〈05〉王立学院2年生・プロムナード
それが思い違いだと知ったのは、2年の半ばのプロムナードがきっかけでした。
主に貴族が通う王立学院ですので、成人後に必要な嗜みは授業のうちとなります。
その一環で行われる王宮舞踏会を模したプロムナードは、最高学年の3年生は卒業式と同時開催ですが、2年生は秋ごろになります。
男女でペアを組むので、婚約者がいる方は当然お互いを選びます。
まだお相手がいない場合は、特に女性の場合は家族をパートナーに選ぶことが普通ですが、意中の相手に申し込んでそこからお付き合いが始まることもあるそうです。
ブリス様は、プロムナードの開催日時が先生より伝えられた日の放課後、終業の鐘が鳴った直後に教室に飛び込んできました。
クラスメイト全員の目がある中で、私に跪きながら一輪の赤いバラを差し出したのです。
「クラリス嬢! どうか、プロムナードであなたとペアを組む栄誉を私にお与えください!」
彼の淡褐色の目は期待にキラキラと輝いていて、私は以前の告白が一時の気の迷いでなかったことを知りました。
「ブリス様、私はプロムナードのペアを兄にお願いするつもりです。
申し訳ございませんが、他の方をお選びください。
ブリス様は素敵な方ですので、お相手はすぐ見つかると思います」
そう告げるのは、とても、そうとても勇気の要ることでした。
だってクラスメイト達は驚きと好奇の目でこちらを注視していますし、出入口には騎士科の方々と思しき皆様が鈴生りになっていたのです。
私は緊張のあまり蚊の鳴くような声しか出せず、泣きだす一歩手前でした。
どうにか返答した私の言葉を、いきなり遮ったのは隣にいたオレリーでした。
「クラリス、あなた婚約者はいないのよね?」
「婚約者、は、いないわ。でも……」
「それなら、ブリス様のお申し出を受けてもよいのではなくて?」
彼女は頬を紅潮させて、ウットリしていました。
「クラリス嬢、こいつは相変わらずあなた一筋です!
苦手だったダンスの練習も気合を入れてやっていましたよ、お相手にどうですか!」
まるで野次を飛ばすかのように、入口をふさぐ人々からも声がかかります。
「かぞく、に、聞かなければ、返答は、できません……わ……」
私はスカートの布地を握りしめながら、そう言うしかできませんでした。
逃げるように学院を後にしたその日以降、私の生活は変わってしまいました。
ブリス様の情熱的なプロムナードへの申込と、それを足蹴にした私についての話題が一気に同学年の生徒に伝わり、そこから他学年の方々にも噂がまわってしまったようなのです。
元々、プロムナードで誰が誰とペアを組むのかというのは、話題になりやすいのです。
毎年毎年、プロムナードがきっかけで恋が生まれただとか、あるいはこじれた恋の話などが一気に話題をさらうのがこの時期です。
そういえば、ちょうど去年の今頃は浮気男とその婚約者だった方の婚約破棄の話が、取りざたされましたね。
それ以外にも、誰と誰がペアを組んだだとか、そこから婚約の申込があったらしいなどと、オレリーが夢中になって噂の数々を集めていました。
「ブリス様、今度あなたのお邸に伺うのですって?」
ニマニマと笑いながら、オレリーは私の腕を小突いてきました。
「どこからその話題を仕入れたの?」
「ウフ、騎士科のアンソニー様にお聞きしたわ!」
教室を移動する合間にそんな話題を振られて、私はため息を我慢しなければなりませんでした。
オレリーは、恋の話が大好きなのです。
誰と誰が別れた、みたいな愁嘆場には興味を示しませんが、恋が生まれたとか成就したなんて話題には一も二もなく食いついてきます。
そんな彼女が、プロムナードの申込が解禁されたとたんに先陣を切った、ブリス様の件を見逃すはずもありませんでした。
どうやら彼女は、何が何でも私とブリス様にペアを組ませたいようです。
以前は敬遠していたはずの騎士科に足しげく通って、私に彼の人となりをそれは懇切丁寧に教えてくれるのです。
彼が男爵家の三男坊であること。
ブリス様の生家がどこを領有していて、名産品はあれで、どの家とつながりがあって、と私よりもよっぽど彼のことに詳しいのです。
「オレリーはブリス様に夢中ね。
どうかしら、あなたとブリス様が舞踏会でペアを組むというのは」
私の提案は、半分嫌味で、半分本音でした。
「何を言っているの?!
ブリス様があなた以外に興味を持つはずがないじゃない!
あぁそうね、私ったらあなたを差し置いて暴走しすぎたのね。
大丈夫よ、私はただあなたのことを思って情報を集めているだけだから安心してちょうだい」
満面の笑顔でそう告げるオレリーに、悪気はないのでしょう。
プロムナードは高校の学年末に開かれるフォーマルなパーティーのことで、2年生と3年生が参加します。
主に英米加で開催されており、略称のプロムのほうがピンとくるかもしれません。
作品の中では開催時期をちょっとずらしています。