17 危機的状況(貞操)
『話せばわかる!』
「必要ない」
『待って待って!』
私は今、絶体絶命の危機に陥っていた。
現場は宿の私の部屋。
そこでは、シルクの長~いリボンを持った騎士と相対していた。
『縛る気!?それで縛る気なの!?』
「安心しろ。柔らかい」
『素材感を心配してるわけじゃないから!』
こんなにも騎士が怒っているのも、理解はできる。
あれでしょ?
私があの地獄のティータイムから一抜けしたから怒ってるんでしょ!
『抜け駆けしたのは悪いって思ってる。けど、あの場にいたら絶対に噴死してたからしょうがないんだって!』
リア充にあてられて爆死してしまうなんて嫌すぎる。
だからこそ、私はあの時に戦略的撤退を選択したのだ。
「他には」
『え、ほ、他?』
なんかめんどくさい彼女みたいなこと言ってきだした。
『え、あー。……市場で楽しくショッピングしたこと?』
「他」
『…………お土産を買ってこなかった、こと?』
「違う。他」
『いや、もうわからんて!』
しつこい、しつこすぎる。
出しきったよ。
疑わしいものは全部白状したよ!
「わからないか」
(え、怖い。その諦めた感じめっちゃ怖い)
ため息をつく騎士は、シルクのリボンをゆっくりと触っている。
…………ここ2階だから、ワンチャン窓から飛び降りることは可能かな。
「あの男はなんだ」
『ああ、アッシュさんのこ———』
「ほお?名前で呼んでいるのか」
『兵士さんのことだね!』
あっぶなー……。
危うく、地雷を踏みぬくとこだった。
なんとか回避できてよかった。
「俺のことは騎士と呼ぶのにな」
(全然回避できてなかったかー)
ここでひとつ、思い出してほしいことがある。
それは、悪魔契約のことだ。
お忘れかもしれないが、この人は私と悪魔契約を結ぼうと企んでいる人物だ。
そして、互いの名前を呼ぶ行為はうっかり悪魔契約しちゃう恐れがある。
騎士はこちらの名をすでに把握しているし、実際に呼んでもいる。
そんな状況で、私も騎士の名を呼ぶとどうなるか。
…………私に下僕ができる日もそう遠くないのかもしれない。
『いやいや、その手にはのらないから』
こちらの罪悪感を利用して、そっちの要求を通すなんてことは絶対にさせない。
それは卑怯だぞ!
「あの面倒な女の相手をしている間、他の男と遊んでいたんだな」
『言い方、言い方が悪いって』
確かに遊んでいたけど、騎士の言い方的に違う意味に聞こえてしまう。
この地味オブ地味な容姿の私に男遊びができると思っているのか!
あっ、なんか自分で言ってて悲しくなってきた。
『ごめんって!騎士だけに押し付けたのは悪いと思ってる!』
「やはり俺のことは騎士と呼ぶんだな」
『あ”ーーー!』
ダメだ、完全に騎士のペースに呑まれている。
ここは打開を試みるべきだ。
『セティ』
「!」
(本名は無理だけど、これならいける)
フォルセという名前から、私がつくった愛称。
これなら騎士も満足してくれるはず。
「足りないな」
『マジか』
媚を売るのに慣れてないから、どうすればいいのかわからない。
この人、何をしたら喜ぶんだ?
頭を抱えていると、目の前に騎士が立っていた。
『い、いつの間に———うわっ!』
そして、私は横抱きにされた。
向かう先は、ベッド。
……嫌な予感しかしない。
『待て待て早まるな!』
ベッドに下ろされた私はすぐにそこから逃げ出そうとした。
しかし、騎士の動きの方が早かった。
シュルシュルとリボンが手に巻き付き、ヘッドボードに括りつけられる。
『え、何。なにする気?』
頭の上で縛られた手。
馬乗りになってきた騎士。
傍から見れば、襲われているようにしか見えない現場が完成した。
だが、安心してほしい。
私が襲われることは決してない。
なぜなら、異種間での交際は禁忌だからだ!
交際しても子孫が遺せないから、禁忌というか常識みたいなものだ。
まあ、一定数の変わり者はいるけど、騎士はそうじゃないし。
悪魔の下僕になりたいだけで、悪魔と結婚したいわけじゃないから。
「アンタを縛る方法を考えていた」
(うん、もう物理的に縛られてるんですけど)
腕を動かしてみると、しっかりと拘束されてるのがわかった。
縛られてる感覚がしないのに、ここまでしっかり拘束する騎士の捕縛技術が恐ろしい。
「最初は契約で縛ろうと考えていたが」
騎士の冷たい手が私の首筋を撫でる。
その冷たさにビクッと体が反応する。
それを見た騎士は、今まで見たことのない顔で笑っていた。
「違う縛り方も試してみようか」
首筋から肩、そして脇腹をなぞられる。
私はくすぐったさと共に、身の危険も感じ始めた。
(あれ?思ってたんと違う?)
「アンタの本当の姿でしたかったが…………仕方がない」
『ちょ、待って待って!』
「大丈夫、俺にすべて委ねろ」
『はい!質問があります!』
イモムシのように体を全力で捩り、自己主張をする。
すると、騎士の不埒な手がとまった。
「なんだ」
『今しようとしてるのは、恋人たちが愛を確かめるために行う行為でしょうか?!』
「愛をわからせるための行為とも言えるが」
騎士の言葉に、全身の血がサーッと引いていく。
まずい、この人絶対にドSだ。
『悪魔!私、悪魔ですよ!』
「それがどうした」
『ダメだこの人、異種族でも気にならないタイプだ』
一定数の変わり者だったか。
とにかく今は、騎士の気分を萎えさせる何かを探さないと……!
騎士の手が私の身体を這いずりだした。
『じ、実は純潔じゃないと消えちゃう悪魔なんだよね!』
「…………」
騎士の目がこちらを向く。
問うような視線に、必死に言い募る。
『あの外套とお面を外さずに純潔失うと消えちゃう的な!?』
そんなことは全くない。
しかし、嘘でもつかないとこの状況を打破できない。
『ちなみに外套とお面の外し方はわからないよ!』
必死さが伝わったのだろう。
騎士は静かに私の上からどいた。
ほっと胸をなでおろしていると、騎士がグッと顔を寄せてきた。
そして、耳元で静かに囁かれる。
「次はない」
ゴクッと生唾を飲み込む。
この事案で私は、絶対に騎士を怒らせてはいけないと学んだ。