08
side・レベッカ
憎々しい目で見られ、自分を愛してはいないと言ったレイが信じられず、私は教会の外をグルグルと歩いていた。
すると侍女らしい女が声を掛けてきた。
付いて行くとウエディングドレスを着た如何にも貴族といった女とその父親といった感じの偉そうなおっさんがいた。
「私はレイに愛されてる!」「あんたが私達の邪魔をしてる!」「貴族だからって愛する2人を引き裂くなんて悪魔だ!」そんな言葉を貴族女にぶつけまくった。
悲しそうな顔で黙って聞いている貴族女にとどめを刺すべく「お腹に子供がいる」と言うと女は真っ青な顔になった。
本当は腹に子供なんていやしない。
レイはそういう事をしなかったし、もしそういう関係になってたとしても妊娠するようなヘマはしない。
でもそれが決定打になったのか、私は貴族女の代わりに花嫁になる事になった。
レイの奥さんになるには自筆のサインが必要だと言われて文字の練習をさせられ、貴族女が文字を教えて来た時には腹立たしかったが、教え方が上手くて、自分の名前を自力で書けた時は思わず笑ってしまった。
胸もウエストも私より細い貴族女のウエディングドレスは少し窮屈だったがバレっこないと思っていた。
貴族女とその父親に言われた通りゆっくりと静かに歩き、何もかも上手くいくはずだった。
でも駄目だった。
レイにバレてしまった。
私に剣先を向けたレイの顔は恐ろしい程に冷たく、愛情なんてないのだと悟るのには十分だったが、それでもまだ望みがあるかもと喚き散らした。
でも無駄だった。
私は捕らえられて、ウエディングドレスは剥ぎ取られ、ずだ袋に穴を開けたような服を着せられて牢に入れられた。
──私の人生これで終わり?
死にたくなくて牢の見張りの兵士に色目を使うと、赤髪の兵士は私に夢中になり、色々と融通してくれるようになった。
2週間程牢に入れられたが「慶事を血で染める訳にはいかない」とか何とかで牢を出された。
赤髪の兵士は私が牢を出ると「俺と結婚してくれ!」とプロポーズしてきたが、元々牢での待遇を良くしてもらう為だけに利用していただけの好みでもない男だったから「今はそんな事を考えられる余裕がない」とあしらった。
赤髪の兵士はフィリップといい子爵家の長男だと知ったのは暫くしてから。
あれでも貴族なのかと驚いたのだが、変わらずにプロポーズしてくるのでとりあえず婚約する事にした。
フィリップの婚約者となった私は子爵家の妻となるべく教育される事になったのだが、自分の名前は書けるがそれ以外の文字は分からないし、教えてくれる教師は意地悪で学のない私を鼻で笑うばかり。
フィリップの母親も私が気に入らないようでフィリップがいない時を狙って嫌味ばかり言ってくる。
「平民で学がないみっともない女」「我が家に相応しくない女」「こんな事も出来ないなんて情けない」「娼婦のような事をしてたに違いない」
私の事なんてろくに見ようとしないで貶してばかりいるフィリップの母親が大嫌いだった。
「勉強が辛い」とフィリップに言うと「子爵夫人になる勉強は王太子妃になる勉強よりも何倍も簡単なものだ」と教えてくれた。
そこで初めて貴族になるにはそれなりの学も身のこなしも必要なのだと本当の意味で知り、自分は貴族には向いていないと感じたのだが、フィリップは私を手放してくれず、結局流されるままに結婚する事になった。
相変わらず学はないままだったが、お腹にフィリップの子が出来るとフィリップの母親は私に優しくなって、その子が男の子だったから大層喜ばれた。
その後も私はフィリップの子を3人産み、子供達と一緒に色々な事を学んだ。
レイとあの貴族女の間に王子が生まれたと国中が祝賀ムードになった時、私は心から王子の誕生を祝う事が出来る自分に驚いた。
打算で結婚したフィリップをいつの間にか愛するようになっていた事にも気付き、「あぁ、こんな人生も悪くない」と思えるようになった。
社交の場に出ると相変わらず私は嘲笑われる対象だったが、そんな小さな事は気にならないくらいに私は幸せだった。
あの時無理やりレイと結婚しなくて良かったと思える。
そんな自分が何か良いと思える。
「あの時本当は君は処刑されてもおかしくなかったんだぞ」
今でこそ笑い話だが、当時の私は本当に首の皮一枚で繋がっていたらしい。
あの時処刑されなくて良かった。
高望みは身を滅ぼしかねない。
程々の、身の丈にあった幸せが一番。
子供達と旦那に囲まれている今の私は最高に幸せだ。
レイとあの女も幸せであればいい。
私なんかに幸せを祈られたくないだろうが、心からそう祈っている。