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16 届かぬ想いと新たな芽吹き 他視点あり



「ダーリン、あーんして」


「…………」


(うわぁ、地獄だ)


 私は今、宮殿にある庭園でティータイムをしている。

 ガゼボから少し離れたところでお茶を飲んでいるが、ガゼボの状況がヤバい。

 あそこにいなくてほんとによかったと思う。


 宮殿についた私たちは、すぐここに連れてこられた。

 そして、私はここに隔離され、騎士はあのガゼボへ連れて行かれた。

 その時の騎士のオーラがヤバかったが、手を必死に擦り合わせてジェスチャーで頼み込んだ。なんとか騎士がガゼボに行ってくれたのはよかったものの、地獄はそこから始まった。


「あ~ん、こぼしちゃった」


「姫、こちらを」


「あら、ありがとう」


 なんと、彼女の周囲には見目麗しい男性たちがわんさかいたのだ。

 その中で、騎士は飛び抜けて輝いていた。

 彼女が自分のハーレムに入れたがるのも理解できる。


 しかし、だ。


「ねえ」


(うわあぁぁぁ)


 なんと、彼女が近くにいた男性とキスを始めたのだ。

 そう、地獄とは、この居たたまれないイチャイチャを見せつけられること。


 頭を抱えて悶えていると、遠くに見覚えのある兵士が立っているのが見えた。


(あれ、あの人)


 兵士はイチャイチャする彼らを、静かに見守っていた。

 私はその姿は、なぜか心が痛んだ。


 カップをテーブルに置き、彼にそっと近づく。


『こんにちは』


「ああ、いい天気だな」


 そう言う兵士の目は、ひどく曇っていた。

 こういう時、まどろっこしいのは悪手だろう。


『姫様のこと好きなんですね』


「!?」


 驚いた顔の兵士。

 どうやらビンゴのようだ。


『いつからですか?』


「…………おそらく、子どもの頃からだ」


 この兵士の家は、昔からこの一族に仕えている人たちだったらしい。

 そのため、幼い頃からあの姫様を護衛する機会が多かった。


『まあ、好きになるには十分な時間ですね』


 時間は、人の心を構成していく。

 彼の心には姫様の存在が大きく構成されているのだろう。


「でも、姫様は」

 

 彼の視線の先には、見目麗しい男性たちに囲まれる姫様。

 切ない目をしている兵士に、心が痛む。


 …………ん?なんか、騎士がこっちを睨んでる気がする。


『兵士さんなら、十分あそこに入っていけるんじゃないんですか?』


 それに、姫様自身も「貴方も愛している」みたいなこと言っていたし。


「私は…………ただ一人を愛して、ただ一人に愛されたい」


(ごめーんッ!!純愛派だったんだね!?ハーレムの一員になれなんて言ってごめん……!)


 このカルメンという土地に精神が侵されていた。

 けっこう奔放な民族性だったから、この兵士もそうなのかと勘違いしてしまっていた。


『姫様以外に好きになった人はいなんですか?』


「いない」


『なるほど……』


 ガゼボの方を見ると、まだイチャイチャを楽しんでいる。

 あっ、騎士が姫様に絡まれた。


 あの様子だと、このティータイムはまだまだ終わらなさそう。


『兵士さんはこれから非番ですか?』


「あ、ああ。そうだが」


『じゃあ、街を案内してください』


「え?」






















『これは?』


 露店にある魔法の絨毯みたいなものを指差す。


「それはラヴァ族伝統の敷物だ」


 次は、反対側にある露店を指差す。


『あれは?』


「ヌーガという砂糖菓子を売っている店だ」


 宮殿から兵士を連れ出し、私は市場で彼を連れまわしていた。


 3歳児並みの「なんでなんで」攻撃にも、この兵士は律儀に付き合ってくれた。誠実な人柄が滲み出ている。気になる物を見物した後、私はヌーガというべっこう飴みたいなお菓子を買った。そして、それを持って近くの噴水がある広場にやってきた。


『水場は意外と涼しいですね』


「そうだな……」


 ちょっと疲れた顔の兵士に、ニッコリと笑いかける。


『気分はいかがですか?』


「それは煽っているのか……」


 そうは言うものの、彼は私を放っておくことはしなかった。

 元来、面倒見のいい性格なのだろう。


『じゃあ、次はあっちで』


「まだ行くのか」


 困ったように笑う兵士に、もう悲哀の色はない。

 どうやら、気をそらす作戦は成功したみたいだ。









ーアッシュ視点ー


 いたずらっぽく笑う彼女に、心臓が動いた。


「聞く機会を逃してしまっていたが、君の名前は?」


 彼女の名前を知りたい。

 そんな思いが強くなる。


『ん?ああ、そういえば言ってなかったですね』


 キョトンとした顔もかわ…………いや、私は何を考えているんだ。

 

『レテ、レテっていいます』


「そうか、いい名だな」


 レテ……レテか。

 彼女の名前を心の中で繰り返す。

 

「私の名はアッシュだ」


『ん?ああ、そういえばお互いに名乗ってなかったですね』


 楽し気に笑うレテを見て、ドクンッと体が脈打つ。

 この感覚は、身に覚えがあった。


『アッシュさん、今日は案内役をしてくれてありがとうございました』


 別れ際のような言葉に、思わず口を開いた。


「待ってくれ」


『?』


 夕暮れの空が、彼女の黒髪を縁取る。

 その美しい風景を、まだ見ていたい。

 

 その思いを伝えようとした時。


「アッシュ、ここにいたのね!」


 …………姫様の声が聞こえてきた。

 その声に、眉を寄せている自分がいることに驚く。

 今まで一度も、こんなことはなかったのに。


 私の胸にしな垂れ、何かを言っている姫様。

 おそらく私に愛を囁いているのだろうが、まったく耳に入ってこない。

 

 私の意識はすべて、レテと彼女の同僚の男に向いていた。


『待って待って!これには深ぁーい訳が!』


「問答無用」


『情状酌量の余地は!?』


 親し気に話している二人に、胸が締め付けられる。


 レテ、彼とは本当にただの同僚なのか?


 じっと彼らを見ていると、男と目が合った。

 殺気を帯びた男の目を見て、理解した。

 どうやら、彼女にとっては同僚だが、あちらの男にとって彼女は同僚ではないようだ。


「…………駄目だ」


「アッシュ?」


「…………いえ、なんでもありません」


 もう空が暗くなってきた。

 姫様に仕える者として、宮殿まで護衛しなければならない。

 しかし、私は後ろ髪を引かれていた。


(どうか何も気づかないでくれ)


 あの男の想いも、私の中に芽吹いた感情も、すべて彼女は知らなくていい。

 いや、知ってほしくない。


 ()()()()


 この卑怯な考えが月に見つかる前に、姫様を連れて宮殿へ帰った。




 

 

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