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第十話

爛々と天高く輝く太陽。俺の身体は戦闘前の興奮で、少し火照っていた。今俺たちがいるのは、街を囲っている外壁の外。セイルさんが全体に見えるように演説している。


周囲には公爵軍の兵士たちがいるのだが、彼らの顔からはこれから戦う魔物への恐怖などが全く映っていない。むしろ士気は最高潮といったところだろう。


(やっぱりセイルさんは人気なんだな。)


そんなことを考えていると、演説が終わっていた。俺はファラスさんに呼ばれて、公爵様たちのいる天幕へと向かう。


「ファラスとシェルにはこれからケルベロスのもとへテレポートで向かってもらう。」


「「はっ?」」


見事にファラスさんと声が重なる。だが仕方ないと思う。だってあのテレポートだぞ。聞いたことはあるが、使える人はいないんじゃなかっただろうかなどと考えていると、俺の疑問に答えるようにセイルさんが言う。


「今回のテレポートは、魔道具を使って行うんだ。回数制限がついているけど、今はそんな余裕はないからね。」


なるほどだ。しかしそんなに大きな決断をするとは、なかなか豪胆である。だけど座標設定などはどうするのだろうか?


「テレポートする位置は、魔物たちの上空だ。そこからは君たちまかせだけど、頑張ってケルベロスのもとに行ってもらうしかない。それと転移して地面に着地したら、できるだけ目立つ魔法を放ってほしい。そうしたら私たちも軍を進める。できればすぐにテレポートさせたいのだが、構わないか?」


そう言って、こちらの様子を伺うセイルさん。


「はい、構いません。」


「俺もファラスさんと同じです。」


すでに心に恐怖はない。残っているのは、久しぶりの強敵への昂りだけだ。


「それじゃあ送ろうか。絶対に生きて帰ってきておくれ。」


「御心のままに。」


「任せてください。」


セイルさんが魔道具を使うための詠唱を行う。


『次元竜よ、汝が権能を我に貸し与えたまえ…世界を繋げ。空間転移(テレポート)ッ!!』


俺たちの足元に青色の魔法陣が顕れる。直後ソレが光ったと思うと、視界が一気に変わる。周囲を見渡すと、どこまでも続いていそうな地平線がある。


空中をとんでもない速度で落下しているからか、地味に空気が痛い。そして俺たちの真下には、小さな豆粒のような点がいくつもある。おそらくこれらが魔物だろう。集合体恐怖症の人が見たら、ヤバそうな絵面である。


そんな魔物たちの中に、ひときわ強大な魔力を放つ存在がいた。なんと分かりやすいことに、身体には黒い炎まで纏っている。


俺は近くを落下しているファラスさんに向けて、声を張り上げる。


「ケルベロスがいました!!魔力が一段と多くて、黒い炎を纏っている個体です!!」


すぐにファラスさんから、返事が返ってくる。


「私も視認しました!!シェルくん、初撃は頼みます!!」


公爵家最強の騎士からの直々のお願い。なら受けるしかないだろう。俺は常人から見れば、圧倒的な量の魔力を右手の人さし指の先に籠める。


異常な量の魔力に反応してか、空気が渦を巻き始める。それは小さな台風のようで、圧倒的なまでの暴力の象徴だ。


『フォース・マギア・スプラッシュッ!!』


放たれるのはとてつもなく圧縮された水のレーザー。それは万物を貫く、最強の光線となる。


発射から着弾までの時間はほんの一瞬であった。魔物にぶつかったその瞬間、周囲は跡形もなく爆散する。


ドゴォォォン


爆発音のような音がひびき渡る。おそらくこれがあちらでの出陣の合図となるだろう。


衝撃波によって発生した煙がなくなり、無傷のケルベロスが顔を出した。俺はそんなケルベロスに対して、心のどこかで嬉しく思った。多分、期待を裏切られなかったからだろう。


俺は魔力剣を生成し、ファラスさんは聖剣召喚をするために詠唱をする。


『其れは魔を滅する聖なる剣。顕現せよ、聖剣デュランダル。』


地面に着地すると同時に、空中に生成した魔力剣をケルベロスの脚に向かって放つ。俺は牽制のつもりで放ったのだが、それはいとも簡単にケルベロスの皮膚を貫いた。


俺とファラスさんが、皮膚を貫かれても動かないケルベロスを注意深く見ていると、突如として刺さっていた魔力剣が粒子となって消失した。


「なるほど、魔力をもとの形に戻したか。」


魔力剣はあくまで、魔力を圧縮しただけのもの。圧縮を解除すれば、霧散していくのは必然だ。このケルベロスのように、魔力剣は意外と簡単に防げる。とは言っても、相手から魔力操作の主導権を奪うだけでも難しいのだが。野良とはいっても、さすがに神獣ではあるということだ。


だが魔力剣が消えたといっても、与えた傷は消えていない。貫かれた足からは、絶えず血が流れ続けている。しかしその安堵もつかの間、一瞬で傷が修復される。


「再生能力もあるのか。少し…いや、かなり厄介だな!!」


ケルベロスは一向に動く気配を見せない。おそらくこれを超えるチャンスはもうないだろう。目線はケルベロスから動かさずに、ファラスさんに声だけ投げかける。


「どうします?殺るなら今しかないと思いますけど。」


「それなら最大火力で攻撃しようか。シェルくん、援護を頼めるかな?」


「分かりました、前衛は頼みますね。」


了解だよっ、という掛け声とともに、ファラスさんは稲妻を思わせる速度で俺の横を駆け抜ける。


ファラスさんの身体と聖剣デュランダルは、俺との試合で見せた白炎を纏っている。白炎はファラスさんの希少属性である聖属性と、火属性を組み合わせた魔法だ。


聖属性は単体で発動させるものではない。聖属性の真価はなにかに付与することで発揮される。例えば剣に付与したら、その剣の耐久度は高くなり、切れ味も増す。ファラスさんのように火属性魔法に付与したら、その魔法は火力が上がる。


だけどたかが炎を纏っただけの剣だろ?ロマンはあるけど、強くはないだろ…などと宣う奴がいるのだが、それは間違いだ。まぁ見てれば分かる。


ブォン。


放たれるのは、横薙ぎの一閃。剣身自体は届いていないが、剣にまとわりついている白炎が刃となって空を切る。


さすがにまずいと思ったのか、ケルベロスは空中を大きく跳躍して炎の刃を避けた。そのまま白炎は、その先にあった山へと飛んでいく。


直後、閃光が視界を埋め尽くす。だがそれもすぐに収まり目を開けると、先ほどまであった山が消えていた。


おわかりいただけただろうか?


最高クラスの攻撃力を持つ剣の一撃に、洗練された鉄すらも溶かす炎がバフをかけていたら、それはもうとんでもない一撃になるわけだ。それこそ山なんて一撃で吹き飛ばすくらいには。


ファラスさんがバックステップで、こちらへと戻ってくる。


「まさか避けるとは…。動かないと思っていました。すいませんね、シェルくん。」


そう言って謝ってくるファラスさん。しかし今はそんなことをしている場合ではない。


「大丈夫ですよ。まだアイツは余裕の姿勢を崩していません。付け入る隙はまだあります。」


ファラスさんが再び白炎を聖剣に纏わせて、ケルベロスに向かって駆けていく。それと同時に、ケルベロスの真上の空に魔力剣を大量生成する。


壱式(いちしき)剣之雨(つるぎのあめ)。」


ケルベロスに向かって、何十、何百、何千もの魔力剣が飛んでいく。その光景はまさに剣の雨。近接戦闘をしている人がいた場合は使わないのだが、ファラスさんは近からず遠からずの距離で炎刃を飛ばすため、お構いなしに剣を放つことができる。


剣がケルベロスの身体に刺さっては、粒子になって消えていき、ケルベロスの身体が再生する。しかし再生したその直後には、そこに剣が刺さっている。さらにファラスさんによる白炎の追撃で、徐々に再生が追いつかなくなってくる。そんな終わらない痛みのループにしびれを切らしたのか、ケルベロスが吠える。


空間が振動する。何いってんだコイツってい感じなのだが、文字通り空間が揺れた。一瞬、辺りに静寂が訪れる。直後、ケルベロスを中心にして、半端なく強い衝撃波が飛んできた。


幸い俺はすこし距離があったので怪我はせずに済んだのだが、ファラスさんは結構近い位置にいたので、吹き飛ばされて地面を転がった。


土煙が晴れて、地面に倒れているファラスさんのもとへと駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


うめき声を上げて、上半身を起こすファラスさん。足は思いっきり擦りむいており、ドクドクと血が流れている。


「あぁ、まだ動ける。だけどかなりキツイのが現状だ。悪いけど、ケルベロスを倒すための、決定打を放つことはできなさそうだ。」


仕方がないだろう。これほどの強敵だ。ファラスさんを頼ることができないのは、最初から分かっていた。しかし一つ誤算があったとすれば…。


「かなり強いな。」


ファラスさんに聞き取れないほどの小さな声で、ボソッとつぶやく。


今まで戦った相手の中では、十指に入るほどの強さだ。このまま戦ったところで、殺されるのがオチだろう。だが逃げることはできない。幸い、奥の手はまだ残っているが、ソレを使うのは少し、いやかなり嫌だ。


主な理由としては、俺が天魔族ということがバレるからだ。


『ふむ、大丈夫デスカ?人間諸君。』


どこからか声が響く。それは俺の声ではなく、ファラスさんの声でもない。おそるおそるケルベロスの方を見ると、ケルベロスの横に頭から角を生やした男が立っていた。


一瞬幻かと思ったが、ファラスさんも同じ位置を見ているため、幻覚でないと理解する。


(だけど、なにかおかしいぞ…。気配をまるで感じない。それにあの角…あれはまるで。)


俺の内心を代弁するかのように、ファラスさんが男に問う。


「お前、魔族か?」


驚きからだろうか、男はほんの少しだけ目を見張ると、身体をのけぞらせて笑い出す。


「クククッ、ハハハハハッ、アーハッハッハッ。お見事、正解です。公爵家騎士団団長ファラス・アヌファス。たしかワタクシ以外の魔族とも会ったことがあるんでしタカ?」


魔族…それは人類の敵である存在。彼らは魔王を頂点とする完全実力主義の種族だ。そんな魔族の力は人類と一線を画す。


(だけど、どうして魔族が?魔王の復活でも企んでるのか?それにケルベロスと一緒にいる理由はなんだ?)


ファラスさんも状況が読み取れていないようで、困惑の表情を浮かべている。だがそれ以上にその瞳には憎しみが浮かんでいた。


「さて、ワタクシがここにいる理由デスガ…単純に言うと、このスタンピードを引き起こしたのが私だからデス!!」


清々しいほどの笑顔で、魔族は告げた。その時情の魔族の笑顔は、子供のように無邪気で、悪魔のように邪悪だった。


「サテ、状況説明はこれくらいにしておいてワタクシは魔王軍(みどり)の第四師団…副団長叛死(はんし)のアイーザと申しマス。先ほどまで抗ってもらったのに申しわけないのデスカ、貴方がたには死んでもらいマス。やりなさい、ケルベロス。」


魔族…アイーザの言葉に呼応するように、ケルベロスは空中に無数の黒い炎の弾丸を展開する。俺もすぐに水属性魔法を使って、圧縮された水の弾丸を生成する。


ケルベロスと俺の視線が一瞬、交差する。その瞬間、炎の弾丸と水の弾丸が放たれた。ぶつかりあっては消え、ぶつかりあっては消える。ただそれの繰り返しであった。


しかし突如としてその均衡は崩れることになる。


アイーザがなにかを唱えだす。すると彼の影から、巨大なナニカが飛び出してくる。そのナニカの正体は、新たなケルベロスであった。


2体目のケルベロスがその巨大な口から、黒炎を放出した。


「チィッ。」


ファラスさんを抱えて、横へ飛ぶ。なんとか回避するが、事態は悪化している。


(どうしろってんだ。かなりまずいぞ。秘剣シリーズを使うか?いや、それだとファラスさんを巻き込んじゃうな。)


「降伏してはどうデスカ?今ならいたぶらずに殺してあげまスヨ。」


嘲笑するような笑みを浮かべ、つぶやくアイーザ。それに対して、俺は弱みを見せないよう、笑いながら返答する。


「残念、お断りだ。どうせ死ぬんだったら、最期まで悪あがきさせてもらうよ。」


俺の言葉のどこかが癪に障ったのか、アイーザが奥歯を噛み締める。しかしすぐに笑みを浮かべて、喋り出す。


「貴方ガタ、人間諸君は本当に愚かデスネ。ワタクシがいたぶらずに殺してあげると言っているのに、それを断るトハ。弱者のくせに生意気なんデスヨ。」


「はっ?」


(こいつ、今俺になんて言った?弱者って言ったよな?誰が?俺が?)


脳に血が昇り、頭が熱くなるのに対して、心は非常に冷めていた。しかしそんな俺に気づかず、アイーザはケルベロスに指示を出して、こちらを殺そうとしている。


(なんかもう、どうでもいいや。俺の正体がバレるのなんて。そんなことよりコイツを殺さないと、俺の怒りが収まりそうにない。仕方ない、殺るか。)


「死になさい、名も知らぬ人間共ヨ。」


先ほどと比べて、比にならないほど高熱の黒炎が放たれる。俺はそれを無視して、詠唱を開始する。


「第二形態…バージョン超越者。」


周囲が圧倒的なまでの魔力と光に包まれる。その光に触れた瞬間、黒炎は全て消え失せた。


光の中から現れた俺の容姿は、かなり変わっていた。銀髪は変わっていないが、蒼かった瞳は、血のような赤色に。背中からは二対の黒と白の翼が生えている。そして頭には一つの光輪が浮かんでいる。


「あぁ、久しぶりだな。この姿になるのは、本当に久しぶりだ。身体に魔力が満ちている。それとアイーザだったか?お前は殺す。確実にな。」


おそらく俺の瞳は、この時殺意に満ちていただろう。それほどまでに俺はキレていた。



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