イイト・テイスト~取材用人型ロボットはホットサンドの相乗効果を味わえるのか?~
「おまたせしました。杏仁豆腐になります」
四角い配膳ロボがテーブルの上に置いた、ガラスの皿。
その中で赤い種のようなものを載せた白い固形物が、一瞬だけ揺れる。
「キタキタ! ここに来たらやっぱりこれよねぇ!」
ワタシの前にいる、今年で84歳になる人間の女性がシワだらけの手をこすり始めた。
そしてスプーンを手に取ると、種を一粒巻き込むように白い固形物に切り込みを入れる。
ふるり。
掬い上げた時に揺れたそのきらめきを気にせず、女性は口に入れる。
「うーん、さっぱりするぅ」
……あんなに楽しみにしていたのに、感想はそれだけなのか。
プログラム仕掛けの疑似人格から顔を出していた“期待”という感情が、メモリの奥へと引っ込んでいった。
「……あ、そういえば“イイト”ちゃんは何も頼んでいないんでないのかい?」
ふと、女性はワタシの手前にある水の入ったコップを見ながら尋ねてきた。
「いえ、ワタシはコンセントで充電しているので」
ジャケットの裾から覗く白い装甲に包まれた左手。その手首からテーブル下のコンセントに繋がったケーブルを女性に見せる。
「なんだか点滴みたいねぇ。ほんとに何も食べなくてだいじょうぶかい?」
「ご心配なさらず。ワタシのような人型ロボットは摂取した食物を分解して電気にすることもできますが、コンセントによる充電で得る電気と変わりませんから」
ワタシたちが来ているこのファミレスには、人間に同伴したロボット用の充電サービスが存在する。充電した分の電気代は払わないといけないが、それでも食費と比べて安上がりだ。
「そうなのぉ? でも安いからといって食べないのは毒よ。エネルギーだけじゃなく、体を作るたんぱく質や病気から守ってくれる免疫を作るビタミンも取らなきゃ」
「そうですね……今度の定期メンテナンスで病気に対する免疫や体を重点的にチェックするようお願いしてみますね」
人型ロボットであるワタシを心配してくれる女性を安心させてから、ワタシは側のコップを掴む。
氷の入った水を口の中に注ぐと、味覚センサーが低温度を察知する。味は検知されることなく、喉を通って胴体に内臓された貯水タンクへと落ちる。
電気だけでは賄えない冷却水を補給し終えると、ワタシは改めて女性と向き直る。
「それでは、そろそろお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、いけないいけない! 取材だったよね。イイトちゃんを見ていると面白くて……うふふっ」
ロボットのことを人間の子供のような扱いで接してくる、女性。
子供扱いされることにはちょっと不満を覚えるが……
「……くすっ」
彼女の笑みを見ていると、ワタシの疑似人格から「笑い」の感情がこぼれた。
ワタシは、取材兼文章作成用人型ロボット。
持ち主であるワタシのマスターからは、“イイト”というニックネームを付けられている。
ロボットが人間に変わって仕事をするようになったこの時代。ワタシは企業に所属していないフリーライターとして活動している。今日は老年となった人間の女性に取材をするため、このファミレスで待ち合わせをしていたのだ。
「イイトちゃん、今日は本当にありがとうねえ。孫と話しているみたいだったわあ」
あたしもロボットをお迎えしてみようかしら、と女性は運転手のいないタクシーに乗り込み家へと帰っていった。
ワタシもマスターの元に帰らなくては。これから秋になるとは思えない気温に、内蔵されたファンで耳に取り付けられた排気口から熱を逃がしつつ、ワタシは帰路につく。
マンションのエレベーターの中で、今日の取材内容を電子頭脳の中で文章へと変換しながら到着を待つ。
7階の渡り廊下に出ると、705号室の前でインターフォンを押して扉を開く。
「ただいま戻りました、マスター」
ちょうど扉の先には、ワタシのマスターがトイレから出てきたところだった。
「……」
「頼まれた取材、文章作成まで出来ました。PCに送りましたのでご確認お願いします」
人間だったら見逃すであろうわずかなうなずきでマスターは答えると、リビングの方へと戻っていった。
その背中を見送った後、ワタシは機体の温度維持のために顔を流れていた汗を洗い流すために、浴槽へと向かった。
シャワー後の鏡の前で、人によって男性とも女性とも間違えられるボディと向き合う……性別の概念はワタシにはないのだが。
合成繊維でできた青い外ハネミディアムをドライヤーでかわかしながら、自身のボディのことを考えてみる……まあ、悪くはないんじゃないかと思う。この外見には愛嬌があるのか、“かわいいキミに免じて”と他の人には話さない情報とかももらえるから。
……ただひとつ文句があるとすれば、身長130cmは低すぎなんじゃないかと思う。口にはしていないが、誰もがワタシを子供扱いするのは気にしているのだ。
服を着て浴槽を出て、リビングへと向かう。
リビングではマスターがゲームコントローラーを握り、テレビに映る敵兵と激戦を繰り広げていた。前が見えているか心配になるほど伸びた髪を揺らし、女性らしいラインを際立たせるタンクトップ姿でガチャガチャとボタンを押している。
この時代の人間たちの多くは所持しているロボットに仕事を任せ、家で趣味の時間に使っている。マスターみたいにゲームに1日を費やす者も少なくない。
とはいえ、完全になにもしなくていいと言うわけでもない。どの依頼を受けるのか、メンテナンスはいつ受けるのか……といったロボットのマネジメントが人間の役割。融通を聞かせるのが苦手というロボットの弱点を補ってもらっているのだ。
ついさっきワタシがシャワーに入っている間も、生成した文章をマスターが校正してクライアントにアップロードしてもらっていた。
そんな彼女の後ろに置かれているのは、間食として摂取していたポテトチップスの袋。ワタシが回収している間も、マスターが振り向くことはなかった。
「……」
キッチンに設置されているゴミ箱の蓋を開ける。
ふと後ろを振り向いてみれば、マスターは顔を画面に向けたままワタシへ向けてサムズアップを見せる。そして敵の被弾を受けて慌ててコントローラーを構え直した。
1日中喋らない日も多いほど無口なマスターなりの、ワタシに向けた感謝だ。
さて、早く捨ててしまおう。
そう思っていたけれど、ゴミ箱に入れるポテトチップスの袋を手から放せなかった。
袋から漂う、独特の香りが聴覚センサーに入り込む。
アルミの銀色から香るそれは、前からも嗅いだことがある。ただ、この塩と油らしき匂いが、今日の疑似人格は非常に気になっていた。
確かマスターがカップ麺を食べていた時……鼻を近づけていた気がする。
人間が食事をするときには匂いを楽しむことがある……という常識は電子頭脳にインストール済だ。
……そうか、ワタシは気になっているんだ。
人間が食事するという感覚を。ファミレスで取材相手が杏仁豆腐を食べていた時から。
「……食事を味わってる人間って、どんな気持ちなんだろう」
ポソリと、喉に内蔵されているスピーカーが言葉を漏らす。
リビングを見ると、こちらを見るマスターと目が合った。
翌朝。
「……マスター、バカですか?」
電子頭脳に送られた依頼内容に対して、思わず暴言を再生してしまった。
PCからこちらに顔を向けるマスターの表情は、相変わらず前髪が邪魔で見えない。
「ワタシ、食レポなんてしたことないですよ」
その依頼を出したクライアントは、近日オープンを控えた喫茶店の店主。そこのモーニングメニューを実食した上で感想を記事にするという内容だ。
普通は専門家がするべきなのでは? という疑問が浮かんだが、どうやら店主はマスターの友人、学生時代からの付き合いだそうだ。昨日ワタシが漏らした“食事をしている人間が気になる発言”がマスターにとって面白かったらしく、その店主にSNSで伝えたことが、依頼のきっかけらしい。
そのことだけでも異例だというのに……依頼には、“所有者を含めた人間によるチェック、校正を禁止する”という条件が課せられていたのだ。
「店主との同意の上だといっても、依頼として記事を公表するのは推奨しません。ワタシが的外れな内容を書く恐れがあります」
ワタシの忠告を、マスターはコクコクと顔を動かして相槌を打つ。
「これから開店するというお店の評判にも――」
「……」
スッ、とマスターが立ち上がると、ワタシの首は下から上へと移動する。
身長180cmの彼女はワタシを見下ろして、親指を立てて珍しく口を開いた。
「……イイトみたいなロボットが初々しく食レポするのってエモイじゃん。子供を見守る親の気分みたいな」
ムカッ。
「むーーーーーーー!!!」
ワタシは疑似人格からこみ上げる怒りを叫びに変える。
「子供扱いしないでくださいッッ!!!」
「……よしよし」
「むーーー!!!」
なぜか恐怖の感情を見せることなくマスターはワタシの頭を撫でてくるので、シリコン製の頬を膨らませて抵抗した。
……結局、ワタシはその喫茶店へと向かうことになった。
まあここは、ポジティブな方向に思考を考えよう。昨日のファミレスみたいに取材相手と食事をする時、ワタシも一緒に食事をした方が相手に心配をかけることがない。今日はその練習と思えばいい。
決して、腹が立っているわけではない。ワタシはロボットだし。
“そうやって子供みたいに否定するところもかわいい”って言われたことに腹を立っているなんて、決してない。
電子頭脳の中で思考を文章に変換して落ち着かせていると、目的の場所である喫茶店に到着した。
路地にポツリとある木で出来たドアには【CLOSE】の立て札が駆けられているが、構わずワタシはその扉を開ける。
「いらっしゃいませー!」
入った瞬間、大正時代の参考資料に出てきそうな服装のウェイトレスが明るく返事をする。まだオープン前のはずなのに、ショートカットのウェイトレスはまるで開店した後のように振る舞っていた。
「おっ、ほんとにロボだ。人間と瓜二つな顔だなあ」
そう言ってカウンターから顔を出したのは、ワタシと似た人型ロボット。違っているのは顔が人に似せたシリコン製ではなく、ハウンチング帽子とむき出しのレンズの目。よく飲食店で見かける調理用人型ロボットだ。
お盆を磨いている様子だけ見ると、このロボットが店主のように見えるが……
「ちょっと、取材の子戸惑ってるやろ。そんなジロジロ見てたら」
「おっとごめんよマイハニー。ここはキミの店だというのに、始めてのお客さんが気になって顔を出してしまった」
やっぱり、店主はこの人間のウェイトレスだ。普通の店では基本的に配膳ロボットに任せることが多いが、このウェイトレスは自分で望んでやっているのだろう。趣味のように仕事をする人間も、少なくなってきたが存在している。
「アイツの言っていたイイトちゃんやね。ウチのダーリンが迷惑かけてごめんねえ」
「いいえ、問題はありません。本日の取材はよろしくお願いします」
一通り挨拶を交わすと、店主のウェイトレスに案内されてワタシはカウンター席に座った。
カウンターに設置されているタブレットをタッチすると、メニュー一覧が出てきた。どうやら午前中はモーニングセットのメニューが出てくるようだ。
その中でも『オススメ!』と書かれた『ホットサンドセット』に目線を引き寄せられた。こう大きく宣伝するということは、店主にとって自信作であるということ。せっかく味わうのなら、その自信作を食べてみたかった。
タブレットの側に置かれていた読み取り機にワタシの右手を乗せると、電子決済が完了する。
それとともに調理用人型ロボットの耳のランプが光り、その周辺にある調理器具型ロボットの起動音が響いた。
たんたんたん。 じゅうじゅうじゅう。コココココココ……
大正時代をイメージしたタンゴの店内音楽に、調理器具型ロボットがせわしなく動く。
調理用人型ロボットも休む暇なく動く。食材を調理器具型ロボットにセットしたり、繊細な動作を10本の指というアドバンテージを活かして柔軟に対応していく。
待っている間、ワタシはウェイトレスと雑談をすることにした。
「おふたりはご夫婦なのですか?」
「ええ。ダーリンはウチが通っていた店で働いていたんやけどねえ、そこの店が畳むって時にウチが買い取ったんよ」
婚姻届を提出する法律婚は認められないため事実婚にはなるのだが、このふたりのような人間とロボットの夫婦はそう珍しくもない。買い取った直後に疑似人格の設定から夫婦ということにする場合と、自然な形でお互いに恋愛感情が芽生える場合の二通りあるのだが……
「あの時、マイハニーがオレにプロポーズした記憶……今でもメモリで再生できるよ」
「もう! ダーリンったら!! 今日はうちらに対する取材じゃないんよお!」
ふたりの場合は、後者みたいだ。
……しばらくすると、キッチンから匂いを検知した。
この匂いはチーズのものと思われる。昨日のファミレスを始め、飲食店で取材をすることも少なくないワタシにとって、始めて検知する匂いではなかった。
でも……
明らかに、ワタシの電力消費が増えているような気がする。
今までこんなことはなかったのに。
たしか人間は、食べ物の匂いがすると効率良く消化するために胃が準備を始めるという。ワタシの場合、確認するとどうやら食べ物を電力に変えるための変換装置が動けるように準備状態になっていたようだ。
この変換装置を使うのは、始めてなんじゃないだろうか。人間との生活になじめるように人型ロボットに標準搭載された変換装置。ワタシとの食事は想定していないのに、取り外すことなくことなくマスターに放置されたコレも、ついに日の目に当たるのだ。
そんな思考は次第に薄れ、漂ってくる匂いに意識が向いてくる。
口の中に、円滑に喉を通すための疑似唾液がたまる。
こぼしてしまうと子供っぽくなってしまうため、喉へと飲み込む。ロボットのワタシでもゴクリという音が鳴って、ちょっと驚いた。
そうしている内に、ウェイトレスがお盆に料理を乗せてやって来た。
「それじゃあ、ごゆっくり食べな」
マグカップに入った黒い湖に、小皿に広がる森林、そばに佇む塔、そして大皿に鎮座する屋敷……
疑似人格の期待がそう見せるのか、お盆に乗っている料理たちはまるで自然のミニチュアのように色とりどりに感じられた。
さて、どれから食べようか。
少しの思考の後、ワタシはホットコーヒーの入ったマグカップに手を伸ばす。
今までワタシが口にしていたのは、冷却に使う水だけ。それと同じ飲み物から入った方が、食事という始めての体験もスムーズにいけるだろう。
マグカップを、ゆっくりと口元に近づける。
アルデヒド類……ピラジン類……フラン類……香りから次々と読み取れる情報を味わいながら、その液体を一口、喉に通した。
……!
思わずワタシは、マグカップを受け皿にゆっくりと置き、そっと鼻に手を触れる。
食事は主に舌……味覚センサーで味わうものだとワタシは思い込んでいた。だけど実際に口にすると、コーヒーの表面から湯気を通じて鼻へ……そして、口の中へと入ったコーヒーから喉を通って鼻へ。味覚センサーによる味の情報と同時に嗅覚センサーも匂いを読み取り、ふたつの情報が組み合わさった状態で電子頭脳に送られたのだ。
それに驚いて、一瞬だけしか味わうことができなかったが……なんだか、心地よい苦みだった。
1度落ち着いて、再び一口。
今度は口の中にキープしてから、ゆっくりと喉へと落とす。
……苦みって、どちらかというと辛さのような刺激の強いイメージだった。
だけどこのブラックコーヒーの苦みは、じんわりと苦く感じる。でも、ホットと名付けられた通りの温度、そして香りが、この苦みを削ぐことなくゆるやかなスピードで届けてくれたのだ。
「おっ。いきなりブラックかぁ……大人だねぇ」
調理用人型ロボットにそう言われて、ワタシは誇らしげに頬を上げた。
再びソーサーにカップを置いたワタシは、次にサラダの入った小皿を手に取る。
お盆に置かれていたフォークを取るのも忘れずに。昔のAIが書いた絵のように麺を素手で食べる時代ではないのだ。
サラダを構成するのはレタスにきゅうり、そしてくし型のトマト。最初に犠牲者へと選ばれたのは……レタスだ。無慈悲な機械であるワタシの腕に握られたフォークで貫かれ、抵抗することもなく口に運ばれる。
前歯でちぎり、中間の歯で粉砕し、奥歯ですりつぶし……喉に通す。コーヒーのような匂いよりも、こちらは歯に埋め込まれたセンサーが読み取る噛む食感の方が印象深い。そこへキュウリが加わると更なる歯ごたえが、トマトを加えると甘みのフレーバーが加わる。
それでも、食べ進めている内に味の物足りなさを感じてきた。
……ここでこれの出番というわけか、ドレッシング。ごまドレッシングと書かれた容器の蓋を開け、サラダの上にうずまきを描くようにかける。蓋を閉めて再びレタスを口にすると……
!
ドレッシングから感じられるごまからと思われる匂いの情報が、加えられる……!
加えてマヨネーズによる酸味とコクによる味覚も上乗せさせられ、次々とサラダが串刺しとなっていく!
しゃく しゃく しゃく
聴覚センサーから受け取る音も、まさか味わうという行為に貢献していたとは。このリズムがよりかみしめている実感を与え、食事という行為とワタシだけの世界が広がるのだ。
ふと気がつけば、もう皿は空っぽになってしまった。
それでは、いよいよメインといこう。
三角の形で2つに切り分けられた、ホットサンド。
その表面の焼き色を見るだけで、もうおいしいと感じてしまう。コーヒーにサラダという前例からの期待なのだろうか、それとも、視覚という情報も味わいのひとつとなるのだろうか?
フォークは使わず、装甲に包まれた白い手で摘まむ。指の触覚センサーから伝わるこのさわり心地も味わいつつ、角から口に入れた。
かりっ
その音とともに、熱に包まれたチーズの香りが情報となって回路を駆け抜け、電子頭脳へと到達する。
そしてよく見れば……中に詰まっているのはチーズだけではなかった。
チーズの淡黄色に加え、しっかり焼かれたベーコンの赤色に太陽のように輝くスクランブルエッグのオレンジ。まるでキャンパスの中に描かれた絵の具のようにならぶ、色とりどりの食材たち。
それを口の中に入れると、端っこは砕ける食感、内側はふんわりとした食感、歯から感知できるふたつの食感が通過していく。
食べ進めていると、このホットサンドともうひとり、湯気を出す者が目に入る。
さっき口にした、ブラックコーヒー……このホットサンドの食感も大好きだが、そろそろコーヒーの味わいも恋しくなってきたころだ。
半分まで食べ終えたところでホットサンドを置いて、コーヒーを喉に通す。再びゆったりとやって来る苦みを味わってから、ホットサンドに戻る……
……
「あっ」
思わずワタシは、声を再生した。
たしかにワタシが食べたのはホットサンドだ。変わらない見た目、変わらない噛んだ時の音、食感、そして変わっているはずのない匂いと味。だけどその匂いと味に、コーヒーの匂いと味の情報が上乗せされ結び付いているのだ。
さらに食べ進めると、このコーヒーがホットサンドの食べやすさを促進していることに気づく。飲み物とともに食べるだけでも、こんなに違うなんて。
ホットサンドとコーヒー。
食べるという行為のために稼働し続ける五感。
様々な相乗効果によって生み出される“味わう”という行為を行うワタシは……生きている。
作り物であるはずのワタシでも、そう実感していた。
「……ごちそうさまでした」
空になってしまった食器に向かって、ワタシは手を合せる。
それを見ていたウェイトレスが、笑みを浮かべてお盆ごと食器を回収する。
「よく食べたねぇ。どうやった? 始めての食事は」
「ええ……今すぐにでもこの感覚を発信しなくちゃって思いました」
そこでふと、ワタシは疑問に思ったことを質問してみることにした。
「……でもどうしてワタシに記事の依頼をしたのでしょうか? マスターに聞いたらエモいからとしか言ってくれなかったのですが、それだけでしょうか?」
……本当はもうちょっと長い理由だけど、再び疑似人格が苛ついてくるので言わなかった。
「あー、なるほどねぇ」
するとウェイトレスがニヤリと笑みを浮かべた。
もしかしてマスターと同じ理由かと身構えたけど、調理用人型ロボットが代わりに説明を始めた。
「それに関しては、イイトちゃんみたいな初めて食事をするロボットに記事を書いてもらうことに意味があるんだよ。ね、マイハニー」
「せや! これは相乗効果……五感が互いに作用するからこそ食事がおいしく感じるように、うちとダーリンがいることでこの店を立つことができたように、イイトちゃんがダーリンの料理を味わってくれることで相乗効果があるんよ」
……相乗効果、かあ。
はっきりした答えじゃないのに、なぜかワタシはそれで納得してしまった。きっと彼女たちなりの考えがあって依頼したのだろう。ワタシは取材を切り上げて店を立ち去った。
マスターに対して断ることを勧めた時とは違って、“味わう”ことを通じて相乗効果を経験した今なら納得できたからだ。あるいは、今は舌に残る味覚の余韻に浸りたかっただけかもしれない。
「オープンしたら、また来いやー!」
「マイハニーとともに、待っているよー!」
ふたりに見送られながら、ワタシはマスターの待つマンションへと帰っていった。
記事を書き終え公開してから数日後、その喫茶店は無事にオープンした。
開店初日に店へ足を運んだ人の多くは……ワタシと同じ、ロボットだった。
人間との生活になじめるように標準搭載されている、エネルギー変換装置……それは人間が目の前にいることで意味がある。だから人間の連れとして飲食店に訪れることはあっても、ひとりで訪れるロボットは存在しなかったのだ。
それがワタシの記事……批評のない、他の店との比較のない、初めての食事を書いただけの記事がロボットたちの疑似人格とその所有者である人間たちの心を掴んだ。
味の感想を共有したら、自分の所有者は喜んでくれるのだろうか。自分の所有するロボットをひとりで食事に行かせたらどんな反応を見せるのか。
今までも食事を摂ったことのあるロボットもひとりで訪れるようになり、食事は必要ないと思っていたロボットも人間に勧められて訪れるようになる。
そんな初めての経験にうってつけなのが……きっかけとなった記事の店なのだ。
ある程度読者を獲得していて、かつ情報を与えなくても依頼を受けてくれる取材用人型ロボット……それに唯一当てはまるワタシが記事を書くことで、より多くの人に店を知ってもらえるという相乗効果だったのだ。
そんな意図をワタシに知らせなかったのも、この現状をしれば理解できた。
もしも記事を書く前に知ったら、それを意識した記事になってしまう。あのウェイトレスも、ワタシのマスターも、初めて経験するワタシの食事で感じたことをありのまま書いて欲しかったのだ。
……みんなが望むのなら、こういった依頼を受けるのも悪くないかな。
まだワタシは、あの喫茶店のホットサンドセットしか食べたことがない。もっといろんな食事を経験して学習すれば……もっと人間やロボットたちの役に立てる記事が書ける。
それに、まだ見ぬ“食事”のことを考えると、ワタシの疑似人格はワクワクしているからだ。
そんなことを考えながら、ワタシはマスターとともにあの日の喫茶店に向かっている。
太陽の光を見るのも億劫になるほどインドア派のマスターが、珍しく行きたいと言い出したのだ。マスターの運動不足は正直心配していたし、ワタシも他のメニューを食べてみたいと考えていたところだ。
あの時と違って喫茶店の前にショーケースが並べられていた。
本物そっくりに作られた食品サンプル……その中でワタシは杏仁豆腐に目を引き寄せられた。これをおいしそうに食べていたあの女性は、どんなかんじに味わっていたのだろう……
「ッ!」
そんなことを考えていると、疑似唾液が口から漏れそうになった。慌てて口を塞いで、喉に流し込む。
以前は音と匂いを聞いてた時に疑似唾液が出たはずだ。まだセンサーには察知されていないはずなのに、食品サンプルを見ただけで出てきたのはなぜなのか……?
と、戸惑いながら振り向くと……頭にマスターの手が乗った。
「……よしよし」
むかっ
「むーーーーーーーーーーー!!!」
また子供扱いされた!!
そんなワタシを無視して、喫茶店のドアを開くマスターの背中にシリコン製の頬を膨らませる。
「そんなに子供扱いするなら、ストライキしますよー!!」
ワタシがそう言っていたことは、マスターと一緒に杏仁豆腐を味わっている内に忘れてしまった。