『桐箱いりのイイもん』
ダイキチのお屋敷の庭に、セイベイの庭の木をうつしたいというはなしがあって、それをどうするかなんてことを、セイベイが持ってきた栗羊羹をたべながらお茶をのんだのが、つい四日ほどまえで、そのときには、『せんせい』も、ダイキチも、赤ん坊のはなしなど、すこしもださなかったし、セイベイも・・・いや、あそこのつながりはこちらよりももっと深いから、西堀の隠居はもう知っていたのかもしれない。
だとすると、あの場で赤ん坊のことをしらなかったのはヒコイチだけで・・・、 いや、べつにそんな大事なはなしをされてもこまるし、きいてたらきっと大声でさけんでさわいで、めでたいことだと口にして、養子にだすつもりのダイキチたちを困らせていたかもしれないし、ヒコイチにしゃべっていないということは、なにか、『先生』がらみでわけがあって、うまれた赤ん坊を桐の箱にいれて・・・・
『 桐箱がどうしたよ? 』
「 っつ!?っなんでも、ねえよ」
黒猫のかわいい顔が目の前にきて、ヒコイチはかぶっていた布団をはねのけた。
元締めのところから家にもどると、ずっと布団の中で四日前のことをおもいだしながら、ごろごろところがりながら、モヤモヤとしたものをこねくりまわしていたのだ。
『 なんでえ。なにか桐箱入りのいいもんでも、あの《ショウキさま》がくれたのか? 』
起き上がったヒコイチのそばにきた黒猫が、布団にごろりと身をのばす。
この黒猫は、ひびのいったようながさついた男の声でしゃべるのだが、それは、猫の中身が死んだ乾物屋の年寄りだからだ。
はじめのころ《はいりきらなかった》その年寄りは、いまではきれいに黒猫におさまっているが、声も話し方も変わらない。