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ハイウェイ・ブラック

 ハイウェイの上をカラスが飛んでいく。

 ハイウェイと言っても高速道路だ。何のロマンもありはしない。そんなものは前時代の古ぼけた概念でしかない。

 両手を合わせて強く握り、目を閉じる。

 ここから飛び降りれば、俺は飛べるだろうか?

 乾いた笑いが漏れる。飛べるわけがない。今までに一度だって飛べたためしはないのに。

 いつからこんなに馬鹿になっちまったんだろう。

 なぜ祈りなんかに縋りついたのだろう。


 祈り。

 神の前に自分をさらけ出し、何もかもを神にゆだねなさい。

 そうすれば何だって叶うと。

 誰かが言った。顔すら思い出せないけれど。誰かが確かに言った。

 本当なんじゃないかと思った。

 すべてが叶うおまじない。この世に存在しえない秘密の理。

 存在しないに決まっているのに、俺は、俺たちは、人は、期待してしまう。一縷の望みを託してしまう。

 この暗黒の世界に光明が舞い降りる日を。

 神と形容できる何かがこの世を愛で満たす日を。

 期待してしまった。踊らされてしまった。

 俺は被害者だ。

 誰も彼も被害者なのだ。

 信じたって意味はないのに。何も起こらないのに。

 だって意味はなかったじゃないか。何も起こらなかったじゃないか。

 職場の人間関係が円滑になればと望んだ。

 睡眠薬に頼らない眠りを望んだ。

 孤独を温め合える何者かを望んだ。

 そう、望んだ。

 全部無駄だった。

 縋りついたところから、無駄だった。

 職場の人間関係を台無しにしていたのは俺だった。会社に遅刻した日。俺はそれを知った。

 俺がいなくなることで職場は平和になった。

 祈りの答えは俺の消失だったのだ。

 ならば俺はいなくなればいいのでは?

 神に身をゆだねなさい。神の声が言う。

 それはどういう意味だ。

 神に身をゆだねなさい。

 神とは誰だ。何の権限があって俺を消すのか。第一、なぜ姿を見せない。暗幕の後ろからお告げを出してなんかいないで目の前に出てこい。今すぐにだ。

 だが、神に実体はないのだから出てくることはできないのだ。そう、神は言った。

 ならば引きずり出してやる。従者を壺で打ち、俺は暗幕を蹴り上げた。

 幕の中から出てきたのは、実に弱弱しい小さな婆さんだった。

 こんなものが。

 こんなものが俺の信じた神か。

 俺は神を殺して、教会を出た。


 ハイウェイの上をカラスが飛んでいく。朝日が冷え切った街を熱く照らしている。

 車を止め、塀の縁に立って、俺は祈った。

 今までの苦悩を、思い出を、青臭い後悔をその中に見た。

 目を開けた時、俺の頭にはゆるぎない確信が渦を巻いていた。

 祈り。お告げ。そんなものは狂気に他ならない。

 いま、偽物は死んだ。俺は本物の神に身をゆだねる。

 このハイウェイは天国に通じている。

 なあ神々よ、聞こえているか。

 さっき、神の席が一つ空いた。後任が必要だろう。

 待ってろ。俺が行くまでその座席を空けておいてくれ。

 俺は空へと身を躍らせた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ただひたすらに美しい。
2023/07/11 22:27 退会済み
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