道中
四、
街道の宿場からつぎの宿場までの道。稲刈りのおわったばかりの田んぼが広がる里や、雑木林の中のほそい道や、ひくい山の中の暗い道などで、馬や人がむこうにみえると、ヒコイチはすこし足をはやめて擦れちがうようにする。
なにしろ、蓋のひらいた箱の中で、タニシがあの調子でずっとはなし続け、ときおり煙管の煙をはく。
はなす間合いはおそく、タニシのほうは、《いま見た》もののことを聞こうとするのだが、ヒコイチにとってそれは、だいぶ前に見たもののことで、つじつまが合わないことが続いたが、昼になるころにはもう、だいぶ慣れてきた。
「 ・・・あのオ・・・おまえさんをウ・・・つかんだア・・・あのおなごはあ・・・えらい・・・・ちからがア・・・あったのぉ・・・」
もうだいぶまえに通り過ぎた宿場のはなしを、箱の中からゆっくりとはじめる。
「ああ?さっきの婆さんか?ありゃきっと、むかしからの留女ってやつかもしれねえな。力じまんで宿に客をひきこむんだ」
このごろはこんな方じゃアみねえけどな、とヒコイチはつけたす。
「・・・おお・・・うむウ・・・あれはア・・・みたようなア・・・気も・・・するのぉ・・・」
「あの婆さんかい?そうか。まあ、あんたもながく生きてるみてえだから、みたのかもなあ」
「・・・まえエ・・・こんなにイ・・・ヒトをみた・・・ンはア・・・はてエ・・・いつだったかのオ・・・」
「なんでエ、おぼえてねえのかい?」
「・・・ギッシャにイ・・・ゆられてエ・・・」
「『ぎっしゃ』?・・・牛で引いてたってやつかい?」
「・・・いやア・・・ワンにのってエ・・・かわをゥ・・・」
「『わん』?まさか、お椀にのせられて川をながれたんじゃねえだろうな」
「・・・ちがう・・・かア・・・」
ほんとうに思い出しそこねているのか、それともからかわれているのか、ヒコイチにはわからない。
ただ、会ってからここまでの道のりでのやりとりは楽しく、ひとりでたどった行きの道とはちがって、かえりの道は、あっというまに半ばをすぎた。