〈18〉10歳~・告白の行方
次にリシャール様にお会いできたのは、彼が学院に入学してから2か月後ほどのことでした。
『引っ越し前に不安になっていた僕を励ましてくれたお礼』として、花が咲き誇る植物園に隣接した喫茶店にお呼ばれしました。
自由に外を歩くことがまだ許されなかった私ですから、付き人として私の母ほどの年齢のメイドが付き添っていましたけれど。
他者がいるので、お話自体は、当たり障りのないことしか話題にできませんでした。
それでも、リシャール様が、学院でどのようにお過ごしなのか詳しく聞けたのはとてもうれしいことでした。
なにせ彼が引っ越していってから数か月、私は完全にリシャール様が足りない状況になっていましたから。
なんていうんでしょう、あれを禁断症状って呼ぶのかしら?
リシャール様が私をみて微笑まれるだけで、満たされないところが埋まっていくような、とても幸せな心地でした。
別れ際に、リシャール様はお手紙を託してくださいました。
夕食もお風呂も心ここにあらずで、あとは就寝という時間にやっと一人になって、私は胸を高鳴らせながらペーパーナイフで手紙の封を切ったのです。
そこに書かれていたのは、端的に申しましてリシャール様の今後の人生設計でした。
ミシュレ家は伯爵家ですが土地を持たず、官職で収入を得ています。
それは我が家も同じですが、職位を得ていた当主が亡くなられているため、リシャール様が成人後に官職に復帰できないと没落の危険性があるのです。
『そのようなわけで、自分自身のためにも、まずは学院で優秀な成績を取ろうというのが私の目標になりました。
人脈を一度失っている以上、私が貴族として身をたてるためには、まずは官僚登用試験に受からなければならないためです。
ところで、私のように不安定な身分の男に、娘を嫁がせたいと思う親はいるでしょうか。
卑下ではなく、なかなかいらっしゃらないでしょう。
クラリス嬢は、それでも私との未来を望まれますか?
ご両親から反対される恐れも高いし、金銭面でもきっとご苦労をおかけします。
それでも私とともに生きてくださるなら、できる努力は惜しみません』
私はなんども手紙を読み返しました。
彼の少し右上がりな筆跡を指でたどりながら、笑みがこみあげてくるのを抑えられませんでした。
リシャール様は、わたしとの未来を望んでくださっている!
手紙を抱きしめてベッドの上でゴロゴロ身もだえた私は、はたから見たらきっと相当様子がおかしかったと思います。
部屋に誰もいなかったからできたことです。
次の日、私はリシャール様に、お返事をお出ししました。
私もまた、彼と一緒になれるなら、できる努力はなんでもすると書いて。
以前は毎日といっていいほど行き来していたのに、母は新たなミシュレ邸を訪れようとしませんでした。
また、ミシュレのおば様が我が家に来られることも歓迎されていない様子。
学院にも入学していない女子は、保護者になる大人のつきそいがなければ外出も難しいですし、単独で婚約者でもない男性のご自宅に伺うことは当然不可、その逆もまたしかりです。
リシャール様も、宣言通り勉学に励まれていたので、お忙しくされていますし。
それでも、私たちは、それから数か月に一度会えるか会えないかくらいの交流を続けました。
お会いできる手段はないかと苦心して見つけたのが、図書館でした。
もちろん付き添いの成人したメイドはいましたけど、平民の彼女は図書館内には立ち入れません。
彼女には敷地内の従者の待合所で時間をつぶしてもらい、私は限られた時間ではありましたが自由を得ました。
手紙のやり取りの中で日程を取り決めて、私は返す本を胸に馬車で向かいます。
待ち合わせたリシャール様が、私に小さく手を振ってくれるだけで胸が高鳴りました。
次にどんな本を借りようかと本棚の間をさまよいながら、小さな声でリシャール様と相談をしたり。
併設の喫茶店で息抜きがてらいただく紅茶とケーキのおいしさを語り合ったり。
そうしてリシャール様が学院を卒業するまでの数年の間、私たちはとても健全なお付き合いをひっそりと続けました。
ちなみに、リシャール様が学院の最高学年に進学するころには、妹に私たちの交流についてはバレていました。
それから、彼女は私たちの未来を応援してくれています。
「私とリシャール様は、口約束ではありましたが、そうして将来を誓い合いました」
ここはさすがに妹に説明させるわけにはいかないので、私が口をはさみました。
「私はなにも知らぬ」
腕組みしながら、固い口調で言ったのは、父でした。
「お父様とお母さまには、言っておりませんから。
リシャール様はお父君が亡くなられたことで、貴族としてはおぼつかない立場に落とされました。
この状態でお姉さまとの婚約を申し込んだとしても、断られると考えたのです」
リシャール様は、妹の言葉を引き継ぐように口を開きました。
「私がミシュレ家の当主となるのは、最短でも学院を卒業した後です。
それまでは、没落の危険性がある家の未成年の男子でしかない。
ですので、クラリス嬢に待ってほしいと願いました。
学院を卒業し申し分のない身分を得てから、あなたを迎えに行くからと言いました」
「リシャール様は、お姉さまに誓った通り、学院で優秀な成績をあげました。
一学年上の王太子殿下のお目にとまり、卒業後に側近として召し上げられることが内定するほどでしたから」
場の数人から、「ほう、それは素晴らしい」と感嘆の声が洩れました。
ただ、リシャール様にはさらなるトラブルが起こりました。
亡くなられたお父上の弟……つまり叔父君がミシュレ家の相続を主張し始めたのです。
リシャール様の後見はご母堂が務めておられましたが、それを不足とし家督の相続権を主張しはじめたのです。
通常ではありえませんが、裁判を起こされたせいで、学院卒業後の当主継承が不可能となりました。
リシャール様は、穏やかではあるものの苦く笑いました。
「そして、私は学院卒業後に、王太子殿下のグランドツアーに随伴として途中合流することが決まりました。
身分が定まらない状態が延長される中、私はこの国を数年離れることになったのです」
グランドツアーとは、学院卒業後の貴族の子弟が、見分を広めるために数か月から数年海外を旅行することです。
王太子殿下の場合は、いずれ国を継ぐものとしての外交の始まりでもあり、その期間は3年半にも及びました。
つまり、私がリシャール様と入れ違いに学院に入学してからの3年間、王太子殿下はグランドツアーを続け、リシャール様はその旅に付き添って一度も帰国することはなかったのです。
「ちなみに我々は、先週グランドツアーから帰還したばかりです。
公的な報告は済ませておりませんが、王都の貴族は把握されているかと思います」
と、マチュー様が言い添えました。
「つまり」
妹は紅茶を口にしてから、淡々と話をつづけました。
「お姉さまとリシャール様は、7年も前からお互いの未来を望みあいながらも、諸々に邪魔をされ秘めたままにするしかありませんでした。
そこに横槍を入れる形になったのが、ブリス・ド・カルタン様です」
1話1話、17時40分に投稿予定です。