〈22〉王立学院3年生・詮議⑤
「ブリス様がプロムナードでのペアを申し込まれてから、わたくしは孤立することになりました。
学院でも、家でもです。
あの時から、私を思いやってくれたのは妹だけです。
善良なる魔女・マリアンヘザ様とお会いできる前は、彼女しか味方がおりませんでした」
学院に通う間私のそばにいたオレリーが、目を丸くして私を見つめています。
その視線は、自分のことを味方と思っていない私への疑問を投げかけているようでした。
「わたくし、味方がいないどころか、相当敵を作る羽目になりました。
ブリス様を好いている女性の皆様からは目の敵にされ、名前も知らない方に罵倒されたことも何度かありました。
噂を知っていると思われる男性から、私の容姿をからかわれたこともあります」
「えっ」と、ブリス様がこぼしました。
「クラリス嬢、私は知りません。
なぜ言ってくださらなかったのですか?」
「不特定多数に噂が蔓延しきっているのに、ブリス様に言ったところで、状況が改善しますか?
無駄でしょう、ですから何も言わなかったのです」
ブリス様は、「そんな……」とつぶやいたきり、絶句しました。
ふと、私の左手が暖かい手に包まれました。
隣に座るリシャール様が、そっと私の手に触れ、痛みをこらえるように眉を曇らせています。
「クラリス嬢、すまなかった。
僕が不在の間に、君がこんなにつらい状況に追い込まれていたなんて」
「いいえ」
私は、リシャール様の言葉をきっぱりと否定しました。
「私を追い詰めたのは、あくまでブリス様です。
間違ってもリシャール様ではありませんから、謝らないでください」
「そうだね、問題の切り分けを取り違えてはいけない」
そうマチュー様がおっしゃいました。
「まず、クラリス嬢が学院で孤立する羽目になったのはなぜだろうか。
ブリス君、分かるかな?」
話を元に戻したマチュー様に問われたブリス様は、唇をかみしめました。
「……………」
「噂のせいだ、違うかな」
押し黙ったブリス様に追い打ちをかけるように、さらに話が続きます。
「ちなみに、具体的にはどんな噂が出回ったのかな」
マチュー様が私に質問してきましたが、返答ができずに困ってしまいました。
「あの、いい内容ではないということは知っているのですが、さすがにあんまり把握していなくて……彼女なら、もしかしたら」
そう言いながら、私はオレリーを見ました。
視線が集中したことに驚いたのか、彼女は体を固くしました。
しばらくだんまりを貫こうとしていましたが、王太子殿下の側近をつとめる方にそう抵抗も続けられなかったのでしょう。
「つまり、『クラリス嬢はブリス君からのアプローチを嫌がっている』に尾ひれがつきまくって、『健気に愛を乞うブリス君にたいして、高慢な対応しかしない嫌な女』ともっぱら噂されていたと?」
「なんですかソレ、知りません」
思わず突っ込んでしまうと、オレリーは気まずげに身じろぎしました。
「その、当人であるクラリスには決して教えられませんでした。
私に本当のところを訊いてくる人には、もちろん説明したのですが」
オレリーはおそらく、そこはきっちりと対応してくれたのでしょう。
「つまり、私は見も知らぬ人たちから、『高慢で性格の悪い女』と思われているのですね」
室内に沈黙が落ちました。
リシャール様とマチュー様は、厳しい表情でブリス様を責め立てました。
「これが、君の軽率な行動の結果だ。
君自身に悪気がなかったのだとしても、クラリス嬢にとって相当な負担になっただろう。
ところで君は、この事実を知っていたのか?」
ブリス様は顔色を悪くして、ゆっくりと首を横に振りました。
「俺の行動が、噂になっている、とは聞いていました。
ですが、クラリス嬢のことは何も……知りません」
マチュー様が、「こちらもまた、『当の本人には周囲も教えられなかった』ということだろうね」と推測しています。
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