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18 奪え!ハーレムの花!



「ちょっと貴女」


『え、私ですか?』


 前回と同じようにガゼボでティータイムをしていた姫様が、私の方にやってきた。


「貴女、私のアッシュに手を出したわね」


『…………何を言っているんですか?』


(冤罪がすぎる)


 マゼンタ色の衣装をまとった美しい姫様が、扇子で口元を隠す。

 目は笑っていても、きっとあの扇子の裏は一切笑っていないのだろう。


 話題の彼の姿を探すと、ガゼボにいた。

 そして、なぜか騎士と睨み合っていた。

 あの二人の絡みは珍しい。


「私のものに手を出すなんて、いい度胸ね」


『出してません出してません』


「その罪、きっちり償ってもらうわ」


『話聞かないな、この人』


 姫様が開いていた扇子を閉じると、メイドが3人ほどやってきた。

 彼女たちの手にはそれぞれ、赤、青、緑色の瓶があった。


「喉が渇いたでしょう。どれにされますの?」


 にっこりと笑う姿は、花というより毒花だ。

 これ絶対に毒じゃん。

 明らかに飲んだらダメな色してるんだけど。


 ふと、ガゼボにいる騎士と目が合う。

 こちらに来ようとして騎士を目で制し、瓶に向かい合った。


(これ断ったら難癖つけられるやつだろうしなぁ)

 

 適当に選んで、さっさと帰ろう。

 飲めって言われても、腹痛とか理由をつけて断ればいい。


 そんな安易な考えをしていたから、嵌められてしまった。


 パリンッ


「きゃあっ」


『!?』


 赤の瓶に手を伸ばしたのだが、その瓶が姫様の足元に落ちた。

 明らかにメイドがそうしたのだが、それを証明してくれる味方が傍にいない。

 …………騎士を傍に置いておくべきだったか。


 しかし、遅かれ早かれこうなることは予想していた。

 彼女にとって私は、騎士を手に入れる上で邪魔者だからだ。

 …………というか、この姫様承認欲求強いから他の女の存在が許せないってものある気がする。


「貴様!ラヴァの姫君になんということを!」


「無礼者め!この者を捕らえよ!」


(やっぱこうなるのか…………)


 臨戦態勢の護衛やメイドたちの後ろには、怯えた様子の姫様がいる。

 しかし、彼女は私だけに見える位置でニヤリと口元を歪めていた。


「「レテ!」」


 騒ぎを聞きつけたのだろう。

 護衛に取り押さえられた私の方へ来ようとする騎士とアッシュの姿が見えた。

 殺意を放つ騎士に、私は必死に首を横に振る。


(だめだめだめ!大人しくしてて!)


 ここで暴れてしまうと、図書館の閲覧許可を姫様から頂戴することができなくなる。せっかくここまで苦労したのだから、最後までやりきりたい。


 手を出すなという意図は伝わったのだろう。

 それ以上、騎士がこちらに来ることはなかった。

 

「連れて行け!」


 両脇を二人がかりで抱えられ、私は引きずられていった。















「「姫様、危険です!」」


「いいえ、あの方にもきっと理由があるはずだわ」


「「姫様…………」」


(なにこの茶番)


 人の牢屋の前では、茶番が繰り広げられていた。

 人払いを済ませた姫様は、堅いベッドに座っている私の方を見た。


「ご機嫌いかが?」


(嫌味だー)


 いいはずがない。

 冤罪で囚われて気分がよくなる人は変態だ。


『………私をどうしたいんですか?』


 私の質問に答えることなく、姫様は微笑んでいる。


 まあ、答えがなくてもだいたい予想はできる。

 私はこれから消される。

 追放はまだマシな方で、なんか物理的に消される予感しかしない。


「ラヴァの一族はね。ここの覇権を握っている一族なの」


 実質この地の王族的な立ち位置らしい。

 だからこそ、あんなお粗末な計略がまかり通る。


「それに、ここではハーレムの者に手を出すのはご法度」


(これがあるんだよな……)


 私がここに捕らえられた理由は、何も姫様に瓶をぶちまけてしまったからだけじゃない。私が姫様のハーレムの男であるアッシュに手を出したからだ。


 性に奔放な土地柄であるが、ハーレムには厳しい。

 他の人のハーレムに手を出したが最後、そのハーレムの主に何をされても文句が言えないのだ。


 しかし、抜け穴はある。

 

『姫様、あなたの花園に水を与えたいのですが』


「!!」


 驚きで見開いた目が、すぐに吊り上がった。

 彼女の反応は正しい。

 何せ、自分のハーレムから一人の男を奪われそうになっているからだ。


 「花園に水を与える」という言葉は、ハーレムの主に“決闘”を挑むことを宣言するものだ。まあ、簡単に言うと「あなたの男(女)を奪いますよ」と宣言している。


「よくも…………!」


『情熱の大地カルメンで生きる者が、まさかこの慣習を無視するわけありませんよね』


「…………っ!」 


 今、この牢屋には私と彼女しかいない。

 彼女は私の言葉を揉み消すこともできる。

 しかし、カルメンで生きる者としてこの“決闘”を受けないのは矜持に反する。


「いいわ、受けてあげる」


 余裕を取り戻した彼女は、目を細めた。

 きっと私なんて簡単に捻りつぶせると思い至ったのだろう。


「来なさい」


 ギィーッと牢の鍵が開けられる。

 私は、足早な姫様の後ろを離れて歩いた。



















 赤いハイビスカスが咲き誇る庭園は、今や戦場と化していた。


「うぐあッ」


 ドサッ


 巨大な体躯の兵士が顔面から地面へダイブした。

 首に強烈な手刀を入れられた彼は、泡を吹いて気絶している。

 観戦している身ではあるが、体がブルッと震えた。

 

「流石だな……」


 隣で一緒に観戦しているアッシュが、感心したように呟く。


『そうですね………』


 絶賛人を投げ飛ばし中の騎士を見ながら、恐怖を覚えていた。

 騎士の戦闘力があんなに高いなんて聞いてないんだけど。


 さて、なぜ騎士が戦っているのか。

 それは、私が申し込んだ“決闘”のせいである。

 実はあの姫様、私と1V1ではなく、代理の人を立てたのだ。

 姫様くらいなら倒せそうだと考えていたのに、バリバリの戦士がやってきた。

 これはもう、こっちだって代理の人を立てるしかないだろう。

 

 ———というわけで、騎士がこの“決闘”に駆り立てられたというわけだ。


(生き生きしてるなぁ……)


 騎士に代理で戦ってほしいと頼んだ時のことが思い出される。

 あの時から、騎士は妙に張り切っている。


 舞うように剣を振るう騎士は綺麗だ。

 半袖の白いシャツに黒いズボンというシンプルな恰好なのに輝いている。

 向かいで座って観戦している姫様も、そんな騎士に釘付けだ。

 

「しょ、勝者!セティ殿!」


 騎士の白星がどんどん溜まっていく。

 そろそろ、相手の代理人もいなくなる頃だろう。

 騎士には申し訳ないが、姫様の気は済むまで戦ってもらうしかない。


 この“決闘”の勝利条件は、「諦めないこと」だ。

 何回勝ったらという条件はなく、“決闘”を決めた当人同士次第。

 “決闘”前に、姫様と勝利条件を定めておけばよかったと今更ながら後悔する。


「次は」


「お待ちになって」


「ひ、姫様!」


 次の対戦相手が来る前に、姫様のストップが入った。

 これは、何かが動き出しそうだ。


「次で最後にするわ」


「姫様!?」


 審判が困惑の声をあげる。

 まあ、それも無理はない。

 今のところ、騎士が全勝しているのだ。

 次も姫様側が負けてしまう確率が高い。


「最後は私が戦うわ」


 その言葉に、場が騒然とする。

 しかし、彼女が手で制すると一気にその場が静まった。

 

「その代わり」


 彼女の扇子がこちらを指す。

 ……なんか、その切っ先の照準が私に向いている気がする。


「対戦相手は貴女よ」


『わ、私!?』


 まさかのご指名に面食らう。

 騎士が代理で戦うことになってから、自分が戦う気は一気に失せていたのに。

 でもまあ、温室育ちのお嬢様にならなんとか勝てるだろう。


 そう高を括っていると、姫様が手のひらを上に向けた。

 その手に何かが集まっている。


 ゴオオオォォーーーー!


『…………へ?』

 

「おお、流石だ……!」

「やはり姫様も誇り高きラヴァ一族の戦士ですな」


 手のひらにヤバいくらいの炎の玉を出している姫様。

 あれ?思ってたんとちゃうな。


「さあ、やりましょう」


(あっ、詰んだかも)


 まさか可憐な姫君が炎を操るなんて聞いてない。

 呆然としている私に、アッシュがこっそりと耳打ちしてきた。


「ラヴァ一族には炎の力を持つ特異な人間が生まれる。今その力をもっているのは、ラヴァ一族当主と姫様だけだ」


『え、姫様ヤバ』


「その力があるからこそ、人々が付き従っている」


 ただ綺麗なだけのお姫様ではなかったらしい。

 そういうのは先に教えておいてほしかった。


 だがしかし、もう私は引き下がれない。


『やるしかないか……』


 ハイビスカスの花は風もないのに揺れていた。


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