表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/23

11 スティクス



『遂にこの日が来た……!!!』


「うるせぇ、黙れ」


『え、ひどい』


 騎士の新たな住処を探しに探し、とうとう見つけたのだ。

 騎士に詰められた日から、ちょこちょこちまちまバレないように探したことを思い出す。


 これを喜ばずして、どうするってんだい!


『ほら見て見て、あれがそうだよ!』


「鬱陶しい……」


 隣でげんなりしているオクトに、双眼鏡をグイグイと押しつける。

 私が指を指している先には、水車が立ち並ぶ村があった。


 一見、ごく普通の村に見えるあそこは、実は多神教を許容している特殊な人間たちが集まる場所。女神しか崇めてはいけないこの世界では、異端とされる集団だ。


 しかし、この集団は多神教を許容し、人々に自由な生き方を許している器の広い人々なのだ。裏での評判もとてもよく、所属している者は各々が己の信じる神に祈りを捧げて穏やかに過ごしているらしい。


『名前は“スティクス”だって!名付けセンスもあるなんて無敵だよね~』


「…………」


『無視やめて?』


 そのスティクスが目の前にある村に住んでいると聞きつけ、すぐにオクトを引っ張ってやってきたのだ。


『彼らは移動する集団だから、探すの本当に大変だった……』


「愚痴を聞かされ続けるこっちも大変だったけどな」


『手伝ってくれてもよかったんだけど、なぜか誰かさんは「忙しい」の一点張りだったからなぁ』


 チラチラと視線を向けると、平然とした顔でオクトが言い放った。


「ボスが最優先だ」


『このボス狂信者め……』


 ボス以外どうでもいいというその態度は、感服に値する。

 協力を仰いだ時点で、このことは分かっていたことだし諦めよう。


「それで?あの騎士をここに連れてくるいい案はあんのか?」


『うぐっ!そ、それは……』


 実はまだ思いついていない。

 どうやって騎士を納得して、あのスティクスに所属してもらうか。


『…………体験入信してもらうとか?』


「なんも思いついてないんだな」


『だって仕方ないじゃん……あの騎士だよ!?』


 悪魔の下僕になることを夢見る人間。

 神のかわりに悪魔を崇拝しようとしている女神信者。

 これだけもヤバいのに、最近では悪魔契約の下準備が入念になってきた。


 隙あらば触ってくるし、隙あらばこちらの情報を得ようとしてくる。


 もう変態。

 いくら顔が良くても、越えてはいけない線がある。

 騎士はその線でタップダンスしている感じ。


「お前への執着が強くなったのは確かだな」


『勘弁してほしい』


 ボスにしか興味がない厄介オタクが言っているのだ。

 騎士はもはや末期の状態だ。


「それを利用すりゃいいだろ」


『??』


「だから、騎士の執着を利用しろって言ってんだよ」


『はい?』




 
















「レテ、デートに誘ってくれてありがとう」


『うん、デートじゃなくてお出かけね』


 目の前にある水車を眺めながら、遠い目をする。

 そう、私たちは今、スティクスが滞在している村に来ていた。


 メンバーは、私と騎士だ。


「やっと俺の唯一になってくれるんだな」


『違うよ?全然違うからね?』


 ヤバい。

 このままでは、騎士の主神にされてしまう。


『ほら!こっち来て!』


 急いで歩き出し、目的の場所を目指した。


「そんなにはしゃいでくれて嬉しい」


『違うから!さっさとついてくる!」


 聞き捨てならないことに返答しながら、私は騎士を誘導した。

















 村にあるこじんまりとした教会。

 そこには、中年の牧師が立っていた。


「こんにちは。祈りを捧げに来られたのですか?」


「…………ああ」


「左様で」


『騎士、笑顔で』


 私の指示に不本意そうに従う騎士。

 牧師は騎士の不自然な様子に気づくことなく会話を続ける。


「本日は、とても天気がいいですね」


『騎士、ここは「そうですか?」って答えて!」


「…………そうですか?」


 騎士は、私の言葉をそのまま繰り返す。

 

「ええ、晴天ですが。貴方はそう思われないのですか?」


『ここは「出かけるには向かない日です」って答えて』


「…………出かけるには向かない日です」


 私に言われるがままの騎士だが、牧師は一切違和感を覚えていない様子だ。


 さて、勘のいいガキの皆様はお気付きだろう。

 指示を出している私が、その場にいないということを。


 いつかの『イドラのサーカス』ツアーのように、私は音声のみで騎士に指示を出している。


「そうですか。出かけるとすれば、貴女はどこへ行かれますか?」


(来た!)


 魔道具から聞こえてきた牧師の言葉に、目を光らせる。

 

『騎士!「シオヌの川がいいでしょう」って言って!』


「…………シオヌの川がいいでしょう」


 その言葉に、牧師が沈黙する。

 そして、ガチャリという音が聞こえた。


「こちらへ」


 ……どうやら騎士は、無事にスティクスの試験に合格できたようだ。










 コツコツ


「貴方のような方がここへ来るとは珍しい」


「…………」


「ああ、ご安心ください。詮索はいたしませんので」


 音の反響具合から推測するに、騎士と牧師は地下通路を歩いているようだ。


 私も歩いてみたかったなぁ。

 いやでも、このピエロ面じゃ無理か……。

 彼らの会話を盗聴……ゲフゲフ、拝聴するだけで我慢しよう。


「アイシュベルグ騎士団は、女神崇拝をやめられたのですか?」


「詮索はしないと言ってなかったか?」


「これは純粋な私の好奇心ですよ」


 ……なんだろう。

 彼らの空気感が微妙にピリピリしているような……。


「今の俺は騎士ではない」


()()、ですか」


 牧師さん?

 なんか敵意高くないですか?

 騎士に何か恨みが?


「今の俺は、下僕希望の人間だ」


『騎士ー?余計な言葉は慎んでー?』


 思わず声を出してしまった。

 その言葉で牧師さんが引いちゃったらどうするんだ!


「ほお?下僕、ですか」


(ほらー、牧師さん引いちゃったよー)


 想像通り、牧師さんが引いて———


「それは素晴らしい!」


(———引いてない!?)


 驚くべき反応だ。

 想定外すぎる。

 え。もしかして、おかしいのは私ですか?


 その後、彼らは独特の下僕談議に花を咲かせた。



 





「まさかここまで話がわかる方だったとは」


「その言葉をそのまま返す」


「最初の非礼をお詫びします」


「気にしてない」


 下僕談議でわかりあってしまった騎士と牧師さん。

 その会話を聞かされ続けてゲッソリな私。


 やっと彼らの足音が止まり、この地獄の会話から抜け出せる時がきた。


(神よ……!私をこの訳の分からん会話からお救いください!)


「改めて歓迎いたします。ようこそスティクスへ」


 ゴゴゴゴゴ


 牧師さんの言葉と共に、重い扉が開かれた音がした。


 ———そして、通信機の音声もプツンと途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ