06
再び控え室に戻って来た私は、陛下と王妃様、貴族院のお偉方などの滅多に会えない面々に囲まれている。
私の前には跪き反省を促されるレイヴァン様。
レイヴァン様の口から彼女との馴れ初めやデートの様子を赤裸々に聞かされ、私は泣きそうになるのを必死で堪えている。
レイヴァン様とレベッカ様は町の酒場で知り合い、何度か通ううちに心を通わせるようになったそうだ。
レベッカ様の方から「あんた、私の事好きなんでしょ?付き合ってあげるよ」と告げられて交際がスタートし、町の食堂で一緒に食事をしたり、見晴らしのいい高台の花畑に行ったり、町で開かれる祭りを楽しんだりと、市井の人達が行っているようなデートと言われる行為を繰り返していた。
接触は手を繋ぐ時のみで、レベッカ様の方から腕を組まれる事もあったものの自分の方からは手を繋ぐだけだったそうだ。
髪や手の甲に口付ける事はあったそうだが口へのキスはなかったと聞き少しだけホッとした。
贈り物を強請られる事もあったそうだが、花を摘んで贈った所「馬鹿にしてんの?!」と怒られてしまったそうで、以降強請られる事もなくなったそうだ。
そんな2人だから当然体の関係もなく、命に懸けてもそれだけは絶対にないと皆の前で誓っていらした。
実際にはレベッカ様のお腹に子がいるというのは嘘だったそうなのだが、それでもそういう関係にあったならば今分からないだけでもしかしたらという可能性も残ってしまい、レベッカ様をそのまま放り出す事も出来ない。
「こう言っているがウェンリーはどうしたい?」
陛下は婚約を解消してレイヴァン様の王太子の地位を剥奪するとまで仰ったが私はそれを望まなかった。
レイヴァン様が今の地位を得る為にどれだけ努力を重ねたのか、一番身近で見てきたのでよく分かっている。
血の滲むような努力を重ねて来られた事は誰よりも分かっているのだ。
たかが私1人の為にその努力の全てが無駄になってしまうのはどうしても避けたかった。
そして何より、この期に及んでも私はレイヴァン様を慕っていて、レイヴァン様に「愛している」と何度も言われた事でもういいと思ってしまったのだ。
レイヴァン様に私がされた事は浮気であり、私がしようとした事もまた本来であれば許されない事なはずなのだが、陛下も王妃様も私を一切責める事なくレイヴァン様ばかりをお叱りになっている。
お父様は私の為に宰相の地位を辞する覚悟までされており、それについては陛下より「お前に辞められては国が傾いてしまう」と泣き付かれていた。
何だかんだお父様は優秀なのだ。
結局私達の結婚式は延期になり、レベッカ様が身に着けてしまったという事でウエディングドレスも作り直しとなった。
式場での醜聞はレイヴァン様が「払拭しなくていい」と仰い、何かを言われると「私が甘かったのだ」とお認めになり、その上で「だが私はウェンリーという最も尊い宝物を失わずに済んだ」と清々しい笑顔で言うものだからそのうち誰も何も言わなくなった。
私はレイヴァン様に浮気をされた者として十人十色の態度を取られたが大概が心配してくださる方々で、中には「浮気された惨めな女」と囁く者達もいたがこれまでにない程にレイヴァン様が私にだけ甘い態度を見せる為にこれもまたいつの間にか消えてしまった。
そして今日、私はレイヴァン様の妻になる。
あの騒動から丁度1年。
あれ以来レイヴァン様は私を大切にして下さり、毎日甘い言葉を囁かれ、耳が溶けてしまうのではないかと思う程の日々を過ごし今日を迎えた。
新しく作られたドレスにはレイヴァン様の意見がふんだんに取り入れられ、金糸で細やかな刺繍が施された白いウエディングドレスを見た王妃様が「独占欲丸出しね」と苦笑された。
お父様に手を引かれてバージンロードを歩く。
「愛想を尽かしたら何時でも戻ってきなさい。嫁いだと言ってもウェンリーは私の娘なのだから」
そっと耳打ちされた言葉に胸が熱くなった。
蕩けるような笑顔を浮かべたレイヴァン様に手を取られ婚姻の儀が行われる壇上へと上る。
「愛する人とお幸せになってください」
そう思ったあの日が遠い過去のように感じる。
今の私は、もしレイヴァン様に真実のお相手という方が現れたとしても手放してあげられる気がしない。
あの頃よりも深く強くレイヴァン様を愛してしまったから。
「これからは2人で幸せになろう」
レイヴァン様が笑っている。
もうそれだけで幸せで、胸がいっぱいになってしまう。
これから長い未来の先にはきっとあの日よりももっと辛い事も起きるだろう。
レイヴァン様を信じられなくなるような出来事も起こるかもしれない。
だけど苦楽を乗り越えた先で「幸せな人生だった」と胸を張れる生き方をしたい。
その為には私にはやっぱりレイヴァン様が必要で、彼のいない人生など無意味に感じてしまうのだ。
甘いと人は言うかもしれない。
だけど愛しているから、愛してしまったから仕方がないのだ。