みたことがない貝
五、
かっつン
かたいものがかたいものとぶつかる音がして、化け物の歯が閉じられたのかとおもったのに、いつまでたっても舌で巻き込まれない。
おそるおそる目をあけると、ヒコイチからはなれた化け物は、むこうに転がる白いものにじりじりと寄りながら、もとの大きさになった顔の獣の口から赤い舌をのぞかせてうれしげに言った。
「 そうか。箱の中身は、貝の化身か 」
たしかにその『白いもの』は、ヒコイチが箱から隠し取り、放り投げた貝だった。
だが、あんなに大きかったか?
きっと、ヒコイチをくったあとすぐに喰われるだろうと思った貝は、ずっとむこうの地に落ちて、ひどくおおきくなっている。それに、 ――
『先生』は、タニシだと言ってなかったか?
ヒコイチのよく知るタニシは、巻いたかたちをしているのに、その白い貝は、遠目にも、二枚を合わせたかたちをしているが、なんだかおかしなかたちだ。
つかんだときごつい手触りだったのは、フジツボでもついているからとおもったが、貝の殻を扇子でもたたむようにして、シワを寄せたようになっているせいだと気づく。そのシワのおかげで貝の《ふち》は波をうったようにうねったかたちになっている。
何度か漁村で世話になったこともあるヒコイチでも、みたことがない貝だ。
「 どうした動かぬか?もれたあの匂いは、箱に貼ってあった《護符》のものだったか?まあよいわ。わしの歯にあたったところで力が尽きたやもしれぬな 」
そうか、かたいあの音は、貝がおれを助けてくれた音だったか
化け物の歯にどうやって跳んだのか、ともかくタニシが助けてくれたのだ。
思ったときにはヒコイチはもう、化け物にむかって走り出していた。
だがすぐに、こちらをむいた化け物が、その身の丈を、ぐう、と伸ばし、こんどは大入道のような一つ目の化け物になると、上から襲い掛かってきた。
ヒコイチは、よけようともおもわない。
また喰われたらこんどこそ終わりだが、助けてもらった恩を返さずに死ぬのは嫌だった。




