第三話
やぁやぁ、みんな。ごきげんよう。暗殺ギルド宵月のボスのシェルだ。今日はみんなに、ドラゴンとの戦い方を教えようと思う。楽しんで見ていってね!!
とまあ、冗談はさておき、俺はガイアの創った異空間にいた。うーん…ガイアの腕、上がりすぎじゃない?異界創造はまさに超次元の魔法だ。それを軽々と、一瞬で行ってしまうガイアは本当にすごいと思う。
えっ?俺は異界創造ができるのかって?ムリムリ。だってその属性を持ってないもん。まぁその属性を持っていたとして、できるかどうかは別問題なのだが。まぁこんなことを成せてしまうのも、ガイアの種族が関係している。ガイアの種族に関してはまた今度話すとして、今はアイザールに集中しないといけなさそうだ。
「ボスと戦うのは、久しぶりだな。」
たしかに、以前戦ったのはいつだっただろうか?しっかりと思い出せないことを鑑みると、かなり昔なのだろう。
「ボスが王都にいなかったこの2カ月て、我は新たな技を覚えた!!前回と同じだと思うと、痛い目を見ることになるぞ。」
アイザールがニヤリと笑う。その表情には、自信が満ちあふれていた。
「では…行くぞっ!!」
その言葉が耳に届いた瞬間、視界を土煙が支配する。なるほど。脚力で地面を砕いたのか。なかなかに成長しているな。以前は力の調節が苦手でわこんなことはできなかったと思う。
状況を冷静に整理していると、突如として土煙に巨大な風穴が空く。ソレは俺の右頬スレスレを通過して、地面へとぶつかった。
(ふむ。魔力剣と同じように、魔力を固めて飛ばしたのか。すばらしいほどの硬さだ。次代が育ってくれて、本当にうれしいよ。それにここまで魔力を硬くできるのは、俺以外でこの世界に3人しかいないぞ。)
アイザールは、俺の期待のはるか上をいってきた。嬉しくて嬉しくて、自然と口角が上がってしまう。だが、だからこそ…。
「本当に残念だ。圧倒的に経験が足りてない。」
右手に魔力剣を生成。さらに圧縮した水を纏わせて、下から上に振り抜いた。俺にとって軽く動かしたつもりでも、他の人たちにとっては異常なほど疾く感じる。俺の一振りは、音を置き去りにした。
ブォン。
鉄をも容易く斬り裂く水の斬撃が土煙を超え、その先にいたアイザールのもとへと到達する。
ガキンッと人体から出るはずのない音がする。その音が発せられると同時に、水の斬撃が弾け飛ぶ。
「あぁ。新技はそれだったか。」
俺の瞳に映るのは、右腕に竜鱗があるアイザールの腕。おそらく、あれだろう。
「肉体全てを竜にするのではなく、一部を竜化させる。さすがだな…アイザール。」
アイザールは竜だ。しかし普段は人の姿で生活している。それは力を封じられたからといった理由があるわけではない。ただ単純に、人の姿のほうが生活しやすいからだ。竜の身体より人の身体のほうが、食事を取る量が減る。そして味覚も優れる。
だが戦闘を行う時、攻撃力が高いのはドラゴンの身体のほうだ。しかし人間の身体のほうが小回りが利く。
Q.元の体に戻れば攻撃力が上がるけど、そうしたら小回りが利かなくなります。どうすればいいですか?
A.一部をその状態にする。
…といった感じだ。おわかりいただけただろうか?しかしこれを行うには、それ相応の努力が必要だ。アイザールもかなり頑張ったのだろう。
アイザールの背中から、一対の黒翼が生えた。それはかなりゴツゴツしており、羽ばたくごとに突風をこちらまで飛ばしてくる。
一瞬、目線が交差した。その瞬間、俺は地面を駆け抜ける。アイザールとの距離は300メートルほどだ。走りながら、蒼いファイヤーボールを生成する。その数、約数百個。
俺との距離が百メートルほどになると、アイザールは大きく胸をそらした。ドラゴンの代名詞ともいえる技…そう、ブレスだ。
生成したファイヤーボールを一箇所に集め、俺はアイザールに向かって跳躍する。空中で、居合いの姿勢をとる。
直後、視界全体に広がる黒炎。2年前に戦ったケルベロスとは比にならないほどの高熱だ。それは俺に直撃すると思われた。しかしそれは横から飛来した蒼炎に拒まれる。
五感を研ぎ澄ませ、炎に隠れているアイザールの位置を探す。瞬間、閃光が煌めく。放たれたのは、神速の剣閃。それは音も、光すらも置き去りにする。
「銀鏡霊銘閃。」
万物を斬り裂く最高の銀閃が七つ、描かれる。一振り目で煙は剣に収束する。二振り目で煙は遠くに振り払われる。三振り目でアイザールの竜鱗を斬りつける。が、そこで魔力剣が纏っていた魔力に耐えきれず、崩壊する。魔力でできた剣が魔力で崩壊する…なんとも皮肉な話であろうか。
だがすぐに新たな魔力剣が生成される。その時間差は、ほぼ無いに等しい。タイムラグもなく振るわれる四振り目。それは崩壊することなく、アイザールの竜鱗に亀裂を入れた。
五振り目でついに、アイザールの竜鱗は砕け散った。破られるとは思っていなかったのだろう。目を見開いて驚いているアイザール。しかしためらいなく、俺はアイザールの右腕を斬り飛ばす。
アイザールが残っている左腕に魔力を籠めた。多分逆転の一手でも放つつもりだろう。アイザールが叫ぶ。
「赫竜魔崩拳ッ!!」
強く握り込んだアイザールの左拳が紅く光っている。これは魔力をとてつもなく圧縮した時に発生する魔力の揺らぎだ。
魔力の揺らぎが起こすには、魔力剣を創る時の何倍も圧縮しなければならない。ここまでの圧縮だと、アイザールにとっては一発しか放てない。文字通り、一撃必殺の攻撃だ。別に避けることもできるのだが、それでは面白くないし、部下の成長も分からない。当然、受けて立つしかないだろう。
俺は嗤う。作り笑いではない。心の底からの嗤みだ。
拳と剣が激突する。空間を、世界を揺るがすほどの、魔力の奔流が起きる。その衝撃だけで、辺り一体は吹き飛んだ。紅い稲光と銀の閃光が駆け巡り、やがて爆風と土煙が辺りを包み込む。
どれだけ競り続けただろうか?体感では数十秒にも、数時間にも感じた。やがてそれは終わりを告げる。俺が魔力剣を振り抜き、アイザールが吹き飛ばされる。
「久しぶりにここまでの技を使ったな。魔力量だけなら、第二形態になる時の三分の一くらい使ったぞ。」
空中を落下しながら、そんなことをつぶやく。しっかりと斬り裂いた手応えを感じ、懐から緑色の液体を取り出す。そう、なにを隠そうこれはポーションだ。
この世界にも一応ポーションはあるのだが、それは効き目が悪いわまずいわで使えたものじゃない。そこで俺たち宵月はポーションの改良を行った。ただ俺たちといっても、行ったのは六王の一人だけなのだが。
まぁそんなこんなでポーションを改良した六王の一人が、とんでもないものを生み出したのだ。それがこちら。なんと部位欠損すらも飲めば治り、味もジュースのようにおいしいポーション。一家に一本、いかがですか?
セールスの冗談はここまでにして、今言った通り、市販のポーションとは比にならないものが発明されたのだ。うん、えげつないね。
土煙が晴れて周囲を見渡すと、アイザールが横たわっていた。右腕はなく、胸あたりも深々と斬り裂かれている。
近寄って顔を覗き込んでみると、身体は満身創痍なはずなのに、瞳はギラギラと戦意を滾らせていた。だがそれでも致命傷には満たないが、かなりの傷を負っているため、ピクリとも動けないでいた。
「大丈夫か、アイザール。」
返答はない。これ、致命傷になってないよな?なんだか、心配になってきた。しかし最近動いていなかったから、なまっていると思ったけど、この体は衰えとかがないのかもしれない。
「今治してやるからなー。」
血がドクドクと流れ出ている右腕の断面に、一本目のポーションもどきをかける。そして一瞬発光したかと思うと、みるみる腕が再生していった。ほんとにどういう原理なのだろうか?まぁ聞かされても、俺には理解できないと思うが。
懐から二本目のポーションを取り出す。そして勿体ぶることなく、身体全体にぶっかける。うん、大丈夫そうだ。ちゃんと怪我は全て治ったし。
アイザールは静かに呼吸している。どうやら気絶しているようだ。まぁあれだけの攻撃を加えたんだ。痛みで気を失っていたとしても、不思議ではない。
「しかし…あれだな。異界門がないから、元の世界に戻れないな。」
異界門…それはガイアが異界を創造して、そこに行くときに使う通行手段のようなものだ。アレがないと、基本的に異界に入ったり、出たりすることができないのだ。まぁ出ることに関しては、一応他のやり方もあるのだが。
「仕方ない…やるか。」
今からやるのは、通常手段ではない。ゲームでいうところの、チートのようなものだ。俺が使うのは、完全なる外法の力。
「見える全てを否定しろ…■界■滅」
その瞬間、世界に亀裂が奔り、やがて砕け散る。空には青空が広がっており、俺は地面に横たわっていた。そんな俺の顔を上から覗き込むガイア。
「戻られましたか、シェル様。しかし異界の消滅を行うとは、かなり成長しましたね。」
俺が異界を壊して出てくることを計算していたのか。俺の部下はなかなか食えないやつだな。
「それでは朝ごはんにしましょうか。アイザールはほっとけば起きるでしょう。」
俺の横には、よだれを垂らして寝ているアイザールの姿があった。さっきの戦闘の緊張感はどこにいってしまったのだろうか?なんか悲しい。
アイザールを放置して、俺たちは朝ごはんを食べた。あっ、ガイアが作ってくれたらしい朝ごはんは、とってもおいしかったです。
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楽しい楽しい朝ごはんが終わり、やがて地獄の書類仕事がやってくる。助けを求める視線を机仕事のトップである統括のグリオルフィに向けるが、それは慈悲なく断ち切られてしまった。神は死んだ(狂乱)。
(しかしいつまでも現実逃避を続けるのも良くないか。ちょっとどれくらい仕事があるのか確認しよう。)
つい先ほどまで目を逸らし続けていた、俺の仕事机をうっすらと開けた眼で見る。直後、俺は発狂した。もちろん心のなかでである。俺の心のなかでは、発狂しながら変な踊りをしていた。
嬉しかったからではない。もう一度言おう。断じて、嬉しかったからではない。机に置かれているのは、数百枚はありそうな書類の山。あぁ、神よ。私に慈悲をください(白目)。
現実から飛び立とうとしていた俺の精神は、グリオルフィの救世の一言によって呼び戻される。
「シェル様、あなたは書類にサインを押すだけでいいんです。基本的に押したら駄目なやつは、私たちが抜いておきましたから。」
どうやらグリオルフィは、悪魔の皮をかぶった神だったようだ。いや、冗談抜きでマジで感謝。ほんとにありがとう、グリオルフィ。
「それとエルフィス公爵家から、手紙が来ています。」
衝撃の事実を、なに食わぬ顔で告げるグリオルフィ。いや、それは先に言っておくれよ。
そんなことを思いながら、俺は手紙を受け取るのであった。
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乱れた運命は、特異点を中心にして、再び動き出した。
この世界の特異点として生まれた少年は、その異質さゆえに孤独となった。忘れてはいけない。彼が孤独であることを。そして孤独を癒せるのは、人間だということを。
悪役令息の次に彼が出会うのは、誰なのだろうか?願わくば、彼の孤独が癒されることを。