ひとりでどうにか
「 さあ、おとなしく懐のものをよこせば、まだおまえは助けてやろう 」
女の顔は毛におおわれた獣のような化け物になっているのに、声はまたやさしげな女のものにもどり、着物からのぞきこちらへだされた手も、白い肌をしていた。
「なんだって、こんな箱を欲しがるんだい?」
懐をおさえながら、化け物をにらむ。
ヒコイチはいままでも何度か背筋の冷えるようなことに巻き込まれてはいるが、こうして真正面からバケモノの類にむかいあったことはあまりない。 たいてい逃げればどうにかなったし、ほかのだれかに助けられて、いままでどうにか無事だったのだ。
だが、これは、おのれひとりでどうにかしないといけないようだ。
蓋をおさえるふりで、すこしずらして指をいれる。
おもったよりすぐそこに、かたくてざらついたものがあった。
ヒコイチの問いに、化け物は女の高い声と鳥のこえをあわせたようなわらいをあげた。
「 ―― その懐の箱からもれる匂いが、うまそうでたまらぬぞ。 わしもながいこと生きてはおるが、このところはこの道も人しか通らぬようになり、そういう者をとってほそぼそと喰いつないでおったがな、たまには、神力の溜まったものも喰いたいと思うておったところへ、この匂いだわ。 ここで逃せばまた百年は出会えぬであろうこの匂い、さぞやうまいであろうのお 」
うっとりしたようにこちらへ獣のような鼻先をつきだしてみせた。
「そうかい。それなら ―― あと百年、これでも喰ってしのいでやがれ!」
懐からつかみだした箱を駆けだしながら女のほうへおもいきり投げつける。
ぎゃあっ
顔をおさえて怯んだ女の腹を蹴って転がした。こどものころから『卑怯』だといわれるやりかたでケンカをしてきたので迷いはない。
思った通り、女が背にした方にはあの道があった。木々をよけ、あとすこしでその道に出るところだったのに、片足をつかまれ、ひきもどされてしまう。
「 ヲヲヲおおのオオれエエえええ 」
もう女のまねをやめた化け物が、呪いをこめたような声をしぼりだし、ひきずりよせたヒコイチの足をにぎりこんだ。




