12 “炎”と“嘆き”
騎士と牧師さんの会話を水車の裏で拝聴(盗聴)していた私。
無駄に疲れる会話を聞かされて、やっとスティクスの内部に入ろうとしたその時。
———魔道具の通信が切れてしまった。
『え!?今いいところだったのに……!』
イヤホン型の魔道具を何度ノックしても、反応がない。
どうやら本当に壊れてしまったようだ。
それでも諦めきれない私は魔道具を耳から取り外し、上下にシェイクする。
一心不乱に魔道具を振り回していると、背後から声が聞こえた。
「おや、こんなところで何をしているんだい」
ブンブンブン
透明化カッパを着ている私ではないだろう。
そのまま魔道具を上下に振り続ける。
「ありゃ、聞こえていないのかね」
ブンブンブン
今度は上下左右に振り回す。
縦横無尽に動かしている腕がそろそろ痛くなってきそうだ。
「ふむ、そこなお面の子よ。面で模しているのは……道化かの?」
『…………え、私ですか?』
ピタリと腕を止める。
「そうそう。君だ」
振り返ると、白い髭をたくわえたおじいさんが立っていた。
好々爺然としたその人は、昔話の仙人みたいだ。
そのおじいさんがこちらをしっかりと見ている。
右に体を動かす。
……おじいさんの目が追いかけてくる。
左に体を動かす。
……おじいさんの目が追いかけてくる。
『見えてる!?』
「ほっほっほっ。どうしたのじゃ」
優しく微笑むおじいさん。
その笑みが、さらに底知れなさを醸し出している。
『え?え!?』
自分の体を見下ろす。
……うん、カッパはしっかり羽織っている。
もしかして、この透明化カッパが壊れてしまったのだろうか。
そう思うことにした私は、改めて仙人みたいなおじいさんに向き合う。
『おじいさん、こんな怪しい奴に声をかけたりしたら危ないですよ』
「おやおや」
この姿が見えているにも関わらず、声をかけてきたおじいさんは猛者に違いない。
私だったら、全力で逃げ出してお巡りさんに通報する。
……自分で言ってて悲しくなってきた。
「大丈夫じゃ。お主は優しい子じゃからのう」
『いや、私たち初対面では……』
こちらのことを知っているように話すおじいさん。
なんだろう、ほんとに仙人にみえてきた。
「お主は今、迷っておるな」
『はあ、まあ人生が絶賛迷子中ではありますね』
本当は、世界を股にかけた迷子だが。
異世界からの迷子だと言うと、あまりにも荒唐無稽すぎる。
あと、そんな仙人みたいな容姿で怪しい占い師みたいなこと言うんだ。
突然すぎて逆に驚く余裕もなかったんだけど。
「“炎”と“嘆き”を探せ」
『…………はい?』
本気で訳の分からないことを言い出しだぞ、このおじいさん。
何?“炎”と“嘆き”?…………新興宗教ですか?
混乱している私に構うことなく、おじいさんは言いたいことだけ言ってくる。
「そこに答えがあるだろう」
『え、ちょっ、待って!』
なぜかおじいさんが遠ざかっていく。
おかしい、どうして私もおじいさんも動いてないのに距離が離れていくの?
「世界の———子よ」
『え、なんてー!?』
最後の言葉が聞き取れず、歯嚙みする。
こういうモヤモヤする会話の終わり方は好きじゃないのに……!
“炎”と“嘆き”。
『…………まあ、気にはとめておこうかな』
こういうのは相手にするだけ無駄だろうし。
———そう考えていたから罰が当たったのだろうか。
「騎士殿!騎士殿!!」
「おい!誰か医者を!」
『……は?』
騎士を待とうと思い、教会に向かった。
そして、向かった先であったのは、想定外の状況だった。
ざわつく教会。
聞き覚えのある呼称。
不穏な救援。
急いで教会内部に侵入すると、そこには騎士の姿があった。
———血の気のない顔で意識を失った騎士の姿が。
私はその場に立ち竦む。
後悔と罪悪感、恐怖が胸の中でないまぜになる。
そんな混沌とした意識で、私はある一点を見つめていた。
倒れている騎士の首には、金色のリボンのような首輪があった。
それに刻まれた文字が浮かび上がる。
『“炎”と“嘆き”……』
奇しくも、さっき出会ったおじいさんが言っていた言葉だった。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
『…………よし』
避けらないのなら、立ち向かうしかない。
覚悟を決めた私は、状況を把握するために竦んでいた足を動かした。
『オクト、騎士大丈夫かな』
なんとか『イドラのサーカス』に騎士を連れ帰った私は、ボスの部屋の前でウロウロしていた。
「黙れ、ボスは完璧なんだ。心配する必要がどこにある」
壁に凭れたオクトは、平然とそう言い放った。
求めていた答えと違う返しに、私の顔がスンッとなる。
『厄介オタクに客観的意見を求めた私が悪かった』
「アン?やんのかコラ。あとオレはオクトだっつってんだろ!」
ガチャッ
やり合いが始まる前に、扉が開いた。
「おや、いいところを邪魔してしまったかな」
「『いえ、完璧なタイミングです』」
はもったことでオクトに睨まれながら、私は急いでボスの部屋に入った。
内装がすべて黒い部屋に、ポツンと透き通るような水色を見つける。
『騎士!』
ソファーに座っていた騎士は、立ち上がってこちらを振り返った。
———その首には、金色の首輪があった。
『ボ、ボス……』
「残念だけど、僕では解呪できなかったよ」
呪いに精通しているボスですらわからないもの。
……騎士は一体何に呪われたのだろうか。
「レテ、こっちに来てくれ」
騎士に呼ばれ、すっとそちらを向く。
……いつものポーカーフェイスだけど、額に少し皺が寄っている。
苦しいのを我慢しているようだ。
『……やせ我慢は体に良くないよ』
「抱きしめてくれたら治る」
『口が減らないな……』
そう悪態をつくが、素直に騎士を抱きしめる。
耳元から聞こえてくる吐息は、酷く苦しそうだ。
横を見ると、首筋に汗が伝っていた。
(早くなんとかしないと)
騎士のこの状態は、私の責任だ。
騎士をスティクスに連れて行かなければ、こんなことはならなかった。
ぐったりとした騎士を抱きしめた状態で支えながら、これから自分がやるべきことを頭の中で整理した。