02
私の異変に気付いたのは長年私に仕えてくれている私の侍女のポリーだった。
「お顔の色が優れませんが、如何されましたか?」
周囲に王宮の侍女がいる手前丁寧に話しているが、普段であれば「お嬢様!どうされたんですか!顔色真っ青ですよ!」と言うような間柄である。
「...私、死んでしまいたい」
ポリーにしか届かない声でそう言うとポリーは顔面蒼白になり固まった。
「レイヴァン様と一緒になれさえすれば幸せだと思っていたわ...でも違うみたい...どんなにお慕いしていても違う方にお心のあるレイヴァン様と一緒になるなんて、私には出来ない...」
「お嬢様...」
「愛しているのよ、レイヴァン様を...妻になれば、なれさえすれば何れ愛してくださるかもしれないと思っていたわ...だけど、真に愛し合うお2人の姿を見たら...無理だと思ったの...」
「人払いを!ウェンリー様は極度の緊張により体調が優れないご様子!しばしの間人払いをお願い致します!」
ポリーが声を上げて王宮の侍女達に指示を出すも、侍女達は動こうとしない。
「私共はウェンリー様を式が行われるまでこの部屋に留めておくようにと指示を受けております。私共がこの部屋を出る事は命令違反と見做され罰せられます。これは王命ですので、何卒ご容赦下さい」
「王命...」
意味が分からない。
まるで私が逃げ出す事を前提として指示されているようなその命令に私はただ呆然としていた。
「あなた達の目が届くのであれば宜しいのでしょ?でしたら少しの間でもウェンリー様をゆっくりと休ませてあげてください!」
「...私共の目の届く範囲でしたら...では私共は入口の壁側に寄らせて頂きます。これが最低限の譲歩です」
「それでいいわ、ありがとう」
侍女達に礼をすると彼女達は静かに壁側に寄ってこちらを見ながらも離れてくれた。
ポリーは窓際の一人掛けの椅子に私を座らせると侍女達に背を向け私の顔が見えないようにしてくれた。
「お嬢様、お嬢様はレイヴァン様と結婚されて幸せになるのではないのですか?」
ポリーは知らない。
レイヴァン様にお慕いしている方がいる事を。
レイヴァン様と会う場所に私はポリーを連れて行かなかった。
勘のいいポリーならば離れていくレイヴァン様の心に気付いてしまう。
不敬だと罰せられようと命懸けででもこの結婚に異議を申し立てる、そんな忠誠心を持っている。
今日も連れて来るつもりはなかったのだが「お嬢様のお式に関われないなんて死んでも死に切れません!」と押し切られてしまった。
「...ポリー...レイヴァン様にはお心を寄せられる人がいるの...私の事なんて愛してはおられないの...」
「旦那様は?旦那様はご存知なのですか?」
「お父様は知っているわ...だけどお相手の女性が読み書きもままならない方で、レイヴァン様の妃となるには何もかもが足りないとの王家からの判断には異を唱える事なんか出来ないでしょ?何度も訴える度に血が出る程に唇を噛み締めるお父様をどうして責められると思う?」
「でも、だからって...」
「私もそれでもいいと思っていたのよ、今日までは...でも、頬を染めてうっとりと微笑むレイヴァン様と、レイヴァン様にぴっとりと寄り添うその女性を見たら耐えられないと思ったの」
「見た?見たと仰いました?」
「ええ、ここから」
チラッと窓に目をやるとポリーは「こんな、お嬢様の目に入るかもしれない場所で、式の当日に逢瀬を交わしていたのですか?!」と怒りに顔を真っ赤に染めた。
「レイヴァン様はお相手の女性に「愛している」と囁いていらっしゃったわ...それを見た時、胸から血が吹き出すかと思った...苦しくて悲しくて居た堪れなくて、逃げ出したいと思ったの...でも無理ね、王命で何故か監視されているようだもの」
「どうしてこのような事に...」
「私に魅力がなかったのよ。レイヴァン様を留め置くだけの魅力がなかったの。女として負けたのだわ」
涙が溢れそうになるのをグッと堪えた。
「...死ぬなんて馬鹿な事、考えないでください!お嬢様がこの部屋から出られないのであれば私が動きます!ですから、命を粗末にはなさらないでください」
今にも零れ落ちそうな涙を堪えながらポリーが私の手をキツく握り締めてそう言ったのだが、あと2時間のうちにどうこう出来るはずもない。
「私、旦那様に抗議してきます!」
ポリーはそう言うと部屋を出て行った。
残された私は先程までポリーに握られていた手をぼんやりと見つめていた。
*
程なくしてポリーとお父様が部屋にやってきた。
「王から許可をもらっている!お前達は部屋から出ろ!」
そう言われて初めて彼女達は部屋を出て行った。
「ウェンリー...すまない」
お父様に抱き締められて堪えていた涙が一気に溢れた。
「私はお前を、可愛い娘をここまで追い詰めていたのだな...すまない、ウェンリー...不甲斐ない父を許して欲しい」
お父様の胸は温かく、少し煙草の香りがした。
「今日に至るまで私は何度も陛下にこの結婚を考え直して頂けないか打診して来た。だが一度たりとして良い返事は頂けなかった。宰相だ王の右腕だと言われた所で娘1人幸せにしてやれない情けない男なのだ、私は」
まさか今日まで何度もこの結婚に対して異を唱えてくれていたとは思いもよらず、私は父の愛をひしと感じた。
「もうそれだけで十分です、お父様...」
「十分な訳があるか!今日だって式が行われると言うのにあの平民風情の女はのうのうとやって来たではないか!殿下は一体何処までお前を馬鹿にすれば気が済むのだ!」
お父様の怒りは相当なものだと分かった。
握り締めた拳は色も無く震えている。
「レイヴァン様が愛する人とお幸せになれるのが一番なのですが...」
「それだ!」
何かを思い付いたお父様はポリーに指示を出し、お父様自身も何かやり残した事があると仰り部屋を出て行った。