〈33〉彼女の知らない後始末②
ブリスが起こした騒動の補償は、彼の父であるカルタン男爵と、クラリスの父であるジスカール伯爵の間で取り決められた。
ただし、二人の父はともにブリスへの処断に非常に消極的だった。
彼が行き過ぎた行動に出たのは確かだが、事件性はなくただの求愛だったからだ。
クラリスとアラベルが留学をするので、それに係る費用の全てをカルタン家が受け持ち補償としたくらいだ。
この留学についても、そもそもマチューを通してルイス王太子の意向が伝えられたから、ジスカール伯爵夫妻は許諾しただけかもしれない。
クラリスの母は、「実力のある若者の未来を奪う気ですか?」と、ブリスへの処分に徹底的に反対し、男爵夫妻はその言葉を否定すらしなかった。
結局のところ被害にあったクラリスの存在は相変わらず軽視され、ブリス自身はなんの処分も受けることなく、学院の卒業式にも堂々と出席していた。
騎士の内定も取り消されず、彼の行動が制限されることもなかった。
その結果として、クラリスをつけ狙い、出航間際の彼女の前に姿を現すに至ったのだ。
「謝罪のために直接対面したかったなどと、聞こえはいいが、クラリス嬢は恐怖を感じていたのだろう?」
「ブリスの様子が少々おかしかったのです。
おまけに彼は剣だけではなく体術にも優れている。
彼女は血の気が引いて今にも倒れそうでした」
腕組みをした王太子は宙をじっと睨みつける。
いったん牢に入れられたブリスではあるが、正式な聴取のあとは釈放されるだろうと、側近たちの意見は一致した。
たとえばクラリスに迫ったブリスの手にナイフでもあれば、正式に逮捕できただろうが、彼は丸腰だった。
「むしろ、クラリス嬢のほうがブリスを加害しかねない状況でした。
あの魔法植物は、彼女がブリスに対して恐怖や敵意を感じると、身を守るために出現してしまいます」
あの場で彼女を止めなければ、加害者とされたのはむしろクラリスだったかもしれない。
「彼女の安全がなによりも重要だ。
ブリスを罪に問えなかったのは残念だが、これからのやり方はいかようにもできる」
考え込んだ王太子は、机の表面をコツコツと叩いた。
「クラリス嬢は、ブリスの顔など二度と見たくないと言ったのだな」
マチューが提出した、ブリスと特に親しい騎士科の友人たちのリストを目が追っていた。
彼らにもマチューは聞き取りをおこなったが、反省している者は少なかった。
そもそも、見知らぬ女性を、男性複数で取り囲むところから褒められた行為ではないのだと伝えれば、ブリスと同じように驚くものが多かった。
本人たちはブリスを『応援していただけ』と認識しているようだが、彼らの輪に加わらなかった騎士科の学生にも事情を聴くと、ブリスを洗脳するがごとく煽っていた部分も多いようだ。
女性に対して免疫がなく、真面目なブリスが、いくら一目ぼれしたとはいえあそこまで強引な行動に出たのは、「男を見せろ」と友人たちに迫られたせいでもある。
思春期の多感な時期に、学院の寮に入っていたブリスには身近な大人がいなかった。
価値観や考え方を、一日中ともにいる友人たちに左右されてしまうのも仕方がない。
その中で、恋のアプローチは強引なくらいなほうが女は喜ぶのだと、言葉を変えて繰り返し複数の級友に言われれば、「そういうものなのだ」と愚直に信じてしまうこともあるだろう。
剣の腕は目を見張るものがあるブリスは、友人も多いし、その中の一部は取り巻きのように振舞っていた。
彼の考えなしの部分や落ち度を指摘してくれるような友人は、ブリスにはいなかったのだ。
結果として、クラリスから徹底的に拒絶するところまで無遠慮な行動を繰り返してしまった。
「だが、決断して行動したのは本人だ。
ブリス・ド・カルタンの犯した過ちは、償われなければならない」
上に立ち人々を率いていく者として、彼は毅然と決断した。
「彼らが今後、王都の土地を踏むことのないようにしろ。
少なくとも10年は、地方回りだな」
リストを指し示して、側近たちの顔を見回す。
騎士は、採用されると最初の3年は国境警備に飛ばされる。
その後王都に戻ってきて騎士団や近衛に所属する。
王立学院の生徒ならば出世街道に乗るものが多く、ブリスなどは実力が確かだし騎士団長の覚えもよいので、身分が低いことを差し引いてもかなり有利なはずだ。
しかし、10年も地方にいては中央の出世争いになどとうてい絡めない。
実質、彼らは王都を追放されたに等しい。
「厳しすぎると捉えられるかもしれないですね」
側近の一人が指摘するのに、護衛の騎士が反応した。
「騎士が剣を取り強さを求めるのは、弱いものを守るためだ」
一瞬、執務室内を静寂が支配した。
「彼らはクラリス嬢を、狩りの対象として扱った」
騎士の追加の言葉に、王太子は深く頷いた。
「ブリスたちは、騎士の本質から外れている。
一人の罪のない女性を陥れ、王都を騒がすほどの事件を起こした償いをしてもらおう」
「それに」と、ルイス王太子は小さな声でつけ加えた。
「腕がよく、使い潰しても良心の痛まない駒を複数手に入れられた。
せめてもの収穫があったと思わせてもらおうか」
為政者としての冷たい視線でリストを再確認すると、紙片は確認済みの書類の束のうえに置かれた。
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