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第11話「これ、いいんですか?」

 後頭部で水音を聞きながら、リュールは自問自答していた。

 女を知らない訳ではない。ではなぜ、あの少女のことを意識してしまうのだろうか。未だに完全には信じられないが、そもそもあれは剣だ。人ですらない。そのはずだ。


「うーむ」


 思い返してみれば、リュールは女に対してあまりに良い印象は持っていない。

 傭兵団にいた女は仲間にも攻撃的で、かなり苦手意識を持っていた。団の中では一時的な報酬として夜を共にすることもあったが、所詮は一晩限りの相手だ。

 傭兵として名を上げた後には、言い寄ってくる者も少なからずいた。その誰もが金目当てなのが透けて見え、疑うことしかできなかった。


「リュール様。鞘……えっと、服も洗いますので、取って頂けないでしょうか」

「おう」


 少女が着ていた服も、野盗の返り血で汚れていた。鮮やかな緋色は部分的に赤黒く染まっている。

 その服は上下繋がっており、頭を通した後ベルトで腰を絞るような構造をしていた。袖はなく、膝あたりまでのスリットが入っている。剣が人になったことに関係してか、一般的な服装とは大きく構造が異なっているようだった。

 

「はいよ」

「ありがとうございます」


 後ろを向いたまま、少女に服を手渡す。 

 リュールの大剣は、剣としては長すぎた。普通の鞘では抜くだけでも非常に手間がかかる。そのため、留め具を外すと縦に分割される特殊な構造をしていた。

 少女を包む衣服に変わった後も、その名残があるようだった。


 素直に礼が言える少女に好感を持っていることに、リュールは気が付いた。よくよく考えてみれば、ここまで真っ直ぐな好意を向けられるのは初めてのことだった。

 男女の関係という意味ではなく、剣とその持ち主という意味ではある。それも悪い気はしない。


「あっ!」

 

 物思いにふけっていたところ、少女が小さく声を上げた。リュールは咄嗟に身構える。後ろを向いたまま。


「服、洗ってしまいました」

「そうだな」

「乾くまで、着るものがなくなってしまいます」

「あー、そうだな」

「困りました」

「困ったな」


 リュールは荷物から自分用の着替えを探り出した。厚手で長袖の上半身用と、裾が短めのズボン。革鎧の下に身に着ける簡易的な安物だ。それでも裸よりはましだろう。


「ほら、これ。終わったら着な」


 身体を拭うための布とともに、少女の手が届く位置に置いた。


「へ? これ、いいんですか?」

「これしかないからな」

「ええっと。……はい、わかりました。ありがとう、ございます」


 消え入りそうな少女の反応に、リュール思わず吹き出してしまった。こんなに穏やかな気持ちで笑うのは久しぶりだった。

 その相手が自分の剣というのは、変な話ではあるが。


 水音が終わり、軽く衣擦れが聞こえる。リュールは妙に緊張してしまう。


「お待たせ、しました……」

「おう」


 振り向いた先には、袖と裾を折り曲げた小柄な少女が立っていた。濡れた銀髪と上気した白い肌が、何とも蠱惑的だった。

 ただし、剣だ。


「よし、行くか」

「はいっ!」


 動揺を無理に押し込めて、リュールは脱衣所を後にした。リズミカルな足音と元気な声が、彼の後を追った。

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