
「さて、シェルくん。ここに来たってことは、なにかセイル様に用事があるのでしょう?案内しますよ。」
なんとありがたい提案か。やっぱり持つべきものは、公爵様にツテがある人に限るな!!
「それでは案内お願いします。」
俺はファラスさんに、ペコリと頭を下げるのであった。
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<三人称視点>
運命を変えた原点で、彼らは再び邂逅する。それは今後に、何をもたらすのか。それはまだ分からない。
彼らは運命に抗おうと藻掻くだけである。動き出した時間はもう停まらない。さぁ、駆け抜けろ。人生という名の一瞬を。