〈12〉王立学院3年生・武技大会
そして、あっという間に真夏のある日になりました。
今日、王宮の武闘場にて国王陛下お出ましの元、武技大会が開催されます。
我が家はブリス様から招待され、一家全員で赴いております。
私はそっと、ドレスの上から右のポケットに忍ばせたガラス瓶を握りしめました。
今は2回戦で、ブリス様以外にも数組が戦っています。
正直な話、私は彼の対戦相手を応援していますし、もっといえばブリス様の敗北を心から願っています。
ですが、おおっぴらにお相手を応援したりすれば、私の左側に座るオレリーも、周辺に座る母や、騎士科の皆様もよい顔をしないでしょう。
それどころか、私のことを批判するかもしれません。
「ブリス様は、こんなにもあなたのことを想っているのに、なんて薄情なの!」とでも詰られるでしょうか。
大会が進行するにつれ、会場は否が応でも盛り上がっていきます。
意外だったのは国王陛下で、よい勝負が繰り広げられた時など満足気にうなずいて喜んでおられます。
どうやら、騎士たちの見事な戦いぶりを心から楽しまれているご様子です。
昼食時、父は「もしブリス君が本当に優勝したら、国王陛下もまた一部始終を見届けるのか?」と私に尋ねてきました。
今更、お父様はなにをおっしゃっているの?
「元々陛下が来臨しているうえで開催される大会ですし、ブリス様の行動を止めようとしなかったのは、ほかならぬお父様ではないですか」
「いや、だがしかし、観客だって大入り満員ではないか。
しかも、陛下も騎士団長もいらっしゃるのだぞ。
他にも、有力な貴族家当主も何人も見かけた」
と、この土壇場で気弱になっているご様子。
「お父様、わたくしは何度も事態の解決をお願いしてきましたよ。
今更、遅いのではないですか?」
そう答える私の声が冷え切っているのは、当然ではないでしょうか。
ブリス様は、思っていた以上にお強く健闘しています。
素人目ではありますが、午前中の対戦相手は、彼と勝負にならないようでした。
この大会には、国内の王立騎士団の団員、貴族お抱えの騎士、それから騎士としての伺候を望むものなど、腕に覚えのあるものばかりが出場しているのです。
それら並みいる強豪の中にありながら、ブリス様の繰り出す剣が、時に恐ろしいほどこちらの目を惹くのはなぜなのでしょう。
午後になって、対戦相手の実力もはるかに上がりました。
準決勝戦、彼は最初明らかに劣勢でした。
「ブリス様、お疲れなのではないかしら。動きに切れがないように思うわ」とオレリーが心配げにハンカチを握りしめています。
壁際に追い詰められるブリス様の苦悶の表情には、疲労と焦りがあるようです。
けれど、一瞬、本当に瞬くばかりの時間、彼が私を見たような気がします。
驚くほどまっすぐな視線で、なにか驚きをこらえるように目を丸くして。
「うぉおおおおおおおおおお!!!!!」
次の瞬間、彼はオオカミのように咆哮して、相手の剣をはじき返しました。
肩で息をしていて、足もうまく動いていないように見えます。
それでも、彼は、剣を繰り出し、しまいには左拳で相手を何度も殴りつけ、足を払い、伸し掛かって、相手ののど元に剣先を突き付けたのです。
「勝者、ブリス・ド・カルタン! 両者剣を収めよ!」
審判の鋭い声が響き渡ります。
ブリス様は、ノロノロと起き上がり、緩慢な動きで私のいる方向に礼をしました。
そして、ついに決勝戦。
向かい合う二人の出場者に、会場内は耳がおかしくなるほどの怒声と歓声で満ち満ちていました。
「どういうことだ! ブリスはあんなに、あれほど強かったか?!」
「違う! 元々強かったけど、更に上手くなってるんだよ! あいつ、この戦いの中で急激に成長している!!」
私の前に座る騎士科の学生二人が、怒鳴りあっています。
審判が戦いの開始を告げるその前に、ブリス様は私を見ました。
その視線は透き通って、まるで雲一つない青空のように静まり返っていました。
準決勝のブリス様は、どうにか、なんとか勝ったという様子でした。
けれど、決勝戦の彼は全く違っていました。
相手の剣先を読み、おそらく心理戦となる仕掛けあいをし、相手に翻弄されるかと思えば、ブリス様も相手を追い詰める。
いつしか、会場内はしんと静まり返り、ただ二人の剣戟の音が響くばかり。
私は気づけばその戦いに魅入られていました。
戦ごとに疎い女ですから、彼らの何が理解できるわけでもありません。
それでも、彼らが己の持てる全てを出し切り、死力を尽くし、魂をかけて戦っているのだと、そしてその様に私は恐れにも似た感動を抱いているのだと、気づかされました。
二人の戦いは、まるで舞っているように無駄がなく、研ぎ澄まされ、剣が弾く太陽の光が、まぶしいほどに輝いています。
もしかして、本当にそのまさかが起きうるのでしょうか
明日は、1210と1740に投稿予定です。