第二話
さて、少し過去の話をしよう。俺はかつて、エルフィス公爵家次期当主のアドル・エルフィスの師匠であった。いや、少し違うな。今も一応、アドル・エルフィスの師匠である。ただし普通の師匠ではない。
普段は指導を行わず、時々エルフィス公爵家に訪れて指導を行う。簡単に言うと、名誉職のようなものだ。一応、訓練メニューなどは送っているが、まともな仕事はそれくらいだろう。
俺がなぜ、このような仕事に就いているのか説明しよう。今となってはあまり話題にならないが、当時は公爵領だけでなく王国中で話題になったあの事件…2年前にエルフィス公爵領で発生したスタンピードが事の発端である。
あのスタンピードは王国中で、貴族平民関係なく話題になった…話題にしていることはかなり違っていたが。
貴族たちはスタンピードに魔族が関わっていたことに、平民たちは神獣がスタンピードに加わっていたことに。そしてそれを鎮圧したエルフィス公爵家のことはさらに話題になっていた。
エルフィス公爵家当主のセイル・エルフィスさんは、俺に関する情報をできるだけ隠蔽してくれたのだが、それでもその情報を嗅ぎつける人たちはいる。例えば王族や、エルフィス公爵家と同格の他二つの公爵家などなど他国も挙げたらきりがない。
そこでセイルさんは俺に一つの提案をした。それがアドルの執事…いわゆる従者になるということだ。あれほど善意にあふれた提案は、今までの人生でほとんどなかった。だが…いや、だからこそその提案を俺は断った。
セイルさんなど公爵家の人たちは、誰もが善意にあふれている。それこそ宵月に所属する仲間たちぐらいには。だから俺は思ったのだ。彼らの善意を自分たちの好き勝手にしてはいけないと。
貴族は日々上に行くために、他の人たちを蹴落としあっている。まぁそんなことはどうでもいい。ただ、善人がそれのせいで、嫌な思いをするのが嫌なだけだ。もちろんセイルさんたちが、簡単に蹴落とされるとは思っていない。だが万が一というのもあり得るのだ…なぜならそれが貴族社会というものだから。
だから俺は公爵家が苦汁を飲まされないように、自由に動ける暗殺ギルドを作った。えっ?従者になってやればいいんじゃなかったのかって?いや、ダメでしょ。
例えば暗殺ギルドが貴族を殺したとして、そのトップがまた別の貴族の部下とかだったら、その貴族まで関連性を疑われる。それに関係なかったとしても、そんな人間を雇っていたってことで、公爵家の評判に泥を塗ることになる。
というわけで俺は従者になることを拒否した。そこでセイルさんが提案したのが、公爵家の特別戦闘顧問となることであった。もともと王国では、貴族に特定の分野での助言者…特別顧問というのがあった。そして特別戦闘顧問というのは、特定の分野が戦闘というだけの特別顧問だ。
あんまり格好いい名前ではないが、かなりのメリットがある。特別顧問というのは、任命された貴族家に所属しているのではなく、その貴族家に守護されているのだ。そのため、他の貴族家から手を出されにくくなる。貴族で最上位に位置する公爵家ならなおさらだ。
まぁそんな感じだろう。この2年間であったことは。ん?暗殺ギルドについて聞いてないって?あぁ、ごめんごめん。完全に忘れてたよ。
さっきも言った通り、俺はエルフィス公爵家が蹴落とされるのが許せなかった。だから俺は創ったんだ。エルフィス公爵家に害をなす奴らを潰すための組織を。それが暗殺ギルド宵月の原点。それからいろんなことがあって、どんどん仲間たちが増えていった。そして気づいたんだ。今のままじゃやっていけないって。
唯一の問題で、絶対の問題。それは給料が少なくなったこと。数が増えれば、出せる給料は減ってしまう。さらに給料を出すのも俺の自腹のため、いずれ限界がくる。それで冒険者のように依頼を受けることにしたんだ。どんな形で依頼を受けるかは、仲間たちと決めた。
その結果が、暗殺ギルドとなることだった。もしかしたら俺が行っていた活動に、最も適した形を選んでくれたのかもしれない。俺のために気を遣ってくれたのかもしれない。だが暗殺ギルドとなることで、いろいろな面で楽になった。給料も依頼を受けることで与えられるし、色々なところへのパイプができて、情報も集めやすくなった。
暗殺ギルドに関してはこんなところだろうか?
回想を終えて、俺はベッドから起き上がる。
(たしか昨日は王都に帰ってきたんだ。そして宴会をして…あぁ、なるほど。ここはガイアの家か。)
ベッドの上に座り、ぼーっとしていると、部屋の前でドタバタと音がする。不思議に思って、ドアを開けると、ガイアと黒髪赤眼の頭から二本の角を生やした男…アイザールが一触即発の雰囲気になっていた。
「ガイア、アイザール。なにをやってるんだ?」
俺が話しかけると、二人は慌てたように距離をとる。
「シェル様、申しわけありません。起こしてしまいましたか?」
「いや、大丈夫だ。声が部屋に響く前から、起きていたからね。それで二人とも、なにを言い争っていたんだ?」
まずガイアの方を見て、弁解を促す。
「このバカ竜が時間も考えずに、シェル様の部屋に突撃しようとしていたので、抑えていたのです。」
そう言って、バカ竜と呼んだアイザールを見るガイア。俺は次にアイザールの方を見る。しかし視線を向けられた理由を、あまり分かっていないようであった。
十秒ほど目線を向けていると、ガイアが耐えられなくなったのか、アイザールに視線の意味を伝える。あっと声を出したので、理解したのだろう。まぁこれくらいは想定内だ。
「我はボスが帰ってきたって聞いたから、会いに行こうと思ったのだ。」
なるほど。たしかにアイザール(二つ名は竜王)は、宵月の中でもダントツで仲間思いだ。ギルドメンバーに対して、誰に対してもハイテンションで接する。六王の中で一番友好的な存在といえるだろう。
アイザールの種族はドラゴンだ。この世界で最も有名な最強種である。基本的にドラゴンは突発的に動く。そしてアイザールはそのドラゴン特有の精神が、普通よりも特化している。悪く言うと、考え無しで動くのだ。つまるところバカなのである。
しかしその実力は宵月の中でもトップクラス。他の六王と違い、単純な力だけで六王になったやつだ。俺の第二形態ともまともに戦えるほどである。
っと、まぁアイザールの紹介はこんなものだろう。
「なるほどな。ガイア、とりあえずありがとうと言っておくよ。それとアイザール。朝早くから、他の人の部屋に突撃するのは、やめような。」
アイザールは元気に頷く。
「うむ、わかったぞ!!」
うん、分かってくれたようでなによりだ。しかしアイザールがここに来たのは、どうしてだろう?それを聞こうとするが、先にアイザールが答えてくれる。
「それでボス、今日は用事があるのか?」
今日の用事…たまっていると思われる書類の処理だな。あぁ。想像しただけでも、憂鬱になってきた。
「基本的には、今日は机仕事があるな。」
そう言うと、しゅんとした顔をするアイザール。なんというか罪悪感がすごい。
「でも今から朝食までの時間なら、空いているぞ。」
そう言うと、顔をパッと明るくさせるアイザール。なんか表情がすごく変わって面白い。
「ならば我と模擬戦をしてくれないか?」
ふむ、模擬戦か。たしかに最近は、まともに動いていなかったし、アイザールなら今の状態の本気で戦っても大丈夫だろう。
「よし、じゃあ模擬戦するか。」
俺のその一言で、アイザールは今日一番の笑顔を浮かべたのだった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
<Sideアイザール>
我の名前はアイザール。宵月という暗殺ギルドの最高幹部…六王の一人で、竜王という二つ名を持っている。
我は早朝、敬愛する宵月のボスであるシェル様が王都に帰ってきているのを知った…というより感じ取った。
久しぶりにボスに会えると思った我は、すぐにボスのいる部屋へと突撃しようとした…が、それは忌々しき自称右腕に阻まれてしまった。アイツ以外の六王だったら、力押しでなんとかなっただろう。だがさすがにボスの右腕を自称するだけあって、アイツの力量は我と同程度だ。というか分野においては、我にも勝ちうる可能性を秘めている。
我とアイツはボスの部屋の前で言い争っていた。もしここが屋外でボスがいなかったら、すでに戦闘が始まっていたはずだ。
そんなこんなで話し合いもとい威圧していると、寝巻き姿のボスが部屋から出てきた。そこで我は自身の失態に気づいたのだ。今の時間は早朝。普段のボスはまだ寝ている時間なのだ。我と同じような結論に至ったのであろうガイアがボスに謝罪する。我もしようと思ったのだが、ボスが大丈夫だと言ったので、とりあえず静観しておいた。
なんだか勝手に話が進んでいって、話が終わった。ふむ、なんも聞いていなかった。そのまま解散になると思ったのだが、そこで我はここに来た用事を思い出す。
そう、その用事とはボスと久しぶりに模擬戦をすることだ。もともと用事があると思って、ダメ元で言ってみたのだが、朝食前なら大丈夫だと承諾してくれた。なんだかんだ言って優しいのだ…うちのボスは。
久しぶりのボスとの戦闘。それは我にとって、とてつもなく嬉しいことだ。自慢ではなく、事実としてドラゴンは最強種だ。そんな最強種である我と渡り合える存在は宵月にほとんどいない。だがボスは渡り合うどころか、いとも簡単にこちらを上回ってくるのだ。それが我にはたまらなく嬉しかった。
我はドラゴンの中でも、最上位に位置する黒竜。そのため戦いで負けることがなかった。いや、負けられなかったのだ。そんな強者ゆえの孤独を感じている時、出会ったのがボスだ。
ボスは我に恩人を守るための組織に入ってほしいと言ってきた。しかしボスのことをただの人間だと思っていた我は、従えたくば力でねじ伏せてみよと言った。
そう言い放った時は、多分ボスには全く期待していなかったと思う。見た目が十歳くらいの子供だったし、以前にもどこかの国の自称偉い人とかが来たのだが、彼らは全員口だけだったからだ。だがそんな予想はすぐに外れることになる。
こちらを上回る圧倒的な魔力量。そして人間とは思えないほどの才能に溢れた剣技。負けるのは、必然であったとも言えるだろう。今思い出しても、十歳とは思えないな。
それから我は宵月に入り、ことあるごとにボスへ勝負を挑むようになった。新しい技術を覚えては挑み、負け続けた。しかもボスに近づくどころか、どんどん遠ざかっている気すらする。
たしかにそれはしょうがないのだろう。ボスは天魔族で、我はドラゴン。ドラゴンは基本スペックが高いだけであって、才能に関しては人族と変わらない。しかし天魔族は、基本スペックも高い上に、才能も全ての分野において世界最高クラスといえる。普通だったら、勝てないからといって投げ出すのだろう。
だが我には、戦闘狂の気質があったらしい。普通だったら勝てない相手を、いかにして倒すか考え続けた。そしてそれがたまらなく楽しかった。
我はボスと戦うために、中庭へと出る。ボスは中庭の変わりように驚いている。くくっ、なかなか可愛いではないか。しかし中庭は本当に変わったと思うな。ガイアがボスについて行って、王都にいなかった2カ月の間に、アイツの弟子である魔喰いが中庭の手入れをしていた。最初は心配されたのだがやってみれば、中庭は一気に様変わりした。
どちらの方が上手に中庭を手入れできているかと言われると、ガイアの手入れした後の花の状態は『静』で、魔喰いが手入れした後の花の状態は『動』と言ったところだろう。とても優劣がつけづらいのだが、個人的には魔喰いの手入れした庭の方が好きである…っと話が脱線してしまった。
ボスが庭を見終えて、こちらを向く。
「久しぶりの戦闘だけど、どうする?このまま戦ったりしたら、多分屋敷が吹き飛ぶけど。」
ふむ、たしかにそのとおりである。ボスは最近、動いてなかったようなので、うっかり力加減をミスるかもしれない。そしたら我はともかく、屋敷は無事では済まないだろう。
「私が異界を創るので、そこの中でやってもらえますか?そこだったら世界を壊さない限り、好きなだけ暴れられますし。」
なるほど。自称右腕のくせに、なかなかいい提案をするではないか。ボスも同じようなことを思ったらしく、ガイアにお願いしていた。
ガイアが創った異界へ入り、ボスと距離を開ける。ようやく、ようやくだ。たしか前回ボスと戦ったのは、5カ月ほど前だった。我ながら、本当によく我慢できたと思う。
魔力を解放し、ファイティングポーズをとる。ボスも魔力剣を生成する。かくして我とボスの戦いは始まった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
<三人称視点>
それは全てを滅する最強の黒竜。
それが放つ炎は全てを灰燼へと帰す。
それは圧倒的な力の象徴。
アイザールは救われた。力に溺れていた自身を、そこから引き出してもらった。強者を救うのは、強者である。
彼らの物語は、彼らが紡ぐ。思う存分、暴れたまえ。それが新たな道となりうる。