第四話
グリオルフィに渡された手紙を、まじまじと見つめる。いまだにこれが現実か分からない。だって仕方ないだろう?エルフィス公爵家から手紙が来たのなんて、半年ぶりくらいだからな。
一応、個人的なやり取りはしているのだが、それはセイルさんやアドルなどの一個人としてだ。
「見たところ、おかしいところはないな。それにこれはエルフィス家の家紋だ。これを使われているのを見るに、嘘だとは思えない。」
貴族の家には一つずつ、固有の家紋がある。それを驕るのは犯罪で、死刑になってしまう。そのためやる人も少ない。つまりこれはかなりの確率で、エルフィス家のものであるということだ。
「とりあえず、中を見てみるか。」
手紙を開けて、無言で中を見る。ふむふむ、なるほど。これはかなりの面倒事だ。グリオルフィも中身が気になったのだろう、なんと書かれていたか目線を書類からずらすことなく作業しながら聞いてくる。
「どのような内容でしたか?」
ふむ、なんと伝えるのが正解か…。まぁ正直に言っておこう。これが原因となって迷惑をかけるわけにもいかないしな。
「婚約者を探してくれ…だそうだ。」
「はっ?」
俺の発言に言葉を失うグリオルフィ。まぁ当然と言えば、当然だ。だって暗殺ギルドの長に、そんなことを頼むか?いやいや、普通は頼まないだろう。というか自分たちで調べたほうが、安心できないか?
やがて現実に戻ってくるグリオルフィ。しかしまだ現実がつかめていないようだ。
「婚約者というのは、エルフィス家嫡男のアドル・エルフィス様のですよね?なんでそんなことを、シェル様に頼むんだ?わからん…。」
グリオルフィ…俺も完全に同意する。とりあえずこれについて、考えるのはやめておこう。なんというか分からないことは、思考放棄に限るな!!
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午前が過ぎて、机の上にあった書類がほとんど片付いた。グリオルフィがかなり整理してくれたおかげで、仕事がかなり楽になっている。神様仏様グリオルフィ様って感じだわ。
それから作業を進めること、約数分。ついにエデンが見えてきた!!残る書類は数枚。ターゲット最後の一枚、ロックオン完了。持てる全てをペンを握る右腕に籠める。迅速に、しかし丁寧に一文字一文字書いていく。
「終わったー!!」
ついに仕事が終わった。うん、最高!!仕事が終わった後の、この開放感は全てに勝る。心の中で愉悦に浸っていると、タイミングを見計らったようにガイアが入ってくる。
「シェル様。仕事が終わったところで申しわけないのですが、公爵家関連でお話がございます。」
おぉ、もうここまで話が広がっていたか。いや、ガイアだから知っていたのか?まぁどっちでもいいか。多分、婚約者をどうやって探すかって話だな。うーん、ほんとにどうすっかな。
ガイアに連れて行かれた先にあったのは、1台の馬車。それは2年前に見た公爵家の馬車に劣らぬほどの装飾がつけられていた。しかし注目するべき点はそこではない。
「なるほど。フィオナのところか。」
馬車に乗って、揺られながらつぶやく。フィオナ…彼女は宵月の最高幹部である六王の一人だ。そしてあのすごいポーションを作った張本人でもある。二つ名は智王。そうなった理由としては、普通に頭がいいからだ。あんなすごいポーションを作ったりしている時点で、もう俺には理解できないほどの頭の良さだ。
そんな彼女だが、今は王都にいなかったはずだ。戻ってきたのだろうか?そんなことを思っていると、ガイアが俺の疑問に答えてくれる。
「今、フィオナは王都にいません。彼女の助手である冰宴公ナシアに事情を話したら、この馬車を手配してくれました。」
フィオナはその仕事の都合上、色々なところを飛び回っている。どんな仕事なのかって?それは見てからのお楽しみさ。といっても、もう着いたけどね。
馬車の扉か開かれて視界に広がるのは、城のように巨大た建物。この建物はランメルク商会という王都で一、二を争うほどの大きな商会のセイメント王国本部だ。もう察した人いるだろう。そう、フィオナはランメルク商会の会長、いわゆる社長というやつだ。
馬車を降りて、建物の中へと入る。
「ほぉ。」
自然と声が漏れる。それほどすごかったのだ。建物の外装は巨大で迫力があったが、内装もそれに負けないほどの美しさがある。中にはたくさんの客がいて、その中の一部がこちらをチラッと見るが、すぐに興味を失ったかのように別の方向を見る。
さて、どうするか。ナシアのもとに行きたいのだが、どうやって行けばいいのだろう。そんなことを考えていると、ガイアが受け付けのほうに歩いていく。どうしたのだろうか?
「そこの貴女。ナシアを呼んできてもらっていいですか?」
あちゃー。やってしまった。多分ナシアはかなり偉い人だ。俺らのような得体の知らない人を、ナシアのもとへ案内するのはありえない。まじで、どうしよう。
「すみません。ナシア様は多忙のため、アポを取ってから改めて来てもらっていいでしょうか?」
想定通り、毅然とした態度で、ガイアの提案を拒否する受付。周りを見てみると、一部の客がクスクスと笑っていた。はぁ、だる。ちょっとしばくか?ガイアのもとへ行こうとすると、一人の成金っぽい男がガイアへ近づく。
「お嬢ちゃん。君は高貴な身分の出身だったり、しかるべき身分があったりするのかな?」
あぁ、鬱陶しいな。俺の家族を馬鹿にするとは、いい度胸をしているじゃないか。申しわけないとは思わない。だって俺の家族を侮辱したんだから。それなりの報復を覚悟してもらおう。潰されるくらいの覚悟はね。
身体から成金男だけに向けて、殺気を放出する。他の客は殺気は感じていないが、俺の存在感が増したのを感じとったようだ。
「君みたいな低い身分の人間が出会える人じゃないんだよ!!このランメルク商会のかいと…ひっ!!」
俺から放たれる殺気にようやく気づいた成金男。彼は人を小馬鹿にしているような顔を、一瞬で蒼白にさせた。そんな彼の横を通り過ぎて、受付に一つの黒いカードを見せる。それを見た瞬間、受付はドタバタと音を立てて頭を下げ、窓口の裏へと走っていく。事の顛末を見ていた客たちも、声を出して驚いている。
(この視線はいつになっても、慣れないな。これだから目立つようなことはしたくないんだ。)
俺が見せたのは、ランメルク商会の特別会員証。これは会長…フィオナから直接でしか受け取れない。今持っているのは、二桁にも満たないはずであった。この国で持っているのは、俺を含めて3人だけのはずだ。
ガイアがこちらに、頭を下げてくる。
「すいません。私がはやとちりしたばかりに。」
「いや。俺の方こそ、悪いことをしたね。さっさとこれを見せれば良かったんだけど。」
ほんとにその通りだ。俺が勿体ぶらずに、さっさとこのカードを見せていれば、ガイアが傷つくことはなかった。
そんなことをしていると、がっしりとした長身の男がこちらへと近づいてきた。たしか彼も宵月にいたはずだ。たしか二つ名は緋焔公だったはずだ。
幹部の位階は、主に三つに分かれている。最上位が六人の最高幹部…二文字で表される王のつく二つ名の持ち主だ。次に彼のように二つ名の最後に公とつくものだ。そして一番下は、二つ名の最後に卿とつく。つまり彼は立ち位置としては、ナシアと同格というわけだ。
彼は俺たちの前に立つと、高速で頭を下げる。
「まことに申しわけございません、シェル様。彼女は新人だったため、貴方方のことを知らなかったのです。」
「なるほど。別にいいよ。特に彼女からは、実害をもらってないし。それに君たちの大事な仲間だろう?なにもする気はないから、安心して。ガイアもそれで大丈夫?」
動じることなく、ガイアは告げる。
「はい、問題ありません。シェル様のご判断に任せます。」
「なら大丈夫だね。君たちからも、彼女に何かするというのはやめてね。それじゃあ行こうか…っと思ったけど、ちょっと待ってね。」
完全に忘れていた成金男の存在を思い出す。うん、ちょっと強めに脅しておこう。金だけはあると思うし、それで報復なんてされちゃったら、一族郎党皆殺しにしちゃいそうだからさ。
俺からの殺気に加えて、特別会員証で完全に腰を抜かし、地面に座っている成金男の目線に合わせるためにしゃがむ。そして自身の瞳に魔力を流し込んで、相手の目を見つめる。若干、幻属性魔法を使って、相手に偽物の恐怖を流し込む。
成金男の目を見つめること十秒ほど、ついに男は白目を剥いて後ろ向きに倒れた。うん、やりすぎたね(テヘペロ☆)。
「ごめん、ちょっとやりすぎた。彼の介抱を頼めるかな?」
少し反省しながら、緋焔公くんに聞いてみる。さすがにないと思うが、これで出禁をくらいたくはないな。だがそんなことは一切なく、笑顔で対応してくれた。彼が両手をパンパンと鳴らすと、複数の職員がやってきて、成金男は連れて行った。
「さて、行きましょうか。シェル様、ガイア様。」
そう言って、何もなかったと言わんばかりに、先に進んでいく緋焔公くん。神経が太いなと思いながら、ついていく。彼についていってたどり着いたのは、最上階の一番奥の部屋であった。緋焔公くんがコンコンとノックすると、中から威厳のある女性の声がする。
「入ってください。」
緋焔公くんがドアを開けると、そこには緑髪の女性が跪いていた。うーん…部屋を間違えたかな?緋焔公くんに確認を取ろうとすると、彼は頭を抑えてため息をついていた。
「すいません。ここまでナシアがやばいとは思っていませんでした。」
彼もなんだか苦労しているようだ。しかし組織のトップが相手が誰かも確認せずに、跪くような人間でいいのか?まぁフィオナが任命したんだし、仕事はできるんだろうな。
緋焔公くんがナシアのもとへと歩いてしゃがんだと思うと、頭をグリグリとし始めた。うーん、部下に頭をグリグリされるとは、なんというか独特な光景だな。
「なにするのさ、デルトス!?」
「なにするのさ、じゃない!!これで入ってきたのが、俺たちじゃなかったらどうするつもりだったんだ!?」
「それは大丈夫。私はデルトスがこっちに来るのを、盗聴器仕掛けたから知ってたんだ!!だから間違えないのさ。って、痛い。痛い。頭が割れるから、やめてー!!ちょっ、ストップ。まじで頭が割れる。ギャー!!」
なんというかナシアのイメージが一気に下降した気がする。しかし話は変わるが、緋焔公くんの名前はデルトスというらしい。そんなことを考えていると、デルトスくんがナシアの断罪(?)を終えたようで、申しわけなさそうな顔でこちらへ戻ってくる。
「本当にすみません。シェル様、ガイア様。ナシアがここまで馬鹿だとは思っていませんでした。後でアイツにはしっかりと言っておくので、許してあげてくれませんかね?」
「別にそれくらい構わないよ。それににぎやかな方が楽しいだろう?デルトスくんもそこまで強く言ってやらないであげてくれよ。」
そんなことを話していると、ナシアが急に声を出して立ち上がる。
「ナシア、ふっかーつ!!」
そう言って、変なキメポーズをとるナシア。微妙に似合っておらず、なんだか変な感じである。デルトスくんは頭を抑えて、ため息をついている。
「さてさて。今日はシェル様とガイア様は私に相談があってきたんですよね?」
「あぁ。エルフィス公爵家嫡男であるアドル・エルフィスの婚約者を探さなくてはいけなくてな。それでガイアがここに連れてきてくれたんだ。」
「なるほどです。では誓わせていただきましょうか。ランメルク商会の全身全霊をもって、婚約者探しを手伝わさせていただくと。」
「あぁ、よろしく頼むぞ。」
俺とナシアは固い握手を結ぶ。それは強固な結束を表している。
婚約者探しがついに始まった。