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13 情熱の大地 カルメン



『“炎”…………“嘆き”…………』


 『イドラのサーカス』には、多種多様なものが集まる。

 無論、希少な書物も極秘の情報も手に入る。

 私はそのことを惜しみなく利用した。


『“炎”の……川』


 ある書物に、“炎”に関する記述があるのを見つけた。


 “炎の川 プレゲトーン“


 すべてを燃え盛る炎で消し去る炎の川。

 その炎は罪も正義も燃やし尽くし、女神でさえも灰に帰すだろうと記されている。


(女神でさえも灰に帰す…………!)


 その言葉に胸が膨らむ。

 その言葉が事実なら、騎士の首輪もきっと……!






 騎士の首に現れた黄金の首輪。

 ボスの分析の結果、上位存在による呪いだと判明した。

 ただ、その上位存在が神なのか悪魔なのかはわからなかったらしい。


 騎士が呪われた理由はわからないが、そんなことは後でいい。

 とにかく今は、手掛かりを使って解呪の方法を探るべきだ。

 そう考えた私は“炎”と“嘆き”というヒントをもとに、方法を探した。







 そして、「炎の川」という言葉を見つけた。

 

(女神すらも燃やせる炎なら、きっと騎士の首輪だって燃やせる)


 書物をさらに読んでみると、どうやら「カルメン」という名の地域が関係しているようだった。地図で確認してみたところ、ここから南に位置する土地であり、とても遠い場所にあるとわかった。


 そのことがわかった瞬間、すぐに自分の部屋から飛び出す。


 紙が散乱している部屋は、主の帰りを静かに待っていた。



























 南の大地は、独特なスパイスの香りと芳醇なフルーツの香りを漂わせていた。


「ようこそ、情熱の大地カルメンへ!」


『あ、ああ、どうも……』


 門番の熱烈な歓迎に、気力がなぜか削られる。

 陽の空気に雰囲気で滅されそうだからだろうか……。


 そんな気が滅入っている私だが、普通に門を通過した。

 

 そう!今の私はどこからどう見ても普通の人間にしか見えないのである!

 姿を変える魔道具を試してみたところ、ふっつうに人間に見えるようになった。

 しかし、この魔道具は陽が沈むと効果が切れてしまう。


(今日は取り敢えず、この土地を歩き回ってみよう)


 日没までフィールドワークをすることが決まり、カルメンの街を見て回る。


 一面が茶色い、砂でつくられた街並み。

 大通りには、色とりどりの食べ物や輝く装飾品。

 広場の中央には、真っ赤なドレスで情熱的に舞う踊り子。

 

『す、すごい……』


 視覚的にも聴覚的にも賑やかな街だ。

 建物の陰からその様子を見ていると、声をかけられた。


「ちょいと、そこな人」


『……え、私?』


 背後から聞こえてきた声に振り返ると、紫色のローブを着たおばあさんが立っていた。


 ……怪しい。ものすごく怪しい。

 絶対この人、占い師かなんかだろ。

 

「怪しいもんじゃあないさ」


 そのおばあさんはフードを脱いだが、怪しさは減ってない。

 顔が見えた程度で、怪しさを緩和できると思うなよ。


「お主に一つ助言をやろう」


『え、求めてない』


「お主は早く元の場所に帰った方がいいだろう」


『え、このおばあさん話聞かないんだけど」


 最近、こんな風に話を聞かない仙人みたいなおじいさんに会ったことを思い出す。歳をとると人の話を聞かなくなるっていう噂は、本当のことだったのだろうか。

 

「———あと、手綱はしっかり握っておきなされ」


『ちょっ———』


 目の乾燥で視線を一瞬だけ外すと、そこにはもうおばあさんはいなかった。


『……え?あのおばあさんも言いたいことだけ言っていなくなったんだけど』


 当て逃げならぬ言い逃げに2件連続で遭遇してしまった。

 あの老人ペア、いつか絶対とっ捕まえる。

 自分の言いたいことだけ言って、こっちを無駄にモヤモヤさせやがって……!


 さっきまでおばあさんがいたはずの地面を睨みつける。

 すると、その地面が少し揺らいだ。


『?』


 よく見ようとして屈んだその時。


「おい!」


『うわあっ!』


 地面からニュッと人が出てきた。

 後ろに尻もちをつき、その人物に目を向ける。


『……え?オクト?』


 今の時間であれば、『イドラのサーカス』でボスのお世話をしているはずのオクト。

 どうして、ここにいるのだろう?


「いいからさっさと来い!」


『え?おわッ!!』


 オクトに引っ張られ、私の身体が前に傾く。

 そのまま私は突っ伏す態勢で時空の狭間に転がり落ちていった。



















 落ちた先は、ボスの部屋だった。


『へぶっ!』


「急げ、こっちだ!」


 顔面から着地した私を心配することなく、あまつさえどこかへ急かすオクト。

 非情な同僚に涙を禁じ得ないが、こんなにも焦った同僚は珍しい。


 その珍しさに免じでついていった先には、想定外な状況が待っていた。 




 ガシャン!ガシャン!


「ああ、レテ。おかえり」


『あっ、ただいま……じゃなくて!』


 ボスの部屋の近くにある拷問……ゲフゲフ、お仕置き部屋。

 そこにはボスと…………壁にはりつけられた騎士がいた。


『なんで拘束……いや、なんで騎士が暴れてるんですか!?』


 チラッと見ると、騎士の手錠がかけられた手首の血がついている。

 ———どうやら、結構な時間暴れていたようだ。


「多分、()()のせいだね」


 そう言ってボスが指差したのは、騎士の首で異様な光を放つ首輪。

 何かを訴えるように光っているが、私にはよくわからない。

 しかし、明らかにあの首輪が騎士に悪さしている。


 どうすべきか考え込んでいると、騎士と目が合った。


『!』


 目を外したら負けなような気がして、騎士と睨めっこ状態が続く。

 そして、気づいた。

 さっきまで暴れていた騎士が、今は落ち着いている。


「……レテ、レテ」


『!!』

 

 譫言のように私の名を呼ぶ騎士。

 私は抜き足差し足で、騎士に近づいた。


「レテ、レテ」


 カシャン カシャン


 こちらに手を伸ばそうとするが、騎士の手は鎖に阻まれる。

 思わず、手を騎士の頬に差し出した。


「レテ」


 嬉しそうにその手に頬擦りする騎士は、幼子のようだった。

 その様子を見ていると、騎士の首輪がおかしいことに気づいた。


『ボ、ボス!首輪が……!』


 少し離れたところにいたボスを呼ぶと、すぐに傍に来てくれた。


「ああ、呪いに変化があったみたいだ」


 素人は邪魔だろうと思い、騎士の頬から手をのける。

 すると、騎士の琥珀色の目が鈍く光った。

 それと同時に、首輪も一際強く光る。


(この首輪、騎士と共鳴してる……?)


 ハイライトがない目で、私の手をじっと見つめる騎士。

 …………なんだろう、ちょっと自分の手が心配になってきた。

 狩るような目で見つめられると、わが身がたいぶ心配になるんだけど。


「…………なるほどね」


『何か分かりましたか!』


 顎に手を当てていたボスが、すっと手を下ろす。

 そして、私の方を向いた。


「呪いが追加されたらしい」


『……追加、ですか』


 嫌な予感しかしない。


「ああ、どうやらレテの傍を離れたら暴れ出す呪いが追加されたようだ」


『え、うそでしょ』


「残念だけど、本当だね」


 残酷な宣言に、脳の処理が追いつかない。


 え?騎士とずっと一緒にいないといけないってこと?

 プライバシー、プライバシーの尊重は?

 ずっと誰かが傍にいるなんて堪えられない……!!


「レテ、君にはペナルティがない。嫌なら、離れていても大丈夫だよ」


『いやでも、騎士は苦しむことになるんですよね?』


「そうだね」


『いや、そんな平然と……』


 ボスの淡々とした言葉に、私の良心が激しい主張をしてくる。


 ———自分の都合で人の苦しみを無視していいのか?


 否、そうは問屋が卸さない。

 こんなに苦しむ様子を知ってしまった今、無視するなんてできない。


『…………分かりました。これから騎士と一緒に過ごします』


「そっか。別に、放っておいてもいいのに」


『ボス……』


 飄々と酷いことを言うボスは、ニッコリと私に笑いかける。

 

 ボスは基本、こういう人だ。

 話を聞いてくれそうな感じを出しといて、実は自分のお気に入りにしか一切の関心がない。どうでもいい人にはとことん薄情で、気に入った人にはとことん寛大。身内に甘くて、余所者には冷たい。


「冗談だよ」


 この言葉が嘘だと、私は知っている。

 向けられているこの微笑みも、私に関心があるからこそのものだ。

 関心がなくなったら———。


「さあ、騎士殿をベッドに運ぼう」


 所々傷がついている騎士の体を、ボスと一緒に壁から下ろす。


 いつの間にか気を失っていた騎士の手首には、鮮血が滲んでいた。

 その痛々しさに眉をひそめていると、近くから強い視線を感じた。


『…………ボス、どうしました』


「いいや、なんでもないよ」


 私が目を向けた時には、すでにいつも通りのボスだった。

 けれど、確かに不穏な視線を感じたのだ。

 ……騎士と同じような絡みつく視線を。

 

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