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第17話「へへー、とんでもございません!」

 目を覚ますと、そこはベッドの上だった。宿のものよりは少し固く、天井は少し高い。


「あっ、リュール様っ」


 すぐ横から声が聞こえた。高めだが不快ではない、朗らかで柔らかな声。リュールの愛剣、ブレイダだ。


「よかったです。このままお目覚めにならなかったらどうしようかと」


 リュールは首を左に回した。多少の痛みはあるものの動けないほどではない。寝起きでぼやける視界に、赤と白のコントラストが浮かぶ。


「ん?」

「まぁ、私のリュール様ですし、あの程度でどうにかなるわけがないとは思っていましたよ。でも、ほら、心配しちゃうじゃないですか」


 視覚がだんだんとクリアになってくる。赤は緋色の衣装と朱色の瞳、白は後頭部で括られた銀髪と透けるような肌。ベッドの脇には、やや幼さを残した、紛うことなき美少女が座っていた。


「動けますか? 一応は拭きましたけど、あれの血でベタベタですよ」

「待て」

「実は私、リュール様の胸板に触れてしまいました。触れられるのは平気というかむしろ嬉しいですけど、私から触れるのは恥ずかしいものですね。リュール様の気持ちがわかった気がします」

「いや、待てと」

「そうそう、今思い出したのですが、一昨日の私と逆ですよね。安心したらなんか笑えてきちゃいました」

「だから、待ってくれ」

「ふへ?」


 にこにこと楽しそうに早口で語るブレイダの言葉を遮り、リュールは重要な疑問を口にした。

 昨夜の彼女は剣だったはずだ。それも、とんでもない斬れ味の輝く剣。それが、いつの間にか少女の姿になっている。


「なんで、人の姿に?」

「わかりません!」


 ブレイダは初めてその姿を見せた時のように、元気よく頷いた。リュールは思わず、額を手で覆った。


「で、いつからその姿で?」

「えーっと、あれを真っ二つにして、内臓ぐちゃー、血どばーして」

「そういうの好きだな」

「剣ですから」


 ブレイダの話によると、リュールが地面に寝転んだ直後には人の姿をしていたらしい。理由もきっかけも、見当がつかないと言う。


「で、その後、男の人がわらわら来まして、リュール様をここまで運んできたんです。もちろん私も着いてきて、朝まで看病していました。あ、荷物もちゃんと持ってきましたよ」

「そうか、ありがとうな」

「へへー、とんでもございません!」


 ブレイダは心の底から満足そうだった。


「じゃあ、ここは」

「町の診療所だそうです」


 リュールは多少の痛みを我慢し、上体を起き上がらせる。周りを見渡すと、複数のベッドが並んでいた。その間を縫うように、医者や看護師が忙しなく動き回っている。

 ベッドの上には怪我人が寝かされている。中には取り返しのつかない傷を負った者もいた。


「これは……」

「あの猪の被害みたいです」

「そうか」


 まるで戦場に戻ったような気分だった。自分も多くの人を傷付け殺してきた。しかし、この光景は見ていていい気分のものではない。あそこにいたのは、自分の命と引き換えに金を得ようとする連中ばかりだった。

 対して、ここで苦しんでいるのは暴力や殺戮とは無縁の人々だ。リュールの中に残された、ちっぽけな良心が軽く傷んだ。


「じゃあ、行くか」

「立てますか?」

「ああ、問題ない」


 リュールは血で汚れきったベッドから立ち上がった。多少ふらつきはするが、許容範囲だ。

 少女の姿をしたブレイダのことも、巨大な猪のことも、あの剣のことも、疑問は山ほどある。しかし、まずは落ち着きたい。宿に戻り体を流し、それから考えよう。

 職員に礼を告げ何枚かの硬貨を渡し、リュールたちは診療所を出た。朝日が眩しく輝いていた。


「リュール様?」

「いや、なんでもない」


 人の姿をした相棒を見て、リュールは久しぶりに生きてることを悪くないと思った。

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