あの ヒコイチ
くちをあけてそれを見送っていたヒコイチは、はっと我に返った。
「 ―― あのよウ、もいちど聞くが、あのタニシのご隠居さんは、そこに無事にいるかい?」
箱の中には、タニシがそのまま入っていると思っていたのに、入っていたのはみたこともない白い貝で、化け物がでてから、タニシのあの声を一度もきいていない。
また貝の中から、こしょこしょとささやきあうこえがもれたあと、「 あんた名は? 」と、化け物としゃべった声がきく。
「ヒコイチ・・・と申しやす。 ヤオビクニの『先生』から、お迎えをたのまれたモンで」
「 ああ、ヒコイチか 」
「 あの、ヒコイチか 」
「 おお、きいたよな 」
「 これは、こちらも『珍しきモノ』じゃ 」
「 アンコウの親父殿もよろこぶやもしれぬな 」
「 いや、ビクニのつかいじゃ喰えぬだろう 」
「 竜王様も、きっとお怒りになるじゃろう 」
「 なら、ヒコイチはそのままか 」
そのままじゃそのままじゃ、とささやきあうこえがどんどんとちいさくなってゆき消えたころにまた、耳にここちいいわらいごえがもれた。
「 いやすまぬ。この貝の中にはわしと同じように竜王様におつかえするものたちが多くいてな。『タニシのご隠居』どのをここの者たちでお守りしてビクニどのへ届けるよう、わしたちもいいつかわされておる。 安心めされい。チョウジュロウどのはいちばん奥にて煙草をのんでおるわい 」
そういって、またわらうと、別のものたちの笑い声にまざり、あの、紙をまるめるようなわらいごえもきこえた。




