〈09〉王立学院3年生・始業式後
年度が替わり、ついに私たちは学院の最高学年になりました。
あと一年、この一年をなんとしてもしのがなければならない。
強くそう思っていた私の心は、あっという間にブリス様によって粉々にされました。
始業式の帰り際、待ち伏せをしていた彼は、いつかの様に私に跪きました。
「今年、俺は在学中の身ではありますが国王陛下開催の武技大会に出場します!
必ずや優勝しますので、どうかその時は俺の想いを受け取ってください!!」
彼は緊張からか、青ざめていました。
ぎゅっと握ったこぶしもかすかに震えているようで、彼の気持ちが半端なものではないと表しているようです。
私は足の感覚がおぼつかなくなって、ちゃんと自分が立っているかも分かりませんでした。
「止めて……どうしてそんな事を言うの…」
震える自分の言葉は、誰にも届いていません。
彼の背後を固めていた騎士科の方々は、雄たけびを上げて喜んでいます。
その横を通り過ぎる女性が顔をしかめていますが、それは彼らの大声に驚いたからなのか、それとも私への反感からなのでしょうか。
邸に逃げ帰った私は、妹に泣きつきました。
今年学院に入学する彼女は、明日が入学式なので今日は在宅だったのです。
混乱した私の、嗚咽交じりの言葉はひどく分かりにくかったでしょう。
それでも、全ての事情を知っている彼女は、根気強く私に付き合ってくれました。
そして、何が起こったのかを理解して絶句しました。
人目がある中でプロムナードのペアを申し込まれたのも、大概でした。
ただ、あれはあくまで舞踏会のペア決めであり、それ以上ではないと私の両親も認識しています。
ですが、そのプロムナードを経たうえであの気合の入れようは。
「武技大会って、主だった国内の騎士が参加するんですよね」
妹のアラベルが、私に確かめてきます。
「それで優勝するって、つまり国内の騎士の全てに勝って、自分が騎士の頂点に立つつもりということですよね。
それで想いを受け取っていただきたい、って……断られることを考えていないように聞こえるわ」
「オレリーは多分、ブリス様が私に求婚すると思っているわ」
泣きすぎて私は頭痛がしてきました。あぁ、制服が皴になってる。
「おそらく、他の方もそう受け取られたのではないですか?」
あきれ交じりの妹の言葉に、私は胃を押さえました。
その日の夕食後、私は両親と兄を前に、全てを明らかにしました。
彼が何をしでかしたのか、何をしようとしているのかを。
そしてそれに対する私の気持ちも。
けれど母は、何を思ったのか、オレリーと同じように喜びました。
少女の様に頬を染めて、「まぁこんな小説みたいな求愛をする人がいるのね!」と無邪気にはしゃいでいます。
「お願いですお父様、ブリス様に言って今回の宣言を撤回させてください。
私は、彼の申し出を受けることは絶対にないのです!」
そう話すうちに感情が高ぶってきて、また涙が出てきて、妹が気遣わしげに私の背中を撫でてくれます。
父は、唸るばかりですぐに返答してくれませんでした。
「いやしかし、武技大会といえば、そう簡単に学生が勝てるものではないだろう。
どうせ彼の宣言は達成されないのではないか?」
「お父様! 彼が勝つ勝たないとかではなく、その言葉そのものをなかったことにしたいというのが、お姉さまの気持ちなのですよ!」
容赦なく妹が指摘しますが、父は「いやその勇気は称えるが、実際無理ではないか? だから、彼が思うようにことは運ばないと思うがね」と、のんびりした様子です。
「万が一優勝してしまったら、どうするのです?!」
妹の鋭い言葉に、父は虚を突かれたように少し考え込みました。
「ブリス君はずいぶんとクラリスに熱心だ。
女は愛されるほうが幸せというから、そのまま結婚してもいいんじゃないか」
まるで他人事のように、そう言い放ちました
「つまり、お父様は、ブリス様ご本人にも、そのご家族にも働きかける気は一切ないということですか」
「あぁまぁ、そうなるね。何しろ私も何かと仕事で忙しいし」
あまりの事態に涙が引っ込んだ私の声は、ひどく乾いていました。
「分かりました……もう、結構です。
お忙しいのに、お時間を取ってくださりありがとうございました」
私は、仰々しいカーテシーで父に頭を下げ、部屋に戻りました。
父はめんどくさがりです。
こういう人、いますよね。
もう一話、1740に投稿予定です。