〈25〉王立学院3年生・詮議の終了
「今に至るまでブリス様の行動を放置されたのは、なぜなのです?」
私が追加で質問し続けるのにも、男爵夫妻はうつむいたり視線を泳がせるだけでまともな返答がありません。
マチュー様は、そんな夫妻をじっと観察していました。
「あなたがたは」
そうマチュー様が切り出すと、さすがに男爵も顔をあげました。
「ブリス君の行動を何も把握していなかったのか?」
「プロムナードでペアを申し込んだ女性がいる、ということは聞きました。
武技大会については、何をしても結婚したいから優勝して申し込む、と手紙に書かれていました」
ノロノロとそこまで言った夫人は、夫の顔を見てから付け加えた。
「お相手のお嬢様の承諾を得たうえで、ご両親に反対でもされているのだろうと思っていました。
だからこそ、人目を集める武技大会で優勝し、それを成果として結婚を申し込むのだろうと」
私の言葉にはなんの返答も返さなかったのに、マチュー様の問いには答えるのですね。
息子くらいの年齢とはいえ、相手は王太子殿下の側近筆頭を務める方ですので、私の言葉は無視できても彼には従うということでしょうか。
マチュー様が、嘲りもあらわに笑われました。
その様子に、男爵がわずかですが眉をしかめます。
「なるほど、つまりあなた方は息子の所業をなにも把握しようとしていなかったのですね。
更に重ねて確認しましょう。
仮に、自分たちの息子がアプローチしている相手が侯爵家の令嬢だったとしても、あなたがたは問題を放置したのか?」
次第に冷たく固くなるマチュー様の口調に、夫人がさすがにたじろぎました。
「もしもの話など、なんの意味もない。
息子が相手に望んだのは、伯爵家の娘だろう」
ギョロリと男爵の目玉が動いて、私をみました。
「なるほどつまり、伯爵家程度の家格ならばブリス君の行動は不敬にならないと判断されたと?
ジスカール伯爵、どうやらあなたはカルタン男爵からそのように思われているようですよ」
ニヤリとマチュー様が笑っています。
「フム……私の対応が後手にまわっていたことは認めましょう。
男爵、後日お時間をいただきます」
父は私の側に座っているので、私からは表情を伺えません。
至極まじめ腐った声音に聞こえますが、どのような顔をされているのでしょうね。
ここで、一つ私は悟りを得ました。
私は、ブリス様の行動に干渉するように父に願った時、『家族として』父に懇願しました。
あれは、間違いだったのです。
マチュー様は、会話のなかで今回の件を「子供同士の問題」から「男爵家と伯爵家間の問題」にしました。
すり替えた、と言ってもいいかもしれません。
これを言い出したのが私だったら、カルタン男爵は無視したでしょう。
父も、もしかしたら曖昧に笑って濁したかもしれません。
しかし、未来の国王陛下の最側近が男爵家と伯爵家の問題としたら、父もカルタン男爵も、もう引くことはできません。
なぜなら、これは面子の問題だからです。
貴族として大事な、見栄に関わるからです。
私も、父と母を説得しようとしたときに、そうすべきだったのです。
家族としての情に訴えるのではなく、『男爵家程度の子息に軽んじられている、この問題は噂が広がっているからやがて王都中の貴族が知るかもしれない、このまま地方の一男爵家の三男坊程度にジスカール家の長女を与えるような真似をするのですが、それって王都の貴族から嘲笑の対象になるのでは?』と言うべきだったのです。
貴族として、貴族家の当主に問題の解決を促さなかった。
それが今回の私のミスなのです。
彼らの家族であることに甘えた、私の判断の至らなさなのです。
胸の奥が冷えるようなさみしさを感じながら、二度とこんな無様は晒さないと固く心に誓いました。
今後なにか問題が起きても、私はもう父母や兄にたいして家族としてお願いすることはないでしょう。
「……春は、農作業で忙しい。
こんなところで油を売っている暇などない」
ボソボソと男爵がいうのに、「なるほど、では夫人をあなたの名代として王都に残してください。急いては事を仕損じると言いますからね、話し合いにはそれなりの回数が必要です」などと父が畳みかけています。
急に、ずいぶんとやる気になったようです。
自分のことなのですが、第三者のように会話が続いている状況に、急激に眠気が襲ってきました。
あくびが出そうになるのを、なんとかこらえますが、涙目になってしまいました。
マチュー様がそんな私の様子に気づき、本日の詮議の終了を宣言しました。
父はまだ戦意が衰えていないようですので、男爵とのやり取りは任せてしまいましょう。
どうやらカルタン男爵は、私のことを小娘程度にしか思っていない様子ですので、私が表に出ても話し合いにすらならないかもしれませんから。
立ち上がると、体がひどく重いことに驚きました。
どうやら、自分で思っていたよりもずっと疲弊していたようです。
気疲れでしょうか?
両親や家令が見送りに出るので、私は部屋に戻ろうとしていました。
本当は私もリシャール様を見送りたかったのですが、彼に逆に気遣われてしまったためです。
「……クラリス!」
背後から私を呼び止める声に、アラベルとともに足を止めました。
「オレリー、夜ももう遅いのにどうかされたかしら?」
彼女に向き合うために振り返ると、顔色を失ったオレリーが立ちすくんでいました。
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