〈27〉王立学院3年生・留学へ
「その代わり、と言ってはなんですが」
マチュー様が、そう切り出したのは。
「留学、ですか。……今から?」
私は紅茶の香りに包まれながら彼の言葉を待ちました。
「そう、今からです。
出立まであと1か月しかありませんが、クラリス嬢とアラベル嬢にその意思があれば、手続きは最短ですませます」
「アラベルもですか?」
マチュー様が、ティーカップを持ちながら肯定されます。
私は一年の半分近くを眠ってすごしたため、単位が足りず留年が決定しています。
「事情があっても、一学年下の生徒と一緒に勉強するというのは、あまり心地よい環境ではないと思われます。
それに、まだあの事件の記憶が新しいなかで不特定多数と接触するのは、クラリス嬢にとって負担になる可能性があります」
私は返答できずに、思わず視線を逃がしてしまいました。
今日はとてもよい天気です、気温も大分あがって、散歩にでたらどんなに心地よいでしょう。
窓の外の、木々の新緑がまぶしいくらいです。
「アラベル嬢も、学院ではあなたとブリス君の噂に振り回されてしまったようでして。
正義感が強いのもあり、あなたを貶めるような発言をする人には、真っ向からケンカを売っていたようなんですよ。
彼女に非はありませんが、クラスで孤立気味のようでして」
一瞬言葉に詰まった私は、妹がこの一年どんな状況だったのか思いやれなかったことにやるせなくなりました。
「それと、これが一番重要な理由です」
マチュー様は姿勢をあらためると、「陛下のことです」と真面目な表情で告げました。
そういえば、武技大会でブリス様が優勝したとき、国王陛下は「祝福する」と言って喜んでいたのでしたね。
「今のところ、武技大会以降の陛下がことの顛末を気にされたことは一度もないそうなので、もうご自分の発言を忘れている可能性もあります。
ですが、陛下がブリス君の気持ちを汲もうとしたら我々でも反対しきれません」
私は言葉が出なくなり、思わず息を飲みました。
「ですから、私は出国をおすすめしたいのです」
詰まっていた息を静かに吐き出しながら、私は観念しました。
「それは、留学して環境を一新したほうがいいのでしょうね。
マチュー様、大変お手数おかけしますが、留学のお話をお受けさせていただきます」と答えました。
王太子殿下はグランドツアー中に、訪れた国々と時に提案を取り交わしました。
その一つに、留学生の交換が含まれているのです。
その、王太子殿下が提案した交換留学に欠員が出ているそうなのです。
今年一年かけて用意した制度なのに、女性は最初から定員に満たず、1名足りていなかったそう。
しかも、留学が決まっていた4名のうち1名が、こんな直前に意見を翻した父親によってキャンセルされてしまったそうなのです。
家庭の事情というのはあるでしょうが、それでも希望した留学をこんな土壇場でひっくり返されるのはその生徒さんもつらいでしょうね。
「今から女生徒で留学できる人を2名も探すのは困難です。
アラベル嬢とクラリス嬢が応募してくださるなら、我々も非常に助かります。
殿下のお声がかりのもと、私たちが全面的に支援します。
それに」
マチュー様は人好きする笑顔全開で、私をさらに誘惑してきました。
「実はですね……」
部屋の隅にたたずむ母の侍女とマチュー様の従僕に訊かれるのを避けるように小声で付け足された事実に、私はたぶらかされてしまいました。
それくらい、とても魅力的なご提案でした。
「向かう国は、どちらですの?」
こうして、私はマチュー様の掌のうえで踊らされたのです。
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1話1話、17時40分に投稿予定です。