04
side・レイヴァン
式が始まった。
教会内にはパイプオルガンの音色が響き渡り、花嫁の登場を皆が待っている。
タリス侯爵に手を引かれウェンリーがやって来るのを待っていたのだが、扉が開くと真っ白なウエディングドレスに顔をすっぽりと覆う分厚いベールを被ったウェンリーと思われる女性と、それをエスコートする無骨な騎士の姿が飛び込んできた。
──ウェンリー?
何時もとは違うドレスを身に纏っているからなのか雰囲気だけではなく体付きまで違って見える。
楚々とした雰囲気よりも何とも妖艶な香りを漂わせるその姿に何故か胸がゾワリとした。
慎ましやかであるウェンリーにも確かに感じる色気や、何とも言えない男心を擽るような香りはあるが、それとは違う何とも上品さの欠片も感じないような色気に背筋が冷えていく。
──この者はウェンリーでは、ない?
一度湧き上がった疑念は簡単には消えず、花嫁が一歩一歩こちらに近付いてくる毎に嫌な予感ばかりが膨らんでいく。
近付いてくる花嫁を疑念を抱いたまま観察すると、疑念は確信へと変わり始めた。
そもそもの歩き方からして違うように見えるのだ。
淑女の鑑と言われるウェンリーは足の運び方一つ取ってみても澱みなく洗練されていて美しい。
だが近付いてくる花嫁は、確かに歩いてはいるし周囲に気取られてはいないようだがウェンリーのような洗練さに欠けているようにしか見えない。
──やはりウェンリーではない、別人だ!
そう確信を得た僕は式の儀式で使う為に携えていた剣を抜いた。
「止まれ!お前は誰だ!」
僕の言動に周囲には緊張が走り、中には悲鳴を上げるご婦人までいた。
突然剣を向けられた騎士は酷く慌てて顔面蒼白になり、花嫁もビクッと大きく身を揺らし足を止めた。
「お前は誰だ!ウェンリーなはずがない!ベールを取れ!」
剣を向けられたのが自分ではないのだと分かった騎士は一瞬安堵の色を覗かせたが、僕の言葉から大変な事が起きているのだと分かり警戒の色を称えながら花嫁を見下ろしている。
剣を向けられ、ベールを取れとまで言われた花嫁だったが、一言も言葉を発せず、ベールも取らずに棒立ちしている。
「そいつのベールを取れ!」
騎士にそう告げると、騎士は花嫁のベールを剥ぎ取った。
そこにいたのはレベッカだった。
青い顔をしたレベッカは僕と目が合うと媚びるように笑ったのだが、最早不快でしかない存在である。
レベッカを見た父は「その者を捕らえよ!」と叫び、レベッカはすぐさま拘束された。
「ま、待ってよ!何で?何でよ!私、捕まるような悪い事なんてしてないわ!これは真実の愛なの!あのお貴族様だって言ってたわ!愛するお2人を引き裂いてしまってごめんなさいって!」
床に体を押さえ付けられながらも喚くレベッカの口から出たとんでもない発言に僕はここに来てやっと事の重大さに気付かされた。
僕は僕の事ばかりでウェンリーの気持ちに寄り添っていなかったのだと頭を殴られた気分だった。
「あのお貴族様は言ったわ!愛しているからこそ、愛する人が私のせいで不幸になるのが辛いって!だからレイは私と幸せになるのよ!だって私達は真実の愛なんだから!」
散々喚いていたがレベッカはそのまま連行されて行き、僕は式場から駆け出していた。
──手放してはならない、絶対に。
僕の本能が叫んでいた。
教会内を駆け回ったがウェンリーもタリス侯爵の姿もない。
その時馬の鳴き声が裏口から聞こえ、考える間もなくそちらに走った。
家紋もない簡素な馬車が今にも走り出そうとしていた。
僕は咄嗟に馬の前に飛び出した。
「うわぁっ!」
御者の男が驚いて声を上げたが、僕は馬の前に立ちはだかった。
馬車の扉がゆっくりと開き、中からタリス侯爵が姿を現した。
ユラユラと怒気が見えそうな程に怒りに満ちた表情で姿を現すと「何の真似ですかな、レイヴァン殿下」と静かな声で告げた。
「殿下は真実のお相手がいらっしゃるのに、我が娘までご所望か?」
蛇に睨まれた蛙とは正に今の僕だろう。
宰相でもあるタリス侯爵は普段は柔和な男だが一度怒らせると目だけで人を殺しかねない程に恐ろしい。
それでも動かなければならない。
でなければ僕はウェンリーを確実に失ってしまう。
どんなに罵られようと構わない。
王族のプライドなどこの男の前では何の意味も持たない。
「僕はウェンリーを愛している!ウェンリー以外妻に娶るつもりはない!」
「はっ!白々しい!今日というこの日にまで、わざわざ娘の目の届く場所で逢瀬を重ねていたのは何処のどなたか?!」
「くっ...言い訳はしない!だが、僕が心から愛しているのはウェンリーだ!ウェンリー以外はいらない!」
「その口で恋人に愛していると呟いていながら娘を愛していると?殿下には詐欺師の才能がおありなのだな」
「僕はあの女に愛している等と口にした事はない!」
カタリと音がして馬車の扉が開いた。
侍女に手を引かれてウェンリーが降りて来た。
「もう良いのです、レイヴァン様」
泣いたのだろう、ウェンリーの瞳は赤かった。
──僕が傷付けた。
「自分の心をもう偽る必要はありません。どうか愛する人とお幸せになってくださいませ」
そのまま消えてしまいそうな声でそう言ったウェンリーの顔は泣き出してしまいそうに見えた。
「僕の幸せにはウェンリーが必要だ!僕は愚かだった!すまない、許してくれなんて虫が良すぎるのは重々承知している!君に愛されているという驕りから、君に甘えてしまった!だがもう絶対に間違えない!君がいない未来など考えられない!ウェンリー、君を、君だけを愛しているんだ!」
「...私に、甘えていた?」
「そうだ、甘えていたんだ、僕は。君は何時だって真っ直ぐに僕を愛してくれていた。その愛が絶対的に普遍な物だと愚かにも思っていたんだ。僕には帰れる場所があるのだと傲慢にも思ってしまった。だから身勝手に君を傷付けている事にも気付けなかった」
「私を帰る場所だと、思っていただけていたのですか?」
「僕が君以外の誰の元へ帰れと言うんだ?」
「...あの方のお腹には、レイヴァン様のお子がいらっしゃるのでしょう?」
何を言われたのか一瞬分からなかった。
「子?子と言ったか?」
「...はい」
ウェンリーが悲しげに目を伏せた。
「それこそ絶対に有り得ない!僕とあの女の間に男女の関係はない!この首に懸けて誓える!絶対に有り得ない!」
僕の言葉に目を見開いたウェンリーはハラハラと涙を零した。
タリス侯爵を押しのけて駆け寄りウェンリーを抱き締めると、ウェンリーは一瞬身をビクッと震わせたが、抵抗する事もなく僕の胸に顔を寄せた。
「私は...お2人を引き裂く...悪者では...ないのですか?」
「絶対に違う!僕には君しかいないんだ、ウェンリー。愛してる、愛しているんだ」
僕はウェンリーが泣き止むまでウェンリーを抱き締めていた。