〈36〉それぞれの結果
ところで、私以外の方々の話をしましょう。
妹のアラベルは、なんと留学先で出会った侯爵家のご次男と結婚しました。
リシャールと同じ大学に所属していて、彼を通じて知り合った方でした。
学者肌の性格で「ファッションや噂話や、人の悪口ばかりの女性は苦手」なため、裏表のないアラベルが気に入ったそうです。
妹としても私がいない国に帰る気はなく、多少気難しくとも誠実な彼を生涯の伴侶としました。
植物を研究している彼に、リシャールは旅先で得た珍しい植物を贈っているそうです。
善良なる魔女・マリアンヘザ様は相変わらず王都の下町でお店を開いています。
各国を周遊するあいだに、時々彼女から魔法の材料を探してほしいと依頼されるようになりました。
ようやっと彼女への恩が返せるようになりました。
中には『幻影オオカミの冬毛』なんていう、どうやって手に入れるのか想像すらできない珍奇な品物もありました。
それが不思議なことに、ちょうど訪れている土地で数奇なご縁から手に入るものなのです。
魔女様の慧眼には、ただ感服するばかりです。
学院で私のもっとも近くにいたオレリーは、私が留学したあとすこし意外な行動にでました。
武技大会でブリスが結婚を申し込むまえに、私からちゃんとお断りしていたことを、学院の級友たちに一人一人手紙でお知らせしていったのだそうです。
クラスの人々に伝え終えたら、学年が同じ人々にも同じ行動をとったのだとか。
とても地道で、根気のいる作業だっただろうと思います。
私に関する噂は不特定多数に広がっているため、彼女の行動は大海に真水を一滴垂らす程度のものかもしれません。
けれど、オレリーは私がかかえた彼女への不信に、誠実な行動でこたえてくれました。
学生だった間はとてもじゃないけど彼女に親しみを感じていませんでしたが、いつか素直にお礼をいおうと思います。
私の父のジスカール伯爵は宮廷に出仕しています。
代々軍備品の調達にかかわる分野で働いてきたのが、2年ほど前に王宮の典礼用品の保全と新調にかかわるお仕事に栄転しました。
役職位はあがっているのですが、それまで培ってきた人脈などは全く通用しなくなったそうです。
同じころに騎士団へ備品を納入する商会についても大幅な入れ替えがあったそうで、父の政治的な影響力は確実に落ちていると、マチュー様からちょっと悪い笑顔とともに教えられました。
この改革は王太子殿下の肝いりだそうで、着実に国政への影響力を増しているようです。
他にも変化の波は各所に及んでいるのだとか。
いずれ伯爵位は兄が継承しますが、さて、彼はどのようにこの波を乗り越えていくおつもりなのでしょうね。
もしかしたら、乗り越えられない、なんてこともあるかもしれません。
そうなったとしても私も妹もすでにジスカール家を出ていますから、なんら影響はないのです。
母についても、語っておきましょう。
例の女性向け雑誌は、執筆者を欲していました。
男性と違い、女性の記事投稿者というのはなかなか見つからなかったのです。
当然かもしれません、女性は従順で控えめであることを求められているのですから。
そのため男性作家の短編なども掲載されていたのですが、雑誌の知名度が高まるにつれて徐々に女性作家の比率が高まっていきました。
意外だったのは、その中に私の母であるジスカール伯爵夫人が加わったことでしょう。
ただ、彼女の言葉は時代遅れで説教臭いものがありました。
良家の子女の心得を説いているはずなのに、昨今の若い女性は我慢が足らないなんて「ありがたいお言葉」は、読んでいてもなにも楽しくはないのです。
しまいには、「プロムナードでペアを選ぶときは、婚約者か家族から選びなさい。お付き合いのない男女がペアを組むなんてふしだらの限りです」なんて書かれたら癪に障るというものです。
その時、私は初めて学院時代の自分にどれだけの理不尽がふりかかったのかを、文章にしたためることができました。
執筆には多少時間がかかりますので、私の反論めいた記事が雑誌に掲載されたのは数か月後になりました。
私が学院生だったときのプロムナードのペア決めでは、嫌がっているにも関わらず婚約者でもない男性と踊ることになったこと。
そうなったきっかけに、私の母の後押しがあったことをきっちり書いておきました。
私がジスカール伯爵家の生まれであることは筆者紹介に記されていますから、次号には熱心な読者のお便りで、ジスカール伯爵夫人の記事にある矛盾はどういうことかと指摘がありました。
くどいようですが、彼女の記事は妙に上から目線で、特に未婚女性をこき下ろす傾向がありました。
編集者からは、この若い年齢層がもっとも熱心な読者になっていると伺っていましたので、もともと彼女の記事はあまり読者うけがよくなかったと思います。
次第に、ジスカール伯爵夫人の記事は雑誌に掲載されなくなりました。
彼女は、私がブリスへの対応に苦慮していたころに、お茶会などで散々「とても優秀な騎士の卵に娘が求愛されているのよ、とても噂になっているの困ったわぁオーッホッホッホ!!」とやっていたそうです。
お茶会でもっとも好まれる恋の話題を提供して、社交界でチヤホヤされたことがよほど忘れがたかったのでしょう。
雑誌への記事投稿をはじめるようになると、また茶会で主人公になれると思っていたのかもしれませんね。
最初のころは彼女の思惑どおりに事が運んでいたようです。
しかし、埃臭い説教記事が敬遠されはじめ、最後には自分の主張の粗を娘の私に反論されるにいたり、さすがにお茶会で「わたくしあの雑誌で記事を掲載していますのオーッホッホッホ!!」とやらなくなったそうです。
さすがに、そこまで自己主張強めではいられなかったようですね。
しまいには私へのすり寄りが始まりました。
私のことを「ふしだらな娘」とののしった過去などなかったように、「あなたが私の娘でとても鼻が高いわ」と手紙に綴られてきたときには、思わず暖炉に手紙を投げ捨ててしまいました。
最後に私の学院時代をメチャクチャにしてくださった騎士科の方々のことなのですが。
騎士に採用されると、最初の3年を地方の国境警備にあてられるのだそうです。
これはどれほど身分が高くとも例外ではなく、騎士はみな経験することだとか。
ブリスとその周辺の皆さんは、国境警備隊の組織改編などもあり、7年たってもまだ王都に戻ってきていないそうです。
それどころか、何名かは事故や病気などで還らぬ人になっているそうで、騎士ってやっぱり危険の多い職業なのですね。
そして、いつの間にか私とリシャールは結婚してから6年以上経ちました。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
クラリスの実家は、没落待ったなしです。
ブリスがまだ生きているかどうかは、ご想像にお任せします。
次回が最終話となります。明日の、17時40分に投稿予定です。