第一話
俺…シェルは転生者だ。それも知っているゲーム世界に転生してしまった。といってもゲームの内容をおぼろげに覚えているだけなのだが。
内容としては一人の人間の少年が勇者として覚醒し、魔王を倒すという内容だったはずだ。そしてその勇者の噛ませ犬として存在するのが俺…というわけではなく、その噛ませ犬である悪役令息は別に存在する。ちなみにだが俺はゲームに登場しないモブに転生していた。
俺は勇者や悪役令息と同じ年代のため、俺が十八歳になった時(今俺が10歳のため8年後に魔王)は復活する。
テンプレ通りに行動するんだったら、ゲームの攻略法で最強を目指したり、自分の好きなキャラクターを幸せにするのだろう。だが俺はこのゲームのおおまかなストーリーしか知らないのだ。こなゲームの主人公である勇者の名前すら思い出せないレベルである。
それなのに攻略法を覚えていたり、好きなキャラクターがいるはずないだろう?
しかし最強は男のロマンなので目指すと決めた。幸い俺には攻略法がないが、心強いチートがついている。といっても神様転生などをして、チートをもらったというわけではない。
ただただ転生先の種族がチートだったのだ。
ん?人間に転生したんじゃないのかって?違う違う。俺は神族を除く種族の中での最強種…天魔族というものに転生したのだ。
名前からして、めっちゃ強そうじゃない?
いや、実際強いんだけど。ファンタジー小説の最強種の定番であるドラゴンとも単体で普通に戦えるレベルである。なぜ天魔族がここまで強いのかは、その血脈にある。
天魔族は天使と悪魔の子供なのだ。天使と悪魔の弱点は正反対。天使の弱点は剣などによる物理攻撃、悪魔の弱点は魔法攻撃。
魔法については後で説明しよう。
さらに天使は魔法攻撃に対して、とても強い耐性を持っており、悪魔は物理攻撃に対し、とても強い耐性を持っている。
そんな彼らの子供は必ずといっていいほど、魔法にも物理にもとてつもなく強い耐性を持っている。
スペックも神の使いとそれと渡り合う超常生物の能力を継いでいる。高くないはずがない。これらが天魔族が最強たる所以だ。
そんな最強種の天魔族の唯一といっていいほどの欠点を言っておこう。それは圧倒的に数が少ないことだ。
天使と悪魔はその性質ゆえ、敵対してしている。そのため両種族の血を引いている存在というのはありえないのだ。しかしそれでも例外というのは存在し、それが天魔族なのである。
ここで俺の生い立ちを説明しておこう。
俺は産みの親である天使と悪魔には出会ったことがない。そんな俺を拾ったのが、育ての親である冒険者のシドという人間に拾われた。
冒険者は冒険者ギルドという組織に所属しており、最低ランクがFランクで最高ランクがSSランクとなっている。
一応その上であるSSSランクというのも存在するのだが、これは例外なので気にする必要はない。
ちなみにシドさんはSSランクである。
俺はシドさんに冒険者登録のできる8歳の時まで育てられた。そして8歳になった時、俺は自立のためにシドさんと別れた。
あれからシドさんは一度も会っておらず、俺はAランクまで昇格した。Aランクは世間一般で見れば、超一流の冒険者である。
一応S級への昇格も打診されているのだが、俺は断っている。なぜならSランク以上は全世界にその存在が周知されてしまうからだ。
そんなこんなで俺は異世界を過ごしていた。
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今日も俺は普段通り、ギルドに依頼を受けに来ていた。
「これ、お願いします。」
俺が受付に提出した依頼は、Bランク向けのオーガ討伐依頼であった。俺のことを知っている受付ならば、すぐに承諾しただろう。だが今日、俺を担当したのは新人の受付嬢だった。
「これはBランクの冒険者が受ける依頼だよ。君の冒険者ランクはいくつかな?」
俺はため息をついて、答える。
「Aランクです。」
すると新人受付嬢は苦笑する。
「君が上位の冒険者に憧れるのは良いけど、嘘はよくないよ。」
ふむ、どうやって信じてもらおうか…などと考えていると、背後から俺を馬鹿にするような笑い声が聞こえる。
「ギャハハ。坊主、この憤怒ノ雷である俺様たちでもCランクなんだぜ。お前みたいな軟弱そうなやつが、Aランクなわけねぇだろ!!」
そう言うのは、受付から少し離れた場所で酒を飲んでいる男たち。顔は見たことがなかったので、最近このギルドに拠点を移した冒険者たちだろう。
普通だったら絡まれていることに焦るのだろうが、俺は別のことで頭がいっぱいであった。
(おっ、これを使えば証明できるな!!こんな奴でも一応、中堅冒険者らしいからな。)
新人の受付嬢や憤怒ノ雷以外の最近このギルドを拠点にし始めた冒険者たちは小さな子供が、Cランクの冒険者に絡まれているのを見て顔を青くしているが、ここのギルドを長く拠点にしている冒険者たちは静かにその場を離れていった。
「憤怒ノ雷ってパーティー名ですか?なんというか、ぷっ、独特な名前、くくっ、ですね。」
このようなチンピラは少し馬鹿にするだけで、激昂して殴りかかってくるのだ。
「てめぇ!!ぶっ殺してやる!!」
ほら、この通り。これがシェル式3秒クッキング。激昂するチンピラの出来上がり。
最初に殴りかかってきたリーダーっぽい男が腕を振り切る前に、相手のみぞおちに拳をねじ込む。それを見た彼の仲間の男2人が一瞬ひるむ。だがすぐに自分を鼓舞するための雄叫びをあげる。
「よくもエクスをやりやがったな!!ゼト、こいつをさっさと潰すぞ。」
「おうよ、ワイ。やっちまうぞ!!」
憤怒ノ雷である彼らはエクス、ワイ、ゼトと言うらしい。まぁそんなことはどうでもいいのだが。ファイティングポーズを取っているワイと呼ばれた男の眼前にはすでに俺の右拳が迫っていた。
「がっ!!」
そんな情けない声を出して、ワイは倒れる。
「あと一人。」
俺は腰が抜けて、床に座り込んでいる最後の一人…ゼトのもとへ歩く。ゼトは命乞い…命までは取らないのだが…をしているが、俺は無言で腕を振り上げた。
「ストーーーップッ!!」
俺の拳はゼトにぶつかるギリギリのところで止まった。その様子を見て、声を張り上げた本人…ギルドの支部長であるヒンセルさんが安堵のため息をつく。
だがその様子もほんの一瞬で、すぐに俺たちの方へ歩いてくる。そして一言。
「なにがあった?」
とてつもない威圧感で、ヒンセルさんは場を支配する…もっとも俺には効かないが。だが周囲で見物していた冒険者たちは、ほとんどが気圧されている。
なぜ彼がここまでの威圧感を出せるのか説明しよう。彼は過去に冒険者をしており、Sランクまで昇格した。ちなみに二つ名は拳聖だ。
だがこの二つ名でからかうのは、やめておいたほうがいい。前それをからかっていた、彼の同僚が半殺しにされていた。しかもその同僚もヒンセルさんと同じSランク冒険者である。
ヒンセルさんの威圧感に萎縮してしまっているゼトに代わって、俺が現状の説明をする。
「彼ら…そこで座っている彼とあそこで気絶している2人がいちゃもんをつけて殴りかかってきたので、正当防衛で反撃をしただけです。」
説明を終えて、ヒンセルさんの顔を見ると、彼らのほうを見てドン引きしていた。
「まじかよ。まだこいつに絡む奴がいたなんて…。」
なんかバカにされている気がするがまぁいいだろう。
「ヒンセルさん。この依頼受けてきます。」
そう言って、受付のカウンターに置いてあったオーガ討伐の依頼書を見せる。それをヒンセルさんは横目で見ると、懐にあった判子を取り出して、依頼受理の印を押す。
「あぁ、分かった。」
俺は散歩に行くような感覚で、冒険者ギルドを出ていく。
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<Sideヒンセル>
このギルド支部で一番の実力者であるシェルを見送った後、未だに地面に座り込んでいる3人組冒険者の憤怒ノ雷たちの方を見る。
こいつらは最近、新たに別の支部からやってきた冒険者たちだ。というかシェルとこいつらの喧嘩を観ていた奴らは全員そうだ。
この支部に半年以上いる奴は全員、シェルのヤバさを知っている。シェルは常識というものを冒険者登録の時、またはそれより前のどこかに置いてきてるのだ。
だってシェルのやつ、冒険者登録した直後にCランク冒険者を瞬殺したんだぜ。いくらなんでもおかしいだろ!!8歳のガキがCランクの中でもベテランと呼べるほどの冒険者を瞬殺しただなんて、誰かに言っても信じられる内容じゃない。というかそれは俺でも疑う。
他にもアイツはいろいろな武勇伝を残している。その内容は追々話すとして、それらの事件は俺の胃を痛ませてきた。
そもそもなんで俺がギルドの支部長やってんの!?俺はただ冒険者引退する時に、次は安定した仕事につぶやいただけだぞ!!
たしかに安定してるけど、してるけれどもぉ!!こんなにストレスが溜まるとは思わないのよ。ギルド本部のお偉いさん方は俺のことが嫌いなのか!?
脳内で愚痴を言いまくっていると、新人の受付嬢が心配そうに聞いてくる。
「あの子、行かせちゃってよかったんですか?あれ、Bランクのクエストですよ。」
たしかに普通だったら、誰でも心配するだろう。そこで俺はここにいる全員に釘をさす意味も込めて、ギルド全体に聞こえるような大きな声で言う。
「大丈夫だ。アイツは我が支部内での最高戦力…あの有名な月華覇剣だからな。」
ギアクレイス・ムーン…それはシェルがAランクに昇格した時についた二つ名だ。その名はSランク昇格を断り続けている冒険者として、この国…セイメント王国に広がっている。
ギアクレイス・ムーンの名はこいつらも知っていたようで、絡んでしまった奴らは顔を青くしている。
俺はその様子を見て、反省していると判断し、自分の仕事机のある部屋へと戻る。そして机の上には1枚の依頼用紙。そこにはこう書かれていた。
『エルフィス公爵家嫡男アドル・エルフィスの師匠に見合った人物を探し出せ。』
エルフィス公爵家はセイメント王国の中で、王家に次ぐ権力の持ち主だ。下手な人材を送れば、こちらの首が飛ぶだろう。
「これを受けさせられる奴は、この支部にはシェルぐらいしかいないよなぁ。」
こうしてシェルの知らないところで、話は進んでいっていた。
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<三人称視点>
この世界では誰も知らないが、アドル・エルフィスはこのゲーム世界…光と闇の黙示録に登場する主人公の噛ませ犬である。
彼はこのエルフィス領内で天才と呼ばれており、強い冒険者を師匠にしようとギルドに依頼を出す。しかし原作では、ギルドから送られてきた冒険者たちの中にアドルの目にとまった者はいなかった。
だが一つゲームと違う展開があるとすれば、シェルという特異点がいることだろう。
シェルはゲームには登場しない。というか存在しない。何処かで死んだのかもしれないし、そもそも生まれてきていないのかもしれない。だがそれは製作者しか知りはしない。
とにかくシェルの存在により、ある一つの運命の歯車が狂い出したのは間違いない。それは世界という名の無数の歯車の集合体を狂わせていくかもしれない。