〈10〉王立学院3年生・国王にまで届く話
私はブリス様に、手紙を送りました。
改めて、ブリス様に私はなんの特別な思いも持っていないこと、その理由もお伝えしたのですが、彼は諦めてはくれませんでした。
それはそうかもしれません、そんな簡単にひるがえる程度の弱い決意では、衆人環視のもとでの決意表明などしないでしょう。
ですが、私としては本当にやりきれない思いになりました。
誰も、私の言葉をちゃんと受け止めてくれないような重苦しい気持ちだけを覚えました。
学院では、何人か新しいお友達ができました。
ただ、彼女たちは、ブリス様の『まるで物語のような恋の誓い』に陶酔しきっていて、つまり、私のことではなくブリス様の想いが遂げられるのを応援したい人ばかりなのです。
彼女たちは、オレリーとあっという間に仲良しになりました。
「ブリス様は以前から熱心に剣を鍛えていたけれど、今は誰よりも早くから練習を始めて、彼以外の全員が帰っても居残り練習をしているんですって!」
きゃあきゃあとはしゃぎながら、彼女たちは私に期待の視線を向けます。
「だからね、きっと必ずブリス様が優勝するわ! 楽しみね!」
その言葉に、私は困ったようなほほえみを返すだけです。
そうして、1か月ばかり経ったころでしょうか。
夕食の席で、私はスプーンをスープ皿に取り落としました。
ガチャン、と耳障りな音が食堂に響いて、スープの飛沫がテーブルクロスを汚しました。
「お父様、今なんとおっしゃいました?」
「いやだから、ブリス君のことが騎士団内で話題になっているようでね。
騎士団長が今日の定例会議の前に、陛下にそのことを話したらしいのだ。
そうしたら『なんと勇気のある若者だ、いやあいいねぇ、まさに青春ではないか! 彼には精一杯頑張ってもらいたいね!』と仰せだったらしい」
私はもう声も出せず、お父様の声が膜一枚を隔てたように遠くなる感覚に翻弄されていました。
驚きが過ぎると、いっそ現実感を失うのだと、私はその時知りました。
「彼のことは、最近のお茶会でも話題によくのぼるのよ!
わたくし、こないだはバロー侯爵夫人のお茶会にお呼ばれして、ご説明差し上げたばかりなの!」
母が、まるで女学生の様にはしゃいでいます。
あぁ最近、いそいそと外出してばかりだったのは、私のことを外で言いふらしているからなのですね。
それ以上食事が進まず、私は席を立ちました。
呼び止める母の声を無視したので、「なんなのですか、クラリスは最近本当に態度が悪いわね!」と言い捨てられました。
「それにしても凄いですね、まさか国王陛下のところまでブリス様のことが伝わるとは思っていませんでした! 今頃、王妃様もこのことをご存じだったりして!」
私の髪をすきながら、ドロテが興奮したようにさえずっています。
私付きのメイドである彼女も、気づいたらブリス様に夢中になっている一人です。
「ドロテ、その話は止めて」
「ですがお嬢様、最近本当にこの話題で持ち切りなのですよ、私もこないだ出入りの商人に訊かれて……」
「やめなさいと言っているのが、聞こえないの!
黙って手を動かしてちょうだい!」
「お嬢様……申し訳ございません、ご気分を害するつもりはなく」
「いいから、それが終わったら出ていってちょうだい」
吐き捨てるような私の言葉にショックを受けたのか、彼女は押し黙りました。
ぎこちない、なんともいえない空気に、私はため息をつくばかりです。
キリキリと胃が痛むのです。
ブリス様に手紙を書こうと便箋を取り出したら、その痛みがより増しました。
思わず身をかがめた瞬間、コツコツと扉がノックされました。
「お姉さま、私です。今お時間よろしいですか」
妹の控えめな声に、私はどうにか顔をあげました。
迎え入れた彼女は、私の顔色が悪いと心配をしてくれました。
私は、なんとか笑って肩をすくませます。
「いいのよ、気にしないで。それよりどうしたのかしら?」
「あの、こないだ噂話を聞いたのです。お姉さま、善良なる魔女・マリアンヘザ様のことはご存じですか」
私は思わず首をかしげました。
すこしファンタジー要素が入ります。
明日は、1210と1740に投稿予定です。