〈14〉王立学院3年生・目覚め
善良なる魔女・マリアンヘザ様は、ガラス瓶に満ちた私の「魔法」を、しげしげと眺めました。
「珍しいね、あなたの具現した魔法は二つある」
私はぱちりと瞬きしました。
「二層に分かれているように見えるのは、魔法が二つ込められているからですか?」
「えぇ、そのようです。
本当は、この魔法は使われないことがあなたにとっては最上の結果でしょう。
ですが、もしもの時はためらわずにお使いなさい。
きっとあなたを助けてくれますよ」
魔女さまは、そう言ってくださいました。
私の意識は、浮かんだり沈んだりを繰り返しました。
気づいた時には、自室のベッドに寝かされていました。
妹が、「お姉さま、きっと大丈夫よ」と言ってくれた言葉は水の向こうから聞こえるようで、あっという間に遠ざかります。
母が、「お前はなんてことをしてくれたの! 皆様にどれほどの迷惑をかけたか分かっているの?! えぇ、さっさと目をお覚ましよ!」と叫んでいるのが聞こえました。
それらは夢のようにおぼつかなく、私は「違ったわ」と思いながら意識をまた失うのです。
あの人じゃなかったわ、とほんの少し失望するのです。
曖昧な時間が続いたあと、ふっと私の意識が上昇しました。
誰かが、私の頭をなでています。
優しい声が、私の名を呼んでいます。
一番最初に目に飛び込んできたのは、深い森の緑。
その緑の目が、優しく私を見下ろすのを、私は信じられない気持ちで見つめていました。
あたたかな日差しが部屋に降り注いでいます。
生まれてからずっと住んでいる部屋なので、その光の角度で昼は過ぎている、と分かります。
若木の様にすらりとした彼は、それでも4年前よりは体格がしっかりしたでしょうか。
彼に促されてベッドから立ち上がると、窓から見える庭に、春告げの水仙が咲き誇っていました。
武技大会が真夏だったので、私は半年ほどを眠ったようになって過ごしていたのでしょうか。
あぁ、リシャール様!
「クラリス、ただいま」
控えめな彼の笑顔は、以前と変わらないものでした。
「リシャール様、お帰りなさいませ」
そう口にするのがようやっとでした。
胸がいっぱいで、喉が詰まったようで、それ以上言葉が出てきません。
嬉しくて踊りだしたいくらいなのに、なぜか悲しみも一気に胸にあふれてきました。
上げた手は、どこに下ろせばいいのでしょう?
迷った指先を、彼は認めて、そっと握りしめてくれました。
そこが、限界でした。
「リシャール様、リシャール様!!!!」
私の声は悲鳴のようで、「すまなかった」とつぶやいた彼の言葉をかき消してしまいました。
ごめんなさい、あなたの言葉は一つだってのがしたくないのに、私ったら粗相を。
「お会いしたかったです、ずっと、ずっと、会いたかった!!」
そう思いながらも、この数年こらえていた何かが堰を切ったように私の中で荒れ狂い、ただ幼子のように泣くことしかできませんでした。
視界の隅で、扉の向こうにブリス様が青ざめた表情で突っ立っていたようでしたが、私を抱きとめてくれたリシャール様の香りが鼻をくすぐると、彼の存在は私の意識からあっという間に追い出されてしまいました。
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〈主人公のお相手〉リシャール・ド・ラ・ミシュレ
眠り姫を目覚めさせるヒーロです。やっと登場いたしました。
明日は、1210と1740に投稿予定です。