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〈11〉王立学院3年生・善良なる魔女


「お姉さま、善良なる魔女・マリアンヘザ様のことはご存じですか」

私は思わず首をかしげました。

「国王陛下が生まれた時に、その未来を占って祝福した宮廷魔女様だったかしら?」

「はい、その魔女様です。あの、彼女は先ごろ宮廷をお年で辞しました。

それで、今は城下町にお店を開いているそうです」

隣に腰かけた妹は、そっと私の手を取りました。

冷え切った指先を暖めるように、両手で包んでくれます。


「お姉さま、マリアンヘザ様のお店に行ってみませんか。

もしかしたら、このどうしようもない事態を解決できるかもしれません」

私は、何を言えばいいのかわからず黙ってしまいました。

魔女というのは、物語などによく登場します。

時に悪い魔女が主人公を追い詰め、時に良い魔女があっと驚くような魔法で人々を助けてくれます。

昔はもっとありふれた存在だったらしいのですが、今は国に2,3人いればいいほう。

そんな魔女さまは、神秘に包まれています。

ですが、具体的に何ができるかとは、聞いたことがありません。


「魔法を使っても、どうにもならないような気がするわ。

だって、噂は国王陛下のもとにまで届いているのよ。

ドロテが、王妃様にまで伝わるかもってバカなことを言ってたけど、否定できないわ」

じわりと、涙が目元を濡らしていきます。


「それでも。お姉さま、今はできることをやってみましょう。

何もやらなければ、このまま時間が過ぎていくだけです」

私は顔を上げて、アラベルの表情を伺いました。

「今週末、お時間いただけませんか」

妹の言葉に、私は黙って頷きました。

たとえ魔女であれ、私を助けるのは無理な気がします。

それでも、せっかくの妹の心遣いを無駄にするのも気が引けましたから。




魔女さまは小さくて、優しく笑うおばあ様でした。

「まぁまぁ、よくいらっしゃいましたね」

そう言われただけで、なぜか涙が転がり落ちました。

「あ、申し訳、ございま……せん」

「あらあら、乙女の涙がこんなに次々と。ねぇクラリスさん、その涙はいただいてもいいかしら?」

私は泣きながら、首をかしげました。

意味が分からないながらも頷くと、彼女は指揮棒のような短い木の棒を小さく振りました。

すると、私の目元を暖かい風が撫でていって、水玉になった涙がふわりと浮いたのです。

驚きのあまり涙が引っ込んだ私と、唖然とする妹は、魔女さまが小さなガラス瓶に涙を封じるのを見守るしかありませんでした。


魔女様は、私と妹に紅茶を勧めてくださいました。

しかも、お茶を淹れるのは真っ白なウサギだったのです。

「え、あら、ウサギがお茶を?? お姉さまどうしましょう、とっても可愛いです」

そんな妹の困惑に、仕立てのいいベストを着たウサギが、優雅にボウ・アンド・スクレープで応えてくれます。

「わたくしの使い魔です。この子の淹れてくれるお茶は美味しいですよ」

その言葉の通り、香り高い紅茶はめったにお目にかかれない逸品でした。

魔女様のお店に入ってから驚くことばかりで、いつ振りか分からないくらい久しぶりに、私は心が晴れていくのを感じていました。


おおかたの事情を説明し終えると、魔女様は深々とため息をつきました。

「なるほどねぇ、可愛い恋の物語と言えるのかもしれませんが、ここまで事態が大きくなってしまっては、クラリスさんにとってはおつらいでしょうね」

私は親指を握りこんでぐっと言葉をこらえました。

あぁそうか、私、本当にもういっぱいっぱいだったのだわ。

妹以外の、初めて出会えた理解者の存在に、また涙が出てきそうです。


「そうですね、ではこうしましょう。

クラリスさん、私はあなたの心を魔法で具現しましょう」

思わず、私は妹と視線を交わしていました。

意味は分かる?いいえ、分からないわ、と目で会話をします。


「この魔法には、素材は必要ありません。

そうね、あえていえば、あなたの心、あなたが抱える思いが、材料です」

魔女様は、薬箪笥から、私の手のひらに収まるくらいの大きさのガラス瓶を取り出しました。

私の両手にその瓶を握らせると、その上からそっと手を添えてくださいました。


「あなたは、この事態に何を考え、何を求めているのかしら?

落ち着いて、よく考えてごらんなさい。

そうすればきっと、この事態を打ち破るための助けとなるものが与えられるでしょう」

そうおっしゃってから、魔女さまは低い抑揚で、歌を歌い始めました。

なんと言っているのかは分かりません、もの悲しいような、懐かしいような、きっと古い歌なのだと思わされるものでした。


私は、一心に念じました。

とにかく、この事態を解決したいと、そのための切っ掛けか助けになるものが欲しいと。

すると、不思議にも私の胸元が光りだしたのです。

そのかすかな光に思わず体が跳ねると、魔女さまはぐっとその手に力を込めました。

明滅するような光はやがて、私の手の中の瓶に収束していきました。

どれほど経ったのか、気づくと歌は終わっていました。

促されるように手を開くと、ガラス瓶の中に液体が満ちていました。


二層に分かれたそれは、下は闇夜のように真っ黒で、瓶を振ってみるとトロリと揺れます。

上層は、半透明な薄紅のさらりとした液体になっていました。

「それが、あなたが自ら生み出した魔法ですよ」

静かな魔女さまの言葉に、私は呆然としていました。


結局、魔女さまは謝礼を受け取ってはくださいませんでした。

確かに、未成年の学院生徒でしかない私に、自由になるお金はありません。

それでも、手元にある装飾品をかき集めれば多少の金額にはなったでしょう。

あの日持参していたそれらを、「今回は素材を使用していませんからね」と突っぱねられたのです。

申し訳なさでいっぱいでしたが、

「どうしても気が引けるというのであれば、わたくしに贈りたいと心から思うものがあれば、お持ちくださいな。

その心こそ、魔女にとって最上の贈り物となりますから」

とおっとり言われてしまいました。

それから妹と二人、あれこれと見繕ってはいるものの、いまだ魔女さまにふさわしいと思えるような品には出会っておりません。

ですがどうしても恩返しをしたいので、いっそ手作りの品はどうかと妹と話し合っております。


あれから、私の魔法を込めたガラス瓶を肌身放さず持ち歩いています。

ここに私を守ってくれるものがあると思うだけで、いままでつらいばかりだった学院生活も、なんとか過ごせるようになりました。


そして、あっという間に真夏のある日になりました。

今日、王宮の武闘場にて国王陛下お出ましの元、武技大会が開催されます。

もう一話、1740に投稿予定です。

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