〈13〉王立学院3年生・武技大会
勝負の分かれ目は、一瞬でした。
素人の私には、何が起きたのかは分かりません。
ただ、対戦相手がフラついたように見えた次の瞬間には、結果に至っていたのです。
「勝者、ブリス・ド・カルタン! 両者剣を収めよ!」
土に汚れ、血にまみれ、それでも、ブリス様の赤茶の髪はまるで陽光が宿ったように輝いていました。
彼の向こう側では、手を叩いて喜ぶ陛下の様子も見えました。
オレリーが私の隣で歓声を上げていますが、右隣の妹は、私を心配げに見ています。
その妹の様子に気づいた瞬間、氷水を浴びせられたように一気に全身が冷たくなりました。
私を満たしていた興奮は、瞬きするほどの瞬間に色あせて、息苦しさにとって代わりました。
「ブリス! こっちだ!」
私の数列前にいた騎士科の学生が、大声で彼を呼びます。
その隣にいる方が、やってきた彼になにやら包みを投げて渡しています。
彼らの友人と思しき数人が、こちらを振り向きニヤニヤと笑っています。
包みから現れたのは、両手でかかえるほどの大きな赤いバラの花束でした。
ヒュッと息を飲んだ私を尻目に、周辺は私と妹を除いて今までとは毛色の違う歓声に満たされました。
ブリス様は、その花束を手に、私を見上げながら跪きました。
「クラリス嬢! ついにこの武技大会で俺は優勝しました!!
どうか、俺の想いを受け取って結婚してください!」
その声は、思っていたよりもはるかに大きく響きました。
まさか、まさか、彼は拡声の魔具などを使っているのでしょうか?!
「ブリス・ド・カルタンよ、よくぞ戦った! 余はそちの戦いぶりをしかと見届けたぞ。
優勝の褒美としてそこな女性と結婚したいとのこと、喜んで祝福しよう!」
そして、こちらもまた不自然なほど通る国王陛下のお声が返ってきます。
今までブリス様と決勝戦を戦っていたお相手も、負けた悔しさなどどこかに行ったのか、興奮気味に彼の肩を何度もたたいています。
観覧席を陣取っていた多数の騎士は好き好きに叫び、手拍子をし、足を鳴らしています。
私の周辺にいたクラスメイトはきゃあきゃあと叫んで、隣にいたオレリーはついに感極まって泣き始めました。
「良かったわ! ブリス様が勝つとは思っていたけれど、本当に!
クラリス、陛下まであなたとブリス様を祝福してくださるって、なんて素晴らしいの!」
そして彼女は、こわばった私の手に拡声の魔具を握らせました。
闘技場は、先ほどまでの騎士の熱闘を称えるのとは違う意味で、今やお祭り騒ぎです。
目が、数々の目が、数えきれないほどの人々が、私を見ています。
不満、嫉妬、猜疑……そして、そんな負の感情を圧倒的に凌駕する、驚嘆、称賛、好奇、喜び……そんな感情を宿した瞳が、私に返答を促します。
ブリス様のこの世紀の求愛に応えよと、私に、促しています。
息が、できません。
ノドはいつまでも凍ったように動きそうにありません。
彼らの期待に応える術が、私にはないのです。
そして、彼らの感情の波が頂点に達した次の瞬間、会場に失望が広がり始めるのを感じました。
いえ、もしかしたら私の思い過ごしなのかもしれませんが、いつまでも私が黙って立ち尽くす様に、じれったさを感じたのかもしれません。
会場を満たす喧噪が、一瞬静まります。
「お姉さま、魔女様の魔法を」
その時、私の隣の妹が、小さな声で呼びかけてくれました。
私は、はじかれたようにポケットに入れていたガラスの容器に手を伸ばしました。
そこからは、石像のように固まっていたのが嘘のように、私の体はなめらかに動きました。
栓を抜いて、中の二層の液体を一息に飲み干します。
ぶわりと私を中心として風がうまれます。
足元に黒いものがポツポツと見えたと思ったら見る間にそれが成長して枝分かれ、葉がしげり、蕾が生まれ……葉も茎も花びらも、真っ黒の艶やかな花が咲いていました。
鞭のようにしなった茎が意思を持つもののようにうねり、ブリス様のもつ花束が叩き落します。
どこかから女性の悲鳴が聞こえたような気がしました。
「お断りします」
驚くほどすんなりと、言葉が口から出ました。
そして、私の意識はそこで途切れたのです。
もう一話、1740に投稿予定です。