表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コロルサイド 鋼鉄翼の屠龍機  作者: 桜エビ
本編
8/14

W.G 0982


 過去というものは、空戦で背中についた敵機よりも引き剥がすのは難しい。

 パイロットが乗っている敵機は何かの間違えで、あちらの方から離れてくれるかもしれない。しかし過去は自力で振り切るか、第三者の援護を求めるほかない。

 難易度は違えど、命あるものはそういう宿命にある。凄腕のパイロットであるクリス――クリスファー・アルファスにとっても、例外ではなかった。

 彼の背後に着いた過去というのは、自他共に対処が難しいモノであった。


 これは、ランサー隊が3機1部隊という、標準より一機少ない編成になった理由である。


 □


 ~5年前 W.G 0982。大内海洋上。空母ZRSケルニス~

 

 

 新月、月が空に上がっていない、星空がきれいな夜だった。空母からの明かりしかない海上は星の瞬きを邪魔するものがない。ほぼそのままの光がキャノピーを仄かに照らす。

 エレベーターの上昇にともない格納庫の光源が遠ざかり、暗闇の支配する領域が増える。クリスは暗視システムを兼ねているバイザーを上げて外を見上げている。

 振動、乗機が空母のエレベーターが甲板まで上がり切った証拠だった。

 

『ランサー2は1番カタパルト前まで移動して待機』


 雨風がない快晴。MF-18Dが発艦準備を整える。

 そう、これは訓練飛行。当時実戦投入して間もないMF-18の訓練を先に終えた、当時ランサー2のクリスとその時の隊長であるハンナ・レグナンス。その二人がそれぞれ部下であるイオンとリヒテルを前部座席に乗せて、夜間飛行の訓練するというものであった。この時は4人で2機を飛ばす関係上、クリスとイオンがランサー2、ハンナ隊長とリヒテルがランサー1というコードになっている。

 ランサー隊はさまざまな任務に当たるため、当然このような夜間でも空母に離着陸できるようにならなければならない。イオンとリヒテルも訓練を終えた二人に負けず劣らずの優秀なパイロット。もう少し飛行経験を積めばMF-18で実戦に出撃できると期待されていた。


「動翼……問題なし。兵装システムチェック。計器テストデータ入力……異常なし。オールグリーン」

 

 出撃前の確認を終わらせたイオンは、誘導員の指示に従い機体をカタパルトに進める。

 シャトル(カタパルトの射出機)の直前で停止指示、飛行甲板員が前輪をシューターに接続する。機体の後ろではジェット・ブラスト・ディフレクターが展開。イオンは射出に備えてエンジン出力を最大にまで上げる。発艦準備はほとんど終わった。

 誘導員含めた甲板員が機体正面から側方に退避し終わった。主誘導員が対ブラスト姿勢を取り、周囲の安全など射出前最終確認を行う。彼が合図をすれば、カタパルトが解放される。

 彼の降ろしていた手が、上げられた。


 強烈なG。2秒足らずで発艦速度にまで加速し、甲板から打ち出される。

 イオンは淀みなく機体を制御し安定させ、問題なく発艦を終える。そのまま機体を旋回させて、隊長たちを乗せたランサー1の発艦を待つ。

 

『待たせた。これより予定した訓練空域へと向かう。方位270に機体をを向けろ』

「ウィルコ!」


 通信越しの隊長の声に、勇ましいイオンの返事。

 ハンナ隊長は、イオンの自慢の姉だ。イオンは姉に憧れてファイターパイロットになった。


 □


 訓練中の二人だが、ほぼ必要な事項はクリアしている。この日の訓練は、習得が少し甘いところを見直しつつ飛行時間を稼ぐ、消化試合じみたものであった。

 そのため、本来はあまりよくないが哨戒任務も少し兼ねている。余裕があればでいいので、念のため接近する敵機がないかを見て回るのだ。一応本来の哨戒機も出ているが、それが哨戒済みの空域を、そのあと侵入する機体がないか見張る形になる。


 海と星、あとは僚機。それだけしかない空はとても広く、少し幻想的だった。

 計器類を監視しつつ視界端に映るきれいな星を堪能する。油断はしていないが、訓練飛行のため穏やかな時間が流れていた。

 エンジン音と、時折入るウェイポイント通過などの必要な連絡。それに伴う機器の音。それらはもはや心地よく、この平穏を演出していると思えた。


 それを打ち破ったのは、1つの警告音だった。広域索敵レーダーに、あからさまに航空機と思われる反応をキャッチした。

 この空域を飛ぶ民間機はないはずだ。

 

「……こちらランサー2。Unknown(アンノン)、レーダーコンタクト。方位180、距離20000。なおも接近中。」

『こちらランサー1。こちらでも確認できた。IFFに応答なし……要撃行動を取る。方位180に進路を取れ。ランサー2はコントロールを教官に譲渡せよ』


「|操縦を渡す《You have control》」

「|了解、操縦する《I have control》」


 訓練中の二人は実戦飛行の許可が下りてない。そのため、名目上教官のクリスが操縦し戦闘行動を取る。後席は本来支援用のため、万一戦闘になれば視界の面で非常にやりづらいが、ことが事なので仕方ない。

 レーダー反応はお構いなしに接近してくる。しかも、この進路上には空母ケルニスがある。攻撃の意図があるなら足止めのために要撃する必要がある。ほかの機体は間に合わない。

 ハンナ隊長は初期警告のためオープンチャンネルで回線を開く。異常事態に見舞われた民間旅客機の可能性も捨てきれない。

 

『こちらジヌブル共和国海軍所属、ZRSケルニスの艦載航空隊。ランサー隊だ。貴機は現在、ZRSに接近する不明機とみなされている。速やかに所属を明らかにせよ……繰り返す――』


「レーダー照射。ロックオンされた!!」

『ブレイク!!ブレイク!!』


 鳴り響く警報と同時に、イオンの悲鳴にも近い報告。ハンナ隊長の声にも反応し、クリスは咄嗟に左旋回しながらチャフを散布する。

 レーダーロックオンは妨害により解除されたようだが、その代わりに不明機はこちらへの接近速度を一気に増した。こちらに特攻するのかという勢いだ。

 

 いや、ぶつかる――


 クリスが暗闇の中でかろうじて機影を視認する。

 ニアミス。ランサー2のわずか上空。旋回のため90度パンクしている機体の右翼スレスレを高速で通過した。ほんの一瞬、明確に敵機を視認する。一瞥した限り煙や火は出ていないし、損傷は見られなかった。これまでのことはすべて故意だろう。

 通過の際に発生した気流がランサー2を襲い、パイロットの2人は激しい衝撃に眩む。

 

『ランサー1からZRSケルニスへ!不明機は戦闘機と思われる!こちらをロックオンした後にこちらを強引に通過、そちらに高速で接近している!』

『ZRSケルニス、了解した。本艦は対象を脅威と判定、|兵装使用自由《Weapons free》、交戦を許可する』

「Weapons free.了解。ドッグファイトスイッチON、マスターアームON。ランサー2、エンゲージ』


 敵機を追いかける軌道に入る。その後ろをランサー1が続いた。

 アフターバーナーを焚いて加速する。帰り途中だったのが幸いし、ケルニスとの距離は遠くない。帰還の燃料は心配ないだろう。

 問題は敵の速度だ。マッハ1に加速し、こちらを振り切ろうとしている。必死に追いつこうとしているがMF-18Dの加速性は何とも言えないのだ。

 こちらは今ようやく音速を突破したところになる。ここから追いつくにはさらに加速しなければならない。

 なんとか少しずつ距離が縮まり不明機……いや、敵機の機影がはっきりと見えてくる。見たことない機体だ。主翼は前進翼。水平尾翼はなく代わりにカナード翼を装備している。珍妙な機体だ。

 その機体は、突然クリスの視界の右端に移動した。

 

「……!?敵が急減に右へ移動!!」

「イオン准尉。機器の故障ではない……敵機は今、右に弾かれるように移動した。慣性制御の応用か……いや、今のMF-18なら」


 MECエンジン搭載機だからだろう。高度な魔術を利用した戦闘機動だ。アビオニクスも優秀に違いない。

 MF-18は艦載機として初めてMECエンジンを搭載する前提で設計された機体だ。MF-13も搭載していたが、あれは改修で搭載したモノであり、加えてその型はランサー隊に配備されることはなく、1つ飛ばしでMF-18が配備されることになった。


「こちらもエンジンテストになるか……MECエンジンをブーストさせる。急激な機動に備えてくれ」

「ッ……!ウィルコ」

『ラ、ランサー2!単機先行は……!』

「間に合わさなければ帰る場所がなくなるかもしれません!足止めします!」


 半永久機関であるMECエンジンに自らの魔力を逐次投入、出力を強引に跳ね上げる。エンジン温度が許容範囲内とはいえ急激に上昇し、出力は推力魔力ともに莫大なものとなった。

 イオンは身構える。MF-13の時のクリスの本領は慣性制御と抗力吸収による激しい機動だ。慣性制御の緩和はGを規定内に収めるだけでしかなく。常に許される限度いっぱいの機動が連続するのだ。それに耐えなければならない。

 ドン、と体が座席に押し付けられる。最低限の慣性制御だけして、残りの魔力をもアフターバーナーに回した結果だ。

 イオンが必死にレーダー画面に目を向けると、ランサー1の位置表示がたった今、急加速した。単騎先行を了承してしまったことを、姉に内心謝りながら敵機に目を戻す。

 敵はこちらが追いつける性能を持ったと気づいたのか、回避機動を織り交ぜながらケルニスへ突き進む。時折、SF映画のUFOのように真横に弾かれるように動いている。射程圏内に入ったランサー2は、敵と相対速度を合わせる形で減速する。アフターバーナーも燃料式から魔術式に切り替えた。追いついたのだ、これ以上はエンジンがどうなるかわからない。もっとも突き放されないようにするため、今も結構ガンガン回しているのだが。


「ランサー2……ロックオン」


 ついに敵をロックオンすることに成功する。しかし攻撃はまだしない。いや、できない。

 敵が何度も上下左右に吹き飛び、まともに照準が合わない。これではミサイルが当たるかわからない。


「クッ……ぅ……ぅ!」


 イオンはひたすらGに耐えるべく呻くばかりになった。

 ついにクリスは敵の飛び方を模倣し、何度も激しく機体を機動させる。それにイオンは必死に耐えるしかなかった。

 外から見れば、もはや従来戦闘機の戦闘とは一線を画すものであった。

 

『……これが次世代の戦闘機の……戦い方ですか……?』

『いえ、これはとても通常戦闘では……』

 

 リヒテルの恐怖とハンナ隊長のつぶやきが通信に乗る。

 相対距離を維持したまま何度も平行移動して駆け引きをする二機。攻撃できぬまま時間が過ぎる。

 この状況を動かしたのは敵機であった。敵は直角に見間違うような旋回を2回繰り返し180度反転した。


「待てッ!!!」

『ッ⁉』

 

 クリスは、この瞬間を一生悔やむことになる。

 クリスは激しいG機動を繰り返し、加えて魔力不足気味だったため、思考能力が若干低下していた。だが、それはあまり関係ないだろう。健常な状態でも、彼は同じ機動をした。

 これは前例のないことだった。実戦にてMECエンジンの本領を発揮した海軍機は初であったし、彼ほどの激しい戦闘機動を行えるパイロットが少なかった。彼は魔力を力場そのものとして使うことに長けていたパイロットであり、その数は世界的に少なかったのだ。

 ランサー1はこの当時としては問題ない位置にいた。万が一があっても追突が回避できるよう、十分に飛行の軸をずらしてランサー2と敵機に追随していた。

 誰も悪くなかった。ただ、誰も知らなかっただけだった。


 クリスがこの時行ったのはチャージングコブラと呼ばれるコロルサイド特有の戦闘機動、その応用だった。

 基本的にはコブラと同じ。当時のジヌブル軍機は推力偏向ノズルを搭載していないためその制御はCOMに支援された魔術によって行うが、それは些細な差だ。

 最も異なる点は、この際発生する機体負荷全てを慣性制御魔術を応用し、空間に歪みとして蓄積させる。コブラ機動が終了した後、それを任意の方向に開放する。これを重力カタパルトとして使用し、減速した分を瞬時にある程度補填する形で加速する。

 本来なら機体が分解するはずの負荷をエネルギーとして蓄積し、次の動きに活かせる。故にあらゆる速度帯域で使える。その代わりブーストが必須であり、加えて残存バッテリー全てを使い切る大技。使えるものは適性のあるものだけだった。


 そして、MECエンジン搭載機にて音速下でこれを応用した反転機動は、これが初の事例であり。


『ァアアッ!!!』

『ぐぁあっ!!』


 MF-18の全性能を以ってこれを使用したときに発生する空間湾曲と衝撃波の恐ろしさなど、知られていなかったのだ。

 

「た、隊長……ッ!!!」

「ハンナ姉さん!!!」


 ランサー1の機体はランサー2の音速再突入と空間湾曲の復元によって発生した衝撃波、その最も強力な部分に突撃してしまい、機体を激しく損傷させてしまったのだ。ランサー1から脱落した機体パーツが空を舞う。

 それに気づいた二人は、思わず呼びかける。イオンに至っては軍人であることを忘れ、妹として声を上げてるほどだった。

 

『……ッ!敵を追いなさい!!こんなことをしといて逃がしたんじゃタダの損でしかない!』

「ッ!!ウィルコ!!」


 クリスは、意識を再び研ぎ澄ます。

 敵はただの慣性制御による強引な旋回であり、速度を失っている。一方こちらは再び音速まで加速できた。今の動揺でのロスを取り戻して有り余るほどだ。

 ミサイルは使えない。ロックオンしている間にオーバーシュートしてしまう。クリスは機銃に武装を切り替える。

 

「ランサー2!|機銃を発射する!《GUNS!GUNS!GUNS!》」


 一瞬の交錯。敵機の下を潜り抜けるように通り過ぎながら機銃を発射する。

 その一瞬で機体は穴だらけになった。エンジンが火を噴き、連鎖的に何度も爆発して砕け散って行った。パイロットの脱出は確認できなかった。




 

 

『……隊長!無事ですか隊長!!』

「まったくやんちゃ過ぎる部下だよ、レグナンス中尉」


 ハンナはクリスに呆れと称賛の両方を込めた声を掛ける。

 機体は警報まみれで、キャノピーに至ってはヒビが何か所も入っている。エンジンは2つとも内部構造からひしゃげて火災が発生しているし、動翼も何か所か捥げていた。グライダー飛行が継続できているのは奇跡でしかない。

 ――残念だが、ケルニスに帰るまでは持たない。

 とある警告を見て静かにため息をつき、機体の各部を操作しながら部下に声を掛ける。


「リヒテル少尉、ベイルアウトしろ。もうこの機体は持たない」

「はい、ベイルアウト実行します」


 訓練通り、なんの間違いもなくベイルアウト手順を手早く実行するリヒテルを眺める。

 

「まだ教えたいところはあるが、まぁ、充分だろう」

「……え?」


 その言葉が耳に入る瞬間、リヒテルは最後のレバーを引いていた。

 大破したランサー1の機体から座席ごと射出されるリヒテル。パラシュートが展開したのを確認すると、ハンナ隊長の最後の言葉の不穏さに、思わず後ろを振り向いた。

 そこに、ハンナ隊長のパラシュートは見えなかった。



「隊長!!脱出してください!!!何してるんですか!!!」

『そんな動揺するな……カハッ!最期に不安の種を増やすんじゃない』


 ランサー2はボロボロのランサー1の隣につく。

 無線から響くのは、瀕死のハンナ隊長の声だった。彼女のシートは射出されず、今だ炎上するランサー1の機内に残されている。


『故障だよ。ひしゃげたパーツが座席を咥えこんでる。全く、あんたはすごいよクリス。余波でここまでぶっ壊せるだなんてね』

「帰ったら何度でも謝ります!!何度も殴ってください!!だからあきらめないで下さいよ!!!生きて……」

『いや、リヒテルと引き換えさ。まあ、やはりというか。前部座席だけ射出させたら、機材の破片やら炸薬回りのパーツが刺さるったら、ッ!……今後のマニュアルには絶対書くべきだね』


 言われる前から分かっていた。リヒテルを半ば騙すかのように脱出させた影響で、全身が傷だらけだ。もう碌に動けないのだろう。

 クリスの目に涙が滲む。彼女は恩師だった。彼女の部下だったからこそ、ここまでのパイロットになれたのだ。そんな自分が力の制御を誤って彼女を殺すなど、思いもしなかった。

 後悔だけが胸中を占める。

 イオンはひたすら泣きじゃくる。大好きだった、尊敬していた姉が目の前で炎に包まれ、消えていく。耐えられるわけがない。


『ふ、いいさ。誰もこうなるなんて知らなかったんだ。事故だよ』


 死を目前にして、彼女の声はわずかに苦痛が混じっていたものの、同時にどこか安らかな声だった。

 事故とはいえ、丹精込めて教え育ててきた愛弟子。その成長した力によって殺される。それが彼女にとって、案外心地のいいものだったのかもしれない。


『次やらなきゃいいさ……強くなれ。そして生きろよ、お前達』


 2度、3度と爆発し、飛行能力を喪失した機体が急激に高度を落としていく。ひと際激しい爆発の直後、海面に衝突して、反応が完全に消滅した。


「ハンナ隊長ぉぉぉッ!!!!」

「いやぁああああああああああああっ!!!」





 

 □


「……起きた?クリス隊長。うなされたよ」


 あの時のことをまた夢に見るとはまだまだだな。心の中でそう呟きながら、体を起こす。どうやらイオンはクリス()を起こしに来たようだ。

 あの戦闘の後、俺たちは軽度の休暇が許可された。増援の到着もあり、余裕ができたおかげだ。

 

 グレアとの一騎討ち。その最後は、MF-18において禁忌技となったチャージングコブラだった。急減速の後、急加速して敵機の背後を捉える機動。

 あの時発生する衝撃波の加害範囲は広く、回避と攻撃を兼ね備えた行動として優れていた。たとえ撃墜しきれなくとも敵機の後ろにしっかりと回れるので、自分の機体がある程度損傷しても追撃しきれる計算だった。

 いや、加害範囲は広すぎるのだ。そう俺は思い直す。


 集団戦を行う場合、この手の激しすぎる機動は衝撃波が発生し友軍に被害を及ぼしかねないのだ。追跡の途中で行った弾かれるような機動ですら衝撃波が発生しており、間違って接近すれば友軍すら破壊する。

 あの事故の後、当然俺は軍事法廷にかけられたが、大きなお咎めはなかった。誰も知らないし考えてもいなかった、初期不良にも例えられる不幸な事故だったと結論付けられたのだ。MF-18の性能限界域における周辺被害など、当時誰も考えていなかった。


 再発防止策は単純。一定範囲内に友軍がいる状況で、フルスペックの慣性制御機動を禁止した。ちょっとやそっとの改良で、こんな不自然な衝撃波が消せるわけない。初めから味方を殺す飛び方をするなということだ。

 正論だ。あの状況で、俺は自力で無理やり解決しようとしたからあんな飛び方をしてしまった。今どき、あんな飛び方に頼らなければいけない状況など、それこそあんなふざけた決闘ぐらいだ。味方に頼り、焦らず冷静に対処すればいい。それが逆に友軍を守ることにつながるのだ。


 もちろん、今回のフルスペックマニューバに関しては少し叱られた。規定距離内に味方機はいなかったため法的には問題なかったが、もはや禁術のような扱いを受けている技を使ったことに苦言を呈された形だ。

 龍は魔術に頼らず化け物機動ができるのだから一騎討ちだと勝ち目がないのだと、内心腐った。しかし仕方がないこととクリスは割り切る。使うのはこれで2度目、再発防止のため築いた信頼に、傷をつけたことは確かなのだから。


「……隊長」

「なんだ?」

「約束、覚えているよね」


 ――私たちはハンナ姉さんの命を喰らったの。勝手に死ぬのは、許さない。


 あの事故の後、罪悪感に沈んだ俺の胸倉をつかみながら、イオンは静かに怒鳴りつけた。

 俺は彼女を狂わせたのだと、イオンの表現しがたい感情をただ受け入れた。

 俺はハンナ隊長を殺したのだ。事故でも何でもない。俺が撃墜した。少なくとも俺とイオンは、そう思っている。誰が何と言おうと、それこそ当のハンナ隊長がそう思ってなくても。


 俺たちランサー隊はハンナ隊長の最後の命令を、空を飛び続ける限り守り続ける。

 強くなり、生き残る。ハンナ隊長の分まで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ